カバー曲とは、過去にリリースされたオリジナルの楽曲を、同じ歌詞、同じ曲の構成のまま別のアーティストが演奏、歌唱、編曲をして録音された楽曲のこと。歌い手や演奏が変わることでオリジナルとは違った解釈が生まれ、聴き手にその曲の新たな一面を届けてくれます。ここではジャンルや年代を超えて日々さまざまな音楽と向き合うオーディオ評論家の小原由夫さんに、曲の背景やミュージシャン間のリスペクトの様子など、カバー曲の魅力を解説していただきます。
オリジナルはチャールズ・ミンガス
「Goodbye Pork Pie Hat」は、ジャズベースの巨人チャールズ・ミンガス(Charles Mingus)が作曲し、1959年発表の「Mingus Ah Um」でのセクステット演奏が初収録となる。同年に他界したサックス奏者のレスター・ヤング(Lester Young)へのオマージュ曲で、レスターが一般よりも鍔広の帽子を愛用していたことに由来する。
ミンガスがメジャーレーベルであるColumbia Records(コロムビア・レコード)と契約した最初のアルバムとなった本作での演奏は、サックス×3 +トロンボーン×2と、実に5人のリード楽器をフロントに据えたユニークな編成。ゆったりとしたテンポで繰り広げられる演奏は、左右チャンネルにサックスの音がくっきりと分けられており、右チャンネル奥から聴こえるミンガスのベースソロが全体を統率するような印象だ。
ジョニ・ミッチェルの「Goodbye Pork Pie Hat」
オリジナル曲のリリース以降、多くのジャズメンが「Goodbye Pork Pie Hat」を取り上げたが、同曲をよりポピュラーな存在に足らしめたのは、米の女性シンガーソングライターのジョニ・ミッチェル(Joni Mitchell)である。彼女の79年のアルバム『Mingus』は、そのタイトルからもわかるようにチャールズ・ミンガスにオマージュしたもので、共演という形で制作していたものの、途中で方針を転換。完成前にミンガスも亡くなってしまったもので、曲間に挿入されている会話の音声は、ミンガスとジョニのやりとりである。録音スタジオはハリウッドのA&MスタジオとNYのエレクトリック・レディ・スタジオ)が使われた。
『Mingus』の大成功の要因のひとつが、稀代のベーシスト、ジャコ・パストリアス(Jaco Pastorius)の全面的な参加に依るといっても過言でない。彼のフレットレスベースが繰り出す独特のトーンとハーモニクスが、このアルバムに独特の浮遊感を植え付け、名盤たらしめたのだ。ウェイン・ショーター(Wayne Shorter)が吹くソプラノサックスの濃密な音色も聴きどころのひとつである。
ジェフ・ベックの「Goodbye Pork Pie Hat」
一方で、ロックフィールドに「Goodbye Pork Pie Hat」を持ち込み、成功させたのが、ギタリストのジェフ・ベック(Jeff Beck)である。ジョニより早まること3年、1976年5月に発売された彼の全篇インストゥルメンタル・アルバム『Wired』にて、同曲は哀切的なバラードとして演奏された。アルバムのプロデュースは前作『Blow by Blow』に引き続いて、英国の巨匠ジョージ・マーティン(George Martin)が担当。英ロンドンのエア・スタジオとトライデント・スタジオ、米ハリウッドのチェロキー・スタジオで録音が行なわれた。
マックス・ミドルトン(Max Middleton)が演奏するフェンダー・ローズの音色とリフが、曲に一層ブルージーな色合いを刷り込ませているのがとても印象的である。ベックのギターはボリュームペダルやトレモロアームを駆使してむせび泣くようなフレーズを連発。ソロパートではストラトキャスターとレスポールを使い分けており、演奏全体を支配するリヴァーブ感がたいそう心地よい。
Words:Yoshio Obara