カバー曲とは、過去にリリースされたオリジナルの楽曲を、同じ歌詞、同じ曲の構成のまま別のアーティストが演奏、歌唱、編曲をして録音された楽曲のこと。歌い手や演奏が変わることでオリジナルとは違った解釈が生まれ、聴き手にその曲の新たな一面を届けてくれます。ここではジャンルや年代を超えて日々さまざまな音楽と向き合うオーディオ評論家の小原由夫さんに、曲の背景やミュージシャン間のリスペクトの様子など、カバー曲の魅力を解説していただきます。
クラシックの有名曲をロックに再構築
60年代末から70年代にかけて、ロック(特にプログレッシブロック)からクラシックへのアプローチが盛んに探求された。その急先鋒としてシーンを大いに盛り上げたのが、Emerson, Lake & Palmer(エマーソン、レイク&パーマー 以下、EL&Pと略)である。キーボーディストのキース・エマーソン(Keith Emerson)を中心に、ベーシストのグレック・レイク(Greg Lake)、ドラムスのカール・パーマー(Carl Palmer)によるロック・トリオで、彼らはクラシックの有名曲(あるいは広く知られた旋律)をモチーフとして、壮大なスケールでそれをロックに再構築した。彼らが発表した14枚以上のアルバムの中で、「くるみ割り人形(チャイコフスキー)」や「庶民のファンファーレ(コープランド)」など、実に多くのクラシックの器楽曲が題材として使われている。EL&Pはシンフォニックロックの礎を築いたといって過言でないだろう。
ムソルグスキー、ラヴェルの「展覧会の絵」
今回取り上げるのは、ロシアの作曲家モデスト・ムソルグスキー(Modest Mussorgsky)の「展覧会の絵(原題:Pictures At An Exhibition)」だ。オーディオファイルにお馴染みのダイナミックで勇壮なメロディーを持つ楽曲である。1874年発表時はピアノ曲であったが、1922年にフランスの作曲家モーリス・ラヴェル(Maurice Ravel)が管弦楽曲に編曲し、今日広く知られる演奏(コンテンツ)は、この「ムソルグスキー=ラベル編」である。

手持ちの同作の中で音質が最もいいLPは、ロリン・マゼール(Lorin Maazel)指揮、クリーブランド管弦楽団のTELARC盤だ。1979年リリースのアメリカ盤で、録音エンジニアのジャック・レナー(Jack Renner)氏に取材でお会いした際に裏面にサインを頂いた。録音には当時最先端であった米Soundstream社のデジタルレコーディングシステムが採用された。細部まで見通しのよいひじょうに解像度の高い演奏で、フォルテッシモでのダイナミックレンジは圧倒的。また、「バーバ・ヤーガの小屋」や「キエフの大門」での打楽器の咆哮は大迫力だ。
エマーソン、レイク&パーマーの「展覧会の絵」
一方EL&Pのアルバムは、米Mobile Fidelity Sound Labからリリースされたハーフスピード・カッティングの高音質盤が手元にある。プレスは日本ビクターの大和工場だ。オリジナル盤は71年11月のリリースで、熱狂的な観客の歓声で始まるライヴ盤として彼らの通算3作目になる。母国のイギリスを始め、アメリカ、日本でもベストセラーとなった。

EL&Pの「展覧会の絵」は、原曲にある16曲の中から「ブロムナード」「こびと」「古い城」「バーバ・ヤーガの小屋」「キエフの大門」を抜粋して編曲した上、「プロムナード」の3曲のうちの1曲、および「キエフの大門」に「生と死」にまつわる歌詞が加えられている。またオリジナルを3曲追加して、合計11 曲からな る組曲として完成されたものだ。 キースは原曲のメロディーを尊重しながらキーボードを華麗に操る。グレッグは時折ベースをギターに持ち替えてオブリガートを重ね、カールが繰り出すリズムがそこに重厚なアクセントを付けていく。全編を通してひじょうにスケール感の大きい演奏といえる。なお偶然だが、どちらのアルバムもマスタリング/カッティングに名手スタン・リッカー(Stan Ricker)が関わっている。
Words:Yoshio Obara