あるレコーディングスタジオから聞こえてくるのは「太陽の音」。スタジオの機材やコンピューターに注がれるエネルギーの源が、すべてソーラーパネルから生成された再生可能エネルギーだということだ。世界初の移動型ソーラー・レコーディングスタジオは、カリフォルニアの平原やネバダの砂漠を、太陽の光を浴びながら走る。
有名プロデューサーの新しいスタジオは「太陽の下」
レコーディングスタジオで消費するすべての電力を太陽光発電でまかなう。究極のサステナブルなレコーディングスタジオが「LAGOODVIBE」。これまでにも、ソーラーパワーで稼働するレコーディングスタジオは、世界各地でつくられてきたが、LAGOODVIBEが特徴的なのは「大型バス」という点。ツアーの移動中や旅に出ながら、自然の真っ只中でもレコーディング作業ができる。
発明したのは、フランス人DJ/リミクサー/プロデューサーのJoachim Garraud。これまで、David BowieやBeyoncé、Kylie Minogue、Culture Club、Orchestral Manoeuvres in the Dark など、ビッグネームと仕事をしてきた敏腕音楽人だ。EDMブームの立役者であるフランス人DJ、David Guetta とともにプロデュースを手がけたり共にDJブースに立ったりしていることから、フレンチ・テクノ、エレクトロ・ハウス界隈では名前と顔が知られた存在だ。
現在はロサンゼルスを拠点とするJoachim、“ソーラー・レコーディングスタジオ”を考案し、バスを改造し一から建設。アーティストを招き、自らの手でハンドルを切りながらレコーディングをしている。カリフォルニア州やアリゾナ州、ネバダ州、ユタ州など、太陽の恩恵が大きい州を走らせてきた。
ベテランのプロデューサーが新たに着手するソーラーパワーのたエネルギーを使った一流のサウンド作りを、Joachim本人に聞いてみよう。
長年レコーディングスタジオで、一流のアーティストたちとレコーディングを経験してきたと思いますが、サステナブルなレコーディングスタジオを作りたい、という思いはいつ芽生えたのでしょうか。
1980年代のはじめ、私はSonyのエンジニアとしてさまざまなアーティストと仕事をしていました。巨大なSSL(老舗メーカーのレコーディングコンソール)や大きなミキサーがどんと構えている大型の典型的なレコーディングスタジオで作業をすることもしばしば。その頃と比べると、テクノロジーの発展のおかげもあっていまは機材も小さくなりました。2000年代になるとラップトップで音楽がつくれるようになってそれはまるで、膝の上やバックパックのなかにレコーディングスタジオがあるようでした。その頃からですね、ソーラーパワーで稼働するレコーディングスタジオをつくってみたいと思うようになった。
巨大なレコーディングスタジオだと消費電力量もかなり多かったのでしょう。
ええ、それはもう。80年代、90年代、2000年代のレコーディングには、相当なエネルギーを消費していました。スタジオにあるプロフェッショナルなオーディオ機材は、同じ温度に保たせるため、電源つけっぱなしにしておく必要*があります。なので、シンセサイザーもテープレコーダーも、ミキサーも常にオンになっていたのです。これには驚きましたよ。当時、レコーディング業界では、省エネやサステナブルについて誰も気にすることはありませんでした。
*電源をオンにしておくことで、機器の動作を安定させ音質を良質に均一にするという行為。反対に、オンにしたままだと熱を持った状態が続き、部品の劣化などで故障に繋がるという理由で使用後オフにする人もいる。
当時のレコーディングスタジオの電気代が気になる…。さて、レコーディングスタジオの電気をすべてソーラーにしよう、と思いつき、なぜ「移動式」にしたのでしょう。
カリフォルニアに移住してから、ヨーロッパからたくさんのアーティストが私のロサンゼルスのスタジオを訪ねてきました。2、3日レコーディングをしたあと、彼らはみな口を揃えてこう言うんです。「グランドキャニオンに行ってみたい」「ラスベガスで一晩遊べないかな?」。ある時、ベッドやバスルーム、キッチンも装備されたRVを借りて8時間くらいかけてこれらの場所に行ったんです。道中、みんなラップトップで音楽制作の続きをしていました。エネルギー源は発電機でしたが、とにかく音がうるさい。その光景を見て「もっと快適に音楽制作ができる環境はつくれないものか」と。
太陽光発電は音がしない?
