職業的な作業としてではなく、ただただ日常を満たすためだけの切実な営みとして音楽を作る人々にフォーカスしていく「“日々を生きる”ためのDTM」。

音楽を「作る」ことが「聴く」ことよりも特別な行為だと考えている人は、現代では少数派かも知れない。多くの人が知る通り、ラップトップ一台で誰もが感覚的に楽曲制作ができる今、作曲は特権的なことではなくなった。

作曲をオープンで気軽なものにする環境が用意されたことで、「聴く⇆作る」という両極に置かれていた行為の境界が、だんだんと曖昧になってきている。

例えば、その人にとって音楽を聴くという行為が、日常を潤したりエキサイティングなものにするためのものだったとしたら。作曲という習慣を覚えることは、その人が求める癒しや興奮を、より手応えのあるものにしてくれるのかもしれない。

今回登場してもらったのは、池尻大橋在住で、現在はIT系の企業でマーケティング業務をしているTさん。前職でのオーバーワークでストレスを抱えた彼が没頭したのは、まさかのEDMトラック作り。そこに至ったストーリーとは。

IT系の企業でマーケティング業務をしているTさん

Tさんの楽曲はSoundCloud上で公開されていますが、ジャンルはいわゆるEDMに類するものがメインですね。

そうですね、ミニマルテクノを作ることもありますが、多いのはEDMの一種とされるフューチャーベースです。

初めて作った曲もフューチャーベースですか?

初めてDTMソフトに触ったのは大学生の時だったんですが、Spangle call Lilli lineのような音楽を作りたくて、Garage Bandでトラックを作ってみたりしました。

EDMとは全然違うタイプの音楽ですね。

当時はSpangle call Lilli lineやクラムボン、くるりといったバンドのファンでした。もちろん今でも好きです。ただ、楽器ができないのでDTMでそういうバンドサウンドを作ることには限界があったんです。高校時代は、友人とバンドをやろうとしたんですが、結局実現しなくて。音楽を演奏する、作る、ということをやってみたいけど、なかなか機会に恵まれないという状態が続いていました。

大学時代も、そんなにちゃんとDTMをやっていたわけでなくて、本腰を入れ始めたのは20代の半ば(2015年ごろ)になってからですね。

就職してから本格的に音楽作りを始めた?

新卒1社目の時代はやっていなかったです。新卒で大手芸能事務所に就職したのですが、忙しすぎて音楽どころじゃなかった。

ミュージシャンもたくさん所属している事務所だったんですが、彼らをマネージメントしていく人間になるための研修を重ねるうちに、自分は自分軸の音楽にしか関心が持てない人間なのだと気がついたんです。作る側にいきたい、自分で音楽を作りたいという気持ちをはっきり自覚するようになりました。マネージャーとして音楽業界に身を捧げるのは無理だと思い、三ヶ月で辞職してウェブメディアなどを運営する会社に転職しました。

仮にご自身が好きなアーティストのマネージメントを任されたとしても、それは変わらなかったですか?

結果は一緒だったと思います。むしろ、感化されて作ることへの憧れがより強いものになっていたと思います。

DTMについて語るTさん

その2社目の時代に、ストレスフルな環境に身を置いたことが音楽制作に没頭するきっかけになった、ということは事前に伺っていました。思い出すのは辛いかもしれませんが、その時のことを教えていただけますか。

当時の僕は、その芸能事務所の仕事をすぐに辞めてしまった挫折から、自信を喪失している状態でした。そんな中、友人の紹介でなんとか手にできたのがそのウェブメディアの会社での仕事でした。今振り返れば、自分の社会人としての原点であり、同年代の仲間と様々な経験を積むことができたありがたい環境だったのですが、当時の僕には色々辛い場面が多かったことも事実です。

何が辛かったかと言われれば、とにかくお金がなかった。アルバイトで入社してから早々に社員にしてもらえたものの、前職から引き続きの薄給。奨学金も抱えていたので、常にお金の不安があり、それが最もストレスでした。

また、当時の上司とのコミュニケーションもストレスの種でした。もちろん、右も左もわからず仕事ができない自分にも非はあるのですが、他の社員と自分とで対応や態度が大きく違ったり、その人の虫の居所次第で理不尽なことを言われたり。そういった振る舞いに翻弄されるなかで、メンタルをやられてしまっていたように思います。

さらに、僕自身の自信の喪失がそこに拍車をかけて、負のループに入っていってどんどん気持ちが落ちていく。軽い鬱状態だったのかもしれませんね。寝れない、起きれない、気持ちがあがらない、そんな日々が続いていました。その状況から脱けるための手段として、DTMを始めたというのが大まかな流れだったように思います。

ストレスを溜め込んでいる状態が嫌で、それを解消できるなら筋トレでもなんでもよかったんですが、たまたま曲作りがハマったんです。平日は基本深夜まで作っていて、土日もやっていました。その時は、睡眠より必要な習慣という感じでした。

その時期にEDMを作り始めた?

