11月21日から24日まで、青山にあるドイツ文化会館(ゲーテ・インスティトゥート東京)にて、総合芸術フェスティバル「住力」が開催された。SAMPO Inc. 、BLACK SMOKER RECORDS、ゲーテ・インスティトゥート東京が共同主催する「住力」は、いつ起こるかもしれない災害に対して “構え” を持つための祭。パラシュート生地から制作したブルゾンの展示、鹿肉の解体・精肉ワークショップ、祈るように描き続けられるライブペイント、そして、祭の中心に櫓(やぐら)のようにそびえる「Hüs(ヒュス)」を舞台に鳴り続ける演奏……。30組以上の出店者と、20組以上のアーティストにより、「衣食住音美」の表現が混ざり合っていたこのイベントだが、共通して表現されていたのは “生きるため力” だった。
遊、食、衣、美、それぞれの表現。
「住力」は屋外から始まっていた。ドイツ文化会館の入口には、射的や輪投げ、スマートボールなど「遊」のエリアが広がる。鱗のような膜で覆われた一角は、廃材転生作家 Hi-Dによる、遊んでボルトなどのパーツをゲットできるコーナー。来場早々、ここが東京の一等地・青山であることを忘れてしまうほどの世界観に圧倒される。
会場に入ると、まず目に入るのは巨大ロボ。近づくと身体から音が出ていることに気づく。実はロボットは古材などを組み合わせて作られたスピーカーで、「住力」の主催であるSAMPO inc.の村上大陸(むらかみ・りく)の作品だ。
ロボの横に位置するバーは三重県のクリエイティブチーム「Beck creative works」の渡邉慎悟がデザイン監修を担当。間伐材の軸材を使い、屋台構造を作るチーム「hitoto」により、設営時に会場で試行錯誤しながら製作された。穴の空いた木版を重ね合わせ、小さな木の棒を穴に差し込むことで自立するため、釘を使わずに誰でも簡単に施工ができるように仕上げてある。また、三角形が組み合わさった構造にすることで強度に優れ、地震にも強い構造になっている。
11月21日の初日には、福岡の1日1組限定フレンチレストラン「Pinox」の水野健児シェフによる、“文明をリセットした” レセプションフードが振舞われた。鯛の白子を3ヶ月熟成させた旨味調味料や、1週間発酵させた椎茸のピュレ、海水から作った塩など、調味料すらも自作するシェフの料理は、お皿やカトラリーを使わずに手でいただくという体験とともに味わう。
鹿肉の解体・精肉ワークショップを行った「罠ブラザーズ」は「普段当たり前に口にしている肉は、肉以前にいのちである」ということを教えてくれた。
また、中庭で居酒屋フードを提供した「提灯東京」は、ガラス瓶を運ぶための「P箱」で構築した屋台を展開。災害時でも食祭が開けるという可能性を、来場者に提案した。
食べることは、言うまでもなく生きる力の中枢だ。しかし、私たち人間は、ただ栄養があるから食すのではない。美味しいから食すのだ。「住力」で繰り広げられた「食」の表現は、どれも実直で、本能的で、そして美しい味であった。
メインエリアには、「衣」や「美」の表現が立ち並ぶ。「樂商店(らくしょうてん)」は、今年1月1日に起きた能登半島地震の被災者から「避難時にはバッグを持つ余裕もなく、着ていた服のポケットに詰められるだけ詰めて家を出た」と聞いたことから着想を得て、ハギレでできたポケットを自分の服につけることができるワークショップを開催した。
また、ブランド「Pablo Griniche(パブロ グリニチェ)」は「住力」のためにパラシュート生地を使ったブルゾンを制作。軽い素材で保温性がありつつ、折り畳んでブルゾンのポケットにしまうと本体が枕にもなる仕様なため、サバイバルが必要な環境にも寄り添ってくれそうだ。
音が祭を作る。「Hüs」で演奏したアーティストたち。
イベントの目玉となったのは、ステージであり楽器であり、そして家でもある「Hüs(ヒュス)」。「住力」をオーガナイズしたSAMPO Inc. 塩浦 一彗(しおうら・いっすい)により設計された。
11月21日の初日、オープニングはSAMPO inc.の「Living Architecture」から始まる。流動する使い手たちによって「Hüs」はライブで建てられ、インパクトドライバーやハンマーの音が、次第に音楽になってゆく。そして神聖な場となるよう、志礼知也によって祈りを込められながらペインティングされていく。
「Hüs」の内部は、360° に古材や廃材がちりばめられた球体空間だ。輪島で譲り受けた解体材や瓦など、本来の役目とは異なるものの、音が鳴る材を選定して取り付けてある。ここでは、永井朋生や宮坂遼太郎といったパーカッショニストによる演奏が行われた。また、11月22日の「Hüs」の演奏体験ワークショップでは、アーティストとオーディエンスが一体となって球体空間を叩き、即興的に音楽を作る様子が見られた。
そのほかにも「Hüs」では、宮原創一の尺八やインディアンフルート、東京月桃三味線、モジュラーシンセとインド亜大陸発祥の木管楽器を組み合わせた蜻蛉 -Tonbo-のライブセットなど、さまざまなアーティストの演奏が行われ、4日の会期中に多様な文化の交錯が感じられた。
中でも盛り上がりを見せたのは、共同主催のBLACK SMOKER RECORDSがディレクションした、志人、コムアイ、ermhoi、マーティ・ホロベック(Marty Holoubek)、伊東篤宏、波多野敦子によるフィナーレのセッションだ。