100パーセント、静かです。
ソーラーパネルの設置も自らおこなったそうですね。全長10メートルのバスの上部にパネルをはりつけるところから、スタジオのデザインから建設まで。
8ヶ月かかりました。1にバス探し、2にソーラーパネル、3に…と。大変なことだらけでした。1日にどれだけのエネルギーが必要になるのか。バスが運ぶ重量も計算に含めなくれてはいけないなど、考えることも山ほどありました。
バス内部のレコーディングスタジオでは、作曲作詞から制作、録音、ミキシング、マスタリング、ビデオ撮影まで、通常のレコーディングスタジオでおこなわれるすべての作業ができます。
音楽プロデューサーにはスタジオにこだわりを持つ人も多いかと思いますが、この特殊なスタジオを建てるにあたり、妥協しなかった点はどこですか。
これまでにないいい音を出すこと、です。高速道路を走っていてもでこぼこ道を走っていても、騒音や振動がないベストサウンドを捉えたいと思っています。そのために、バスの内部に防音材を挿入しました。ベントレーやベンツが使う10倍の長さのキルマット(特殊なカーサウンド遮音マット)を調達したんです。
太陽をエネルギー源にしたサウンド、気になります。
すばらしいですよ。サウンドの質にエネルギー源は関係ないですから。
根本的な話になってしまうのですが、日々レコーディングをおこなうだけのエネルギーは、しっかり確保できるのでしょうか。たとえば「4ピースのバンドが1日レコーディングするのに、最低何時間は太陽に晒されないといけない」など。
バスには16個のバッテリーがあり、太陽は12時間毎に出てきます。この12時間で、200時間(約8日)分のレコーディングに必要なエネルギーを賄うことができる。その間、太陽が出ていなくても大丈夫です。わかりやすい例を挙げましょう。例えば、マイク、ギター、ベース、アンプなどの機材を1時間稼働させるのに、おそらく1000ワットの電力が必要になります。対してエスプレッソマシンは、2、3秒稼働させただけで2500ワット、電子レンジは2000ワットの電力が消費される。つまり、レコーディングに必要な電力量は、実のところなんていうこともないんです。
へぇ、意外でした。これまで、ソーラー・レコーディングスタジオでは、フランスのロックバンドYard of Blondesや、大物エレクトロDJ、deadmau5、フランスのシンセサイザー奏者Jean-Michel Jarreなどのアーティストたちがレコーディングをしたそうですね。みんなどんな反応をしますか。
最初はみんな興味津々です。オフグリッドだというと「え、本当?」「電力は足りるの?」「もし太陽が出なかったら、どうするの?」と。しかしひとたび出発し、2、3日経てば、みんなこのスタジオ環境の虜になります。朝起きて窓の外を見ると、自然の風景が広がっていますから。20秒でスタジオに入室し、ソーラーパワーでコンピューターをオンにすれば、いつでもレコーディングすることができる。インスピレーションが欲しければ、バスから降りて、周りにある自然を散策するのもお薦めです。あるいは夜、砂漠の真ん中に出て、満天の星を仰ぐことだってできるんです。
レコーディング期間中にストップする自然スポットは、グランドキャニオンやモハーヴェ砂漠など、スピリチュアルスポットも多いですね。太陽からのエネルギーだけではなく、スピリチュアルなエネルギーも享受できる。
その通りです。グランドキャニオンやジョシュアツリー国立公園などの場所では、特別なスピリットを感じます。人工の光、道も、人間の足跡もない場所で、木や大地、地球からのエネルギーを得る。
ソーラーパワーでレコーディングをする醍醐味はどこにありますか。
ソーラーパワーは、レコーディングをする「場所の自由」をあたえてくれます。100パーセント、ノマドな創作プロセスが実現する。特に、いまはコロナ禍で、多くの人がリモートで創作活動をしているので、ぜひ“太陽”には役に立ってほしいです。
Joachim Garraud/ジョアキム・ガロー
フランス生まれ、ロサンゼルスを拠点にするDJ、音楽プロデューサー。David Guettaのリミクサーでもあり、プロデューサーでもある。プロデュースを手掛けたDavid Guettaのファースト・シングル『JUST A LITTLE MORE LOVE』(2001年)は、数週間にわたってフランスのクラブチャート1位を独占。グラミー賞ベスト・リミクサー部門にノミネートされた経歴ももつ。
LAGOODVIBE/ラ・グッド・ヴァイブ
Joachim Garraudが創立したソーラーパワーで稼働する移動式レコーディングスタジオのレンタルサービス。プロ仕様のスタジオのほか、ベッドやシャワー、キッチン、WiFi、オーガニックミールなども含む。1時間200ドル〜。
Photos : LAGOODVIBE
Words : HEAPS