そうですね。

EDM制作をするTさん

癒しを求めてEDMを作るというのは面白いですね。2014〜15年ごろというと、ちょうど、日本でも『ULTRA JAPAN』がスタートしたりと、EDMブームが本格化していた時期と重なりますね。

僕は、クラムボンみたいな音楽も大好きな一方で、Pay money To my Painみたいなラウドロック系や、菅野よう子さんが手がけたアニメ用のサウンドトラックとかも大好きで。浪人時代とか、精神的に追い詰められているときに聴くのはそういう壮大でカタルシスのあるような音楽だったと思います。EDMも自分のなかではそういう系統にあるもので、壮大なサウンドや曲の抑揚、ストーリーに心身がぶん回される感じが好きでした。

実際にリスナーとしてもEDMにはハマっていたんですね?

そうですね。Skrillex(スクリレックス)やBoys Noize(ボーイズ・ノイズ)やPorter Robinson(ポーター・ロビンソン)が入口だったと思います。ハマるうちに、EDMのプロデューサーがYouTubeに挙げているトラックメイクのハウツー動画を見て刺激を受けて。EDMのトラックって、トラック数が三桁あることもざらなんですよ。それだけの数のトラックがミックスダウンされた時に、ああいうダイナミックなものに仕上がるということが、面白いというか、単純に凄いなと思えたんです。

そうやって、PCのなかだけで作った音楽を武器に、スタープロデューサーが生まれていた当時のEDMのシーンは、すごく自由なものに見えました。誰にも邪魔されない自分の世界を作ればいいのであって、上手い下手じゃない。それなら俺だってできるじゃないかと。

自分が好きなものを作ってネットに上げて、それを誰かに聞いてもらって、いいねとかコメントとか、反応をもらえたらそれでいい。うれしい。ただそれだけで、その先はなにも考えていなかったし、今もそれでいいと思っています。自信を回復してくれる手段を求めていたってことなのかもしれないです。数件のいいねが自分を満たしてくれることが何度もありました。

SoundCloudのイメージ
DTMについて語るTさん

なぜ音楽を作るという手段を選んだのだと思いますか?

色々試したんですよ。カメラをやってみた時期もありました。クラムボンとゆかりの深い川内倫子という写真家さんが好きで、ある時、川内倫子さんとクラムボンの原田郁子さんのトークイベントに行ったんです。最前列に座って、めっちゃ挙手して質問したんです(笑)。

「何者かになりたい、何者かでなくてはいけない、みたいな気持ちが強くて、色々試しているんですけど、どれもしっくりこない。どうしたらいいですか」みたいな暑苦しい質問をしたら郁子さんが答えてくれて。「最近の子は急ぎすぎだよ、人生長いし、なんでも好きなだけやってみてたらいいじゃん」って言葉をもらって、すごく開放的な気持ちになりました。

自分は何かを証明するためにアウトプットに答えを求めていたけど、郁子さんは好きなものをただ開放しているだけなんだな、って。アウトプットの手段を選ぶんじゃなくて、好きなものをただ出していこう、と思えたんですよね。

そう思った時に、音楽を作るという答えになったんです。初めはミニマルテクノを作ったり、生音を使ったバンドサウンドとかも試したけど、元々自分が音楽に求める衝動としては、大きなカタルシスがあって解放されるタイプの音楽が作りたいんだということがわかって、EDMを選択しました。

DTMについて語るTさん

今まで作ってきた楽曲で特に印象深いものってありますか?

やっぱり、一番最初に完成させた曲ですかね。ストーリーのある一曲をちゃんと作るのって本当に大変で。今聴くとクオリティ的には全然ダメだし、ミックスもマスタリングもやり直したいくらいなんですけど、完成した時の嬉しかった気持ちは、忘れられないですね。

例えばミニマルとか、アート性の高いテクノのトラックだと、起承転結のフォーマットがなかったりしますが、ストーリーがある程度決まっていて、そこを組み立てていく感覚が自分に合っているんだと思います。ゴールがシンプルだからこそ、作り込めば作り込むほど、他の音楽ジャンルにはない複雑さが内側に込められていく点も面白いと思います。

なるほど。ウェブメディアの会社はすでに退職されて、今は人材系の会社にお勤めなんですよね。そして、今年ご結婚されたとか。

はい。ありがたいことに今年結婚することができました。妻は不定休なので、家で一人でいる時間が結構あり、そういう時に今でもDTMソフトを立ち上げたりしますが、以前より音楽を作る時間は減りました。1つの(楽曲)プロジェクトをダラダラやっているかんじですね。

Tさんの自宅
特にアガベという種類が好き
最近は植物にハマっています

健全な生活になってなによりです。

最近は植物にハマっています。特にアガベという種類が好きなのですが、刺々しくて荒々しい見た目に、癒しと力強さの両方を感じるんです。そこは、自分が音楽から得ている感覚と少し似ているかもしれないです。

Photos:Harumi Shimizu
Words & Edit:Kunihiro Miki

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