音楽レーベルは、ある時代、あるエリアに生まれた音楽を独自の視点で切り取り、時に新しいジャンルをもかたちづくる重要な存在だ。 お気に入りのレーベルに出会い、そのリリース作品を辿っていけば、この世界のどこかで生まれ、育まれたカルチャーの熱に触れることができる。

古今東西の優れた音楽レーベルを、レコードの目利きであるレコードバイヤーたちが紹介する「レコードバイヤーのレーベルガイド」。 今回は、東中野のJUDGMENT! RECORDSのバイヤー三橋高志さん、下井草のPHYSICAL STOREのオーナーを務めるDJ/プロデューサーのChee Shimizuさん、西新宿 Reggae Shop NAT店主 道正和行さんに、それぞれの専門分野から入門的かつ要注目のレーベルを3つずつセレクトしてもらった。 レーベルごとの特徴や成り立ちと、レーベルを象徴するおすすめのレコードも合わせて紹介していく。

王道&カッティングエッジなジャズ・レーベル
by 三橋高志 (JUDGMENT! RECORDS)

三橋高志 (JUDGMENT! RECORDS)

1.Souffle Continu Records(シャッフル・コンティニュ)

パリに実店舗を構えながらマニアックなジャズを多数リリースする再発専門のレーベルです。 その多くが1970年代に大きなうねりを見せたフランスのフリージャズで、オリジナル盤を目にする機会すら少ない貴重な作品をピックアップして今に伝えているのが魅力となっています。

リリース作品を聴いていると、本場アメリカのジャズを学びつつ、その模倣だけでなく自分たちのアイデンティティを表現するにはどうしたらいいのか?といった意識が感じられ、その問いが過去から現在を繋いでいるようにも思えます。 これが単純に珍しい作品だから再発するというだけではない、意味あるものにしている所以ではないでしょうか。 また、貴重な写真を掲載したブックレットが封入されていたり、日本盤のレコードで見られる帯を付けたりなど、マニア心をくすぐる仕様なのもポイント(ちなみに帯は英語でも “OBI” と表記します)。 一味も二味も違うサウンドのジャズを聴きたい方には、是非チェックしていただきたいレーベルです。

Souffle Continuを象徴する1枚

Sylvin Marc / Del Rabenja『Madagascar Now – Maintenant ‘Zao』

フランスのジャズ界で仕事をした重要ピアニスト、ジェフ・ギルソン(Jef Gilson)が立ち上げたレーベルPALMから1973年に発表された作品。 彼がマダガスカルの現地ミュージシャンと活動を共にした企画 “マラガシー” の中心的存在であるシルヴァン・マーク(Sylvin Marc)とデル・ラベンジャ(Del Rabenja)の2名による作品で、様々な人種が行き交うフランスらしい、民族音楽もフリージャズもレア・グルーヴもごった煮になった唯一無二な世界観。 本作参加のシルヴァン・マークは後に、伝説的ジャズ・シンガー、ニーナ・シモン(Nina Simone)のアルバムに参加するなど活躍していきます。

2.Blue Note Records(ブルーノート・レコード)

ジャズの歴史上、最もアイコニックなレーベルと言えばBlue Noteと答えて異論はないのでは。 1939年に創設され、活動停止を経ながら現在も多数の新作をリリースするジャズを代表するレーベルです。

なかでも、1950年代はレジェンドたちによる演奏はもちろん、音質やジャケットデザイン(中にはアンディ・ウォーホルがイラストを描いたものも)を含め “ジャズ” というジャンルを形作ったとも言えるまさに黄金期の作品が並んでいます。 中古市場においても当時のオリジナル盤は高額で取引されており、それらが醸し出すジャケットの雰囲気や音の魔力は一度知ってしまうと抜け出せなくなるほど “レコード” というフィジカルのトータルな魅力を放っているのも人気の1つだと思います。

Blue Noteが凄いのは、黄金期と言える作品だけが注目されているだけでなく、ノラ・ジョーンズ(Norah Jones)やロバート・グラスパー(Robert Glasper)など、当時の作品に影響を受けた現在進行形のミュージシャンが新たに歴史を作っているということ。 この伝統と革新が1つのレーベル内に混ざり合っているのは、他ではなかなか見ない特徴ではないでしょうか。 当時も今もジャズを聴くうえで避けては通れない重要なレーベルであることは間違いないと思います。

Blue Note Recordsを象徴する一枚

Makaya McCraven『Deciphering The Message』

ジャズの歴史を形作ってきたレーベルなだけに、それを象徴する1枚を選ぶというのは難しいですが、独断と偏見でこの作品を選びました。 ドラマー、マカヤ・マクレイヴン(Makaya McCraven)が2021年に発表した作品で、1950年代や1960年代のBlue Note黄金期の楽曲をサンプリングしたうえに演奏を重ねたり、自分たち流に新たに解釈して作り上げたりするなど伝統と革新が分かりやすい形で現れた1枚としても聴けるのではないでしょうか。 ポスト・ロック・バンド、トータス(​​Tortoise)で活動するジェフ・パーカー(Jeff Parker)やジョエル・ロス(Joel Ross)、マーキス・ヒル(Marquis Hill)といった現代ジャズの猛者も参加。 ファットなビートとクールなメロディが全編で聴ける、アイディアも演奏も良いお勧めの1枚です。

3.We Jazz Records(ウィ・ジャズ)

カッティングエッジな現代ジャズを多数リリースするフィンランドのレーベル。 2016年に立ち上げられた若いレーベルながら、これまでに挙げたBlue Noteの伝統と革新性、Souffle Continuのアイデンティティへの視線という2つの感覚を合わせ持つような、 “新しい何か” を感じさせる作品を多数リリースしています。

「ジャズは難しそう」といったイメージとはかけ離れた洗練されたデザインのジャケットが多く、そのデザインと呼応するように普段クラブミュージックを聴く人もすんなりと入れるような、グルーヴ感あるサウンドの作品が多いのも魅力。 レーベルのBandcampでは、デザイン性の高いアパレルも販売するなど、音を聴くだけでなく身につけるフィジカル的感覚に対する愛を感じるところも素晴らしいです。 レコードの限定カラー盤などは、新品での入荷も不安定なためレコードショップで見つけた際は是非チェックを。

We Jazz Recordsを象徴する1枚

Koma Saxo『Petter Eldh Presents Koma Saxo』

レーベルを語るうえでかかせない人物、ペッター・エルド(Petter Eldh)率いるグループ、コマ・サクソ(Koms Saxo)の記念すべき1stフルアルバム。 ヒップホップやクラブミュージックの影響を感じさせるグルーヴ感溢れるベースとドラム、口ずさめるほどメロディアスなテーマのコンビネーションが気持ちいい作品です。 本作の次に発表したライブアルバムでは観客の熱狂もパッケージングされ、グループの勢いとジャズはやはりライブありきであるということを証明するかのような作品で、こちらも併せて聴いていただきたいです。 椅子に座ってじっくり聴くというよりも、オールスタンディングのクラブで踊りながら生演奏を体感したいところ。

多様なジャンルの音像を体験するレーベル
by Chee Shimizu

田口佳弥

1.ECM

1969年に創設されたドイツ・ミュンヘンを拠点とするインディペンデント・レーベルです。 創設者のひとりであるマンフレッド・アイヒャー(Manfred Eicher)はコントラバス奏者としてジャズやクラシックの分野で活動していましたが、プロデューサーとして秀でた才能を開花させました。 ECMから発表されている多くの作品は、アイヒャーが自らプロデュースしています。

1972年に発表されたチック・コリア(Chick Corea)の『Return to Forever』は大手レコード会社によって世界に配給され、その後もキース・ジャレット(Keith Jarrett)のライブ・アルバム『The Köln Concert』(1975年)などの歴史的名作を発表し、一躍ECMの名を世に知らしめることとなりました。 創設当初よりジャズを中心にリリースを重ねて行きましたが、<Edition of Contemporary Music>というレーベル名が示すとおり、現代音楽やモダン・クラシカル、ときにはワールド・ミュージックやフォースワールドな実験音楽まで、確固たる審美眼と美意識をもとに多様な音楽を発表し、カタログのタイトル数は現在も増え続けています。 パレント・レーベルのJAPOやWATTにも秀逸な作品が数多く残されています。

ECMを象徴するもうひとつの大きな要素は、「静寂の次に美しい音」をコンセプトに掲げた優れたサウンド・プロダクションと高品位な音質にあります。 繊細な音像処理が生み出す独特の残響空間は、多くのファンを魅了しています。

ECMを象徴する1枚

Paul Bley『Fragments』

レーベルの代表作としては前述の2作品が異論のないところですが、<ECMサウンド>の特徴が顕著にあらわれている1枚として、このアルバムを。 音の気配や余韻を肌で感じることができる素晴らしい録音です。