蛍光灯の放電ノイズを拾って出力する音具「OPTRON」を自作する伊東篤宏とストリング・プレイヤーの波多野敦子による、海底にいるような演奏にはじまり、コムアイのプリミティブな歌声が重なる。ermhoiのハープ、マーティ・ホロベックのベースも加わり、会場は次第に不思議な世界観へと導かれていった。それはまるで、会場にいる全員が、水に包まれ、生まれる前の記憶を見ているかのような体験であった。
志人の声も加わると、次第に演奏は物語のように進んでいく。最後には、精霊のようなオブジェが登場し、コムアイと通じ合うような表現も見られた。そして、それぞれの楽器の音と声が嵐のように最大限に重なり合ったクライマックスを経て、「住力」はエンディングを迎えた。いわゆる「演奏」とは異なる、語りのようなパフォーマンスは、見る者それぞれの捉え方があったはずだが、自分たちが生き物であることを思い出すような感覚になった鑑賞者は少なくないのではないだろうか。「家」の意味を持つ「Hüs」から音が鳴り、祭が起こり、人が集まり、そこはまた家となる。会場にいる全員が一体となり、個々の間に境界がなくなるようなフィナーレであった。
志人はイベント終了後、主催メンバーにこう語ったという。「企画書を読んだときから素敵なイベントだとは思っていたけれど、いざ会場に来て実際に空間を見て、出店者の人たちと2日間対話をする中で、みんなの思う “住力” がどんなものなのか、解像度が上がっていった。真心によって作られているイベントだった。対話したことを最終日のセッションで表現することができた」
「住力」の運営メンバーは、半分以上がボランティア。報酬や技術で人を選んだのではなく、主催のSAMPO Inc.の仲間たちで作り上げたからこそ、そこには真心があった。
オーガナイザーであるSAMPO inc.の塩浦一彗は、イベントをこう振り返る。「ある種のアマチュアリズムがあったからこそ、『住力』は良いイベントになったのだと思います。“生きるための力” というのは、技術やクオリティの話ではなく、人間的な泥臭さ。イベント開始前には『いいものを作るぞ!』と毎日円陣を組んでいました。BLACK SMOKER RECORDSの方々とは今回初めてコラボレーションさせてもらいましたが、音楽のプロフェッショナルである彼らとも熱量や絆で繋がって、文化祭のように一体になれたのが本当に嬉しかったんです」。
どんな状況でも生きていける力を、それぞれの生活へ。
塩浦は自身が制作した指輪を販売し、炊き出しで提供されていた米のはざ掛け(収穫した稲を「稲架/はさ」に掛けて天日で乾燥させる昔ながらの農法)を行い、「Hüs」を設計・施工し、それを叩き、ライブペインティングでは書道を行うなど、衣食住音美をマルチに横断した表現をしていた。
彼以外にも、施工をしたあとにDJやライブを行ったメンバーがいたり、スーパーボールの屋台はいつの間にかおでん屋になっていたりなど、各々のフィールドには境界がない。当たり前のように全ての領域が混ざり合っており、「生活」とは各領域で断絶されたものではないと感じられたのではないか。
そもそも、「住力」が “生きるための力” をテーマとしたのにはどんな理由があるのだろうか。その答えは、塩浦がフィナーレ後に語った言葉にあった。
「僕は、3.11(東日本大震災)がきっかけでイタリアに移住しました。それからというもの、災害や非常事態があったときにどうしたら社会のシステムに頼らずとも自力で生きていけるのだろう、ということを模索しながら、建築やコミュニティというものに向き合ってきました。そんな中、今年元旦に起きた能登半島地震。今一度、みんなで寄り添い、力を集結させて生きていくことを表現すべきだと感じたんです」
いつ起こるかもしれない有事に対し、対応できる力。どんなことが起きても「大丈夫だ」と思える力。それが、塩浦をはじめとした出店者やアーティストが、それぞれの形で表現した「住力」だった。彼が「住力に参加してくれた表現者一人ひとりが歩んでいるケの日(日常)の積み重ねが、このイベントというハレの日(非日常)にこぼれ落ちているだけなんです」と語るように、彼らの普段から育んでいる人間力や精神力、そして生きる技術が集結し、磁場のようなものが生まれていたイベントだったのではないだろうか。
「住力」は、決して一部の人だけが持っている特別な力のことではない。有事でも、ありあわせのもので豊かな空間や食、そして生き方を作ることはできる。状況に応じてチューニングができることが「住力」の核なのだ。
「このイベントを非日常として終わらせるのではなく、日常として捉えることを持ち帰っていただけたらと思います」という塩浦の言葉で、「住力」は幕を閉じた。祭の中に埋め込まれた「Hüs」は、非日常と日常を繋ぐ象徴だった。このイベントで「Hüs」は、ある参加者によって購入された。ハレの日のステージとなった空間楽器は、また新たな地の日常で「家」となるだろう。塩浦は、数年後に「Hüs」を実際に家として新築したいと話す。それもまた、ハレの日からケの日に繋がるアプローチであり、長い目線で見たときの塩浦なりの「住力」の表現なのだ。
参加者たちは、このイベントで分け与えられた「住力」をどのようにそれぞれの生活に取り込むのだろうか。閉幕後の会場には、「住力」に関わった人々の生き方がささやかに変わっていく兆しが漂っていた。
住力
都市や自然、生きることを横断する体験型衣食音住美複合型総合芸術イベント。
災害文化を育むハレとケの狭間で響く文化的ミクロレジリエンス
主催:SAMPO Inc. 、BLACK SMOKER RECORDS、ゲーテ・インスティトゥート東京
「住力」HP
「住力」IG
Photos:Kiara Iizuka
Words&Edit:Sara Hosokawa