カバー曲とは、過去にリリースされたオリジナルの楽曲を、同じ歌詞、同じ曲の構成のまま別のアーティストが演奏、歌唱、編曲をして録音された楽曲のこと。歌い手や演奏が変わることでオリジナルとは違った解釈が生まれ、聴き手にその曲の新たな一面を届けてくれます。ここではジャンルや年代を超えて日々さまざまな音楽と向き合うオーディオ評論家の小原由夫さんに、曲の背景やミュージシャン間のリスペクトの様子など、カバー曲の魅力を解説していただきます。
プリンス・アンド・ザ・レボリューションの「Purple Rain」
1984年に発表されたアルバム『Purple Rain』は、2016年に57歳で他界した不世出のロック・ミュージシャン、プリンス(Prince)の出世作にして代表曲で、80年代のUSロックを代表する名バラードといっていいだろう。プリンスが主演した同名映画のサウンドトラックも兼ねた本作は、全米ゴールド・ディスクを獲得。シングルは同アルバムからの3枚目のカットで、全米ゴールドディスク、全英プラチナ・ディスクを記録している(アルバムバージョンは9分弱の長さだが、シングルバージョンは4分強に短縮されている)。

歌詞は恋に破れた男の心情を歌ったものだが、彼女と共に世界を終わりにしたいという解釈で今日広く認識されている。また、プリンス主演映画の主題歌ということを踏まえると、両親・友人・バンドメンバーに向けて歌われているともいえそうだ。
ハードロックとファンク、ポップ、ニューウェイブ、R&B等の要素を採り入れたプリ ンスの楽曲スタイルは、「ミナアポリス・サウンド」と称され、1970年代終わりに確立され、80年代に大きく花開いたとされる。プリンスと彼がプロデュースする一派がその基礎を作り上げた。伝統的なファンクに比べてハードロック的要素が色濃い上、ベースやドラムが繰り出すビートに大胆なエフェクト処理が加えられているのが特徴だ。
「Purple Rain」は、退廃的な雰囲気を帯びたメロディーとアレンジで、プリンスの歌もどこか憂いを宿している。スネアドラムには微小なコンプレッサーが掛けられており、この辺りがミネアポリス・サウンドの象徴か。間奏部のギターソロがむせび泣くようだ。
ジェフ・ベックの「Purple Rain」
「Purple Rain」のカバー演奏で今回紹介するのは、孤高のギタリスト、ジェフ・ベック(Jeff Beck)だ。2016年8月10日、デビュー50周年を記念して米ハリウッドボウルで行なわれた公演において、同年4月に急逝したばかりのプリンスを追悼する形でアンコール演奏された。この特別なコンサートの模様を収録したアルバム『Live At The Hollywood Bowl』には、エアロスミス(Aerosmith)のスティーヴン・タイラー(Steven Tyler)や、かつての盟友でキーボーディストのヤン・ハマー(Jan Hammer)など、多彩なミュージシャンがゲストで招かれている。

映像コンテンツもリリースされているが、当方の手持ちは3枚組6面LP。そのSIDE-Fのラストに「Purple Rain」が収録されている。アンコールが始まり、ベックがイントロを弾き始め、歌が始まると、観衆から割れんばかりの拍手と歓声が起こる。ヴォーカルを務めるのは、90年代初頭から米西海岸で活躍してきた女性シンガーソングライターのベス・ハート(Beth Hart)。ここではオリジナルをきっちりリスペクトするような実にソウルフルな歌声〜シャウトを披露している。
ベックも鬼籍に入って早2年。今頃天国で2人は共演しているかもしれない。
Words:Yoshio Obara