カバー曲とは、過去にリリースされたオリジナルの楽曲を、同じ歌詞、同じ曲の構成のまま別のアーティストが演奏、歌唱、編曲をして録音された楽曲のこと。 歌い手や演奏が変わることでオリジナルとは違った解釈が生まれ、聴き手にその曲の新たな一面を届けてくれます。 ここではジャンルや年代を超えて日々さまざまな音楽と向き合うオーディオ評論家の小原由夫さんに、曲の背景やミュージシャン間のリスペクトの様子など、カバー曲の魅力を解説していただきます。
吉田美奈子の「夢で逢えたら」
吉田美奈子の1976年リリース、通算3作目のスタジオアルバム『FLAPPER』に収録された「夢で逢えたら」は、大瀧詠一の作詞・作曲による名曲だ。当初アン・ルイスに書いたとされている本楽曲だが、1977年にシリア・ポールもシングