カバー曲とは、過去にリリースされたオリジナルの楽曲を、同じ歌詞、同じ曲の構成のまま別のアーティストが演奏、歌唱、編曲をして録音された楽曲のこと。歌い手や演奏が変わることでオリジナルとは違った解釈が生まれ、聴き手にその曲の新たな一面を届けてくれます。ここではジャンルや年代を超えて日々さまざまな音楽と向き合うオーディオ評論家の小原由夫さんに、曲の背景やミュージシャン間のリスペクトの様子など、カバー曲の魅力を解説していただきます。
「エンダァァァァァ」のあの曲
ホイットニー・ヒューストン(Whitney Houston)が初主演し、大ヒットした92年の映画『ボディガード』の主題歌「I Will Always Love You」は、多くの人が何の疑いもなく、ホイットニーの持ち歌と思っていることだろうが、実は違う。同曲のオリジナルは米カントリー歌手の大御所ドリー・パートン(Dolly Parton)で、1973年にリリースされたアルバム『Jolene』に収録されていた、彼女自身による作詞作曲の楽曲だ。翌年の74年6月にアルバムからの2枚目のシングルとして発売され、米ビルボード誌のカントリーチャートで1位を獲得している。
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一方のホイットニー版「I Will Always Love You」は、92年から93年に掛けて全米シングルチャートの14週連続ナンバー1を記録。また日本のオリコン洋楽シングルチャートでも、93年1月11日付けから27週連続1位を獲得している。
パートンの歌唱によるヒット後、エルヴィス・プレスリー(Elvis Presley)から「I Will Always Love You」をカバーしたいとの連絡があった。その際プレスリーのマネージャーのトム・パーカー(Tom Parker)大佐より、プレスリーが録音した曲は出版権の半分をプレスリー側に譲渡することが従来からの条件であるとの申し出があったため、パートンはこれを拒否した。結果的にプレスリーは録音を諦め、パートンはその後何年にも渡って同曲の印税を得た上、82年の再リリースの際にもカントリー・チャートで再び1位を獲得。さらに前述の『ボディガード』での世界的大ヒットによって、パートンは莫大な印税を手にすることとなるわけだ。
しかしパートンはそれで私腹を肥やすことはしなかった。1990年に「Buddy Program」をローンチし、地元高校生の卒業までの学費支援、2016年のテキサス大火で家を焼失した人への生活支援(寄付金は合計約13億円!)、1995年から今日まで続く全世界の貧困家庭への毎月1冊の本の寄付運動「イマジネーション図書」等を設立、運営してきたのである。前述のプレスリー側からの要請を受けていたら、このようなことにはならなかったかもしれないのだから、運命と決断とは不思議である。
映画主題歌への起用は、カバーで繋がれていた
「I Will Always Love You」は、実は当初、映画『ボディガード』の主題歌候補にはなく、劇中の別の曲が筆頭候補であったという。しかし、共演者のケヴィン・コスナー(Kevin Costner)の強い進言から主題歌に決まったという経緯があるらしい(コスナーは同曲が収録されたリンダ・ロンシュタット(Linda Ronstadt)のカバーアルバムを愛聴していた。一方、その筆頭候補の曲は最終的には採用されなかった)。
ホイットニーのために歌詞の一部をパートン自ら加筆修正したホイットニー版の「I Will Always Love You」は、プロデューサー権アレンジャーのデヴィッド・フォスター(David Foster)の手によってドラマチックなバラードに仕上がっており、特に後半の転調後の展開はスケール感が重厚。そうしたより一層の濃密さをもたらしているのが間奏部のテナーサックス・ソロで、黒人ジャズミュージシャンのカーク・ウェイラム(Kirk Whalum)が演奏している(ちなみにここで採り上げたサウンドトラック盤は、2022年11月下旬に発売された赤いカラーレコード/EU盤である)。
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94年になると、ホイットニーの歌う「I Will Always Love You」」は、グラミー賞などのアワードをほぼ総ナメにした。さらにホイットニーの死後再びチャートインし、トップ3にランクインしている。こうしてパートンとコスナーの慧眼によって、「I Will Always Love You」は、ホイットニーの代表曲となったわけである。生きていれば61歳。今以て2012年の急逝が真に悔やまれる。
Words:Yoshio Obara