2.ALM Records

フォンテックというレーベルの創設メンバーのひとりだった録音技師、サウンド・エンジニアの小島幸雄が1974年に設立した独立系レコード制作会社のコジマ録音が主宰するレーベルです。

現代音楽の作曲家、近藤譲の『線の音楽』(1974年)を皮切りに、坂本龍一と土取利行のコラボレーション作品『Disappointment-Hateruma』、小杉武久が美学校の生徒の卒業制作として録音したイースト・バイオニック・シンフォニアの『Recorded Live』(1976年)など、日本人音楽家を中心に現代音楽から実験音楽、アヴァンギャルド、ジャズ、現代邦楽、古典音楽、クラシックまで、実に幅広いジャンルの作品を発表し、海外でも非常に高い評価を受けています。

アマチュアから依頼を受けたレコード制作も行っていたため、コジマ録音としての作品数とその内容は全貌が掴めないほど多岐に渡っています。 また、ほとんどの作品の録音を小島自身が手がけ、優れた録音技術と細部までこだわりが感じられる音作りで、レコード芸術の観点からも優れた盤を数多く残しています。 コジマ録音とALMレーベルは現在も存続しており、クラシックが中心ですがコンスタントに作品をCDでリリースしています。 昨今のアンビエント再評価の先に広がる音楽の地平線を望むことができる、重要なレーベルのひとつです。

ALM Recordsを象徴する1枚

佐藤聰明『Hymn For The Sun』
レーベルの初期作品のひとつ。 異常なまでに高速なピアノのリフレインが描く音像のモアレ、他に類を見ないミニマル・ミュージックです。 非常に微細な音が刻み込まれていて、驚異的な音の世界が出現します。

3.Black Sweat Records(ブラック・スウェット・レコード)

2012年に創設されたイタリア・ミラノを拠点とする現行レーベルで、これまでに80を超える作品を発表しています。 フランス人ニューエイジ・コンポーザーのアリエル・カルマ(Ariel Kalma)、瞑想的なミニマル・ミュージック作品を多く残すアメリカ人音楽家のJD・エマニュエル(JD Emmanuel)といった、昨今の世界的なオブスキュア音源発掘作業で注目されることとなった知る人ぞ知るアーティストから、ドン・チェリー(Don Cherry)、エンブリオ(Embryo)のような著名なアーティストまで、ジャンルもジャズ、ロック、電子音楽、エスニック・ミュージックなどさまざま。

さらには新録作品と過去音源の再発作品が混沌と入り乱れ、一見、節操がないようにも思われますが、レーベル運営者の音楽に対する純粋な情熱を感じる前衛的なラインナップが特徴で、好奇心をくすぐります。 発掘音源の再発を多く手がけていることもあり、アナログレコードの音質は作品によってばらつきがありますが、1980年代から1990年代にかけてクロスカルチャーなエスノ・アヴァン・ミュージックを展開したグループ、フューチュロ・アンティコ(Futuro Antico)、そのメンバーであるウォルター・マイヨーリ(Walter Maioli)やリッカルド・シニガリア(Riccardo Sinigaglia)の作品は、その特異な音楽性を際立たせる良好な音質を保持したものがあります。

Black Sweat Recordsを象徴する1枚

Riccardo Sinigaglia, Trio Cavalazzi『In Fa』

シンセサイザー、オルガンと弦楽三重奏のサイケデリックなアンサンブル。 芯の太い電子音と艶やかな弦楽器の旋律が音場を飛び交う立体音響が見事に表現されています。 現行のアナログレコードのなかでも抜群に良質な音です。

時代ごとのレゲエを体現するレーベル
by道正和行

田口佳弥

1.Volcano(ヴォルケーノ)

1980年代初頭から数年間、ジャマイカの音楽業界のトップに君臨し、トレンドを牽引したヘンリー・ジュンジョ・ロウズ(Henry “Junjo” Lawes)によるレーベル。 1970年代末期にバーリントン・リーヴィ(Barrington Levy)の諸作と共に頭角を現しはじめ、イエローマン(Yellowman)、イーカマウス(Eek A Mouse)、ココ・ティ(Cocoa Tea)、ジョジー・ウェルズ(Josey Wales)ら新人アーティストのヒットの量産でトップレーベルに。

1970年代とはがらりと姿を変えた、ワンドロップと呼ばれるタイトで音数が少なくテンポがスローで重いリズムのトレンドを構築、サウンドシステム(興行)での新たな潮流を生み出しました。 ダンスホールという新しいかたちのレゲエの旗手であり、英国グリーンスリーヴス社との提携により、その新しいスタイルは海外にも同時発信されました。

シンガー、DJ、ダブとリズムの使いまわしが非常にユニークかつ量産されているのがVolcanoレーベルの注目ポイントのひとつ。 同じリズムで制作された曲から生まれる表現の豊かさを楽しむきっかけを与えてくれるレーベルです。

Volcanoを象徴する1枚

Yellowman『Mister Yellow』

1980年代の幕開けと共にダンスホールという新しいレゲエの表現手法でスターになったDJの最初期作。

2.Taxi(タクシー)

最も著名なレゲエの伴奏制作チームのひとつである、スライ・ダンバー(Sly Dunbar)とロビー・シェイクスピア(Robbie Shakespeare)の2人によるレーベル。 1970年代半ばにスライにより設立されたが、本格的に稼働し始めるのは1978年から。

グレゴリー・アイザクス(Gregory Isaacs)を皮切りに、ブラック・ウフル(Black Uhuru)、デニス・ブラウン(Dennis Brown)、アイ二・カモーゼ(Ini Kamoze)らの国内外での大ヒット曲を量産。 1980年代半ば以降セルジュ・ゲンズブール(Serge Gainsbourg)、グレイス・ジョーンズ(Grace Jones)他海外アーティストとの数多のセッションを経て、Taxiレーベルが再び注目されるのは1992年。 リズム制作の手法を、時代のトレンドに合わせ生演奏からドラムマシンとサンプラーを使用したいわゆる打ち込みに大きく方向転換、「バンバン」リズムを送り出し大ヒットを記録。 90年代半ばから後期に至るまで大量のシングルをリリースします。 斬新でユニークなリズム制作と共に旬なアーティストを起用しシーンの中心に君臨し続けました。

1990年代半ばに大量生産されていたインスト作品、ラテン系のリメイクリズム等は、そのあまりの量がハードルとなりまとまった形で紹介されることが少ないので、積極的に取り扱っていきたいと考えています。

Taxiを象徴する1枚

Ini Kamoze『Ini Kamoze』

極限までタイトにまとめられた演奏が生み出すスライ&ロビーの音楽の凍り付くような緊張感を、圧倒的な迫力で見せつけられる名作。

3.Studio One(スタジオ・ワン)

1960年代以前からコクソン・ドッド(Coxsone Dodd)により運営されていた、レゲエの基礎を築いたレーベルのひとつ。 ジャマイカでのはじめのオリジナルなポピュラー音楽であるスカ、ロックステディの時代を経て、レゲエ、そしてダンスホールに至る1970年代から1980年代まで、トップレーベルとして稼働し続けました。

1960年代後期、ロックステディが全盛の時代には、その後現在に至るまでカバーやリズムのリメイクで再生産され続ける「ファンデーション」と称されるような名曲を大量にリリースし、レゲエの原型を形作りました。 1970年代はヒット曲の数こそ新興レーベルに劣るものの、他社と一線を画する独自の手法で唯一無二の世界観を表現し続けてきました。 実験的なアプローチの曲も数多く存在し、今なおリスナーに新たな発見を提供し続ける名門中の名門レーベルです。

研究され尽くされた1970年代までの作品より、メインストリームから離れて運営されていた1980年代後期以降の作品に、新たな発見の余地がまだわずかに残っており、見逃せません。

Studio Oneを象徴する1枚

Johnny Osbourne『Truth and Rights』
ルーツ、ラバーズロック、ラバダブとリズムの再利用も含む1970年代までのレゲエ歌唱の全ての要素が詰め込まれた、スタジオ・ワンそしてレゲエそのものを代表する作品。

三橋高志

JUDGMENT! RECORDS(東京都中野区東中野1丁目57-6 福山ビル2F)

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Chee Shimizu

ORGANIC MUSIC / PHYSICAL STORE(東京都杉並区下井草4丁目32−17 第一陵雲閣マンション 107)

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道正和行

Reggae Shop NAT(東京都新宿区西新宿7丁目9−5 西新宿オークビル 1F)

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Edit:Kunihiro Miki, Masaaki Hara, Takahiro Fujikawa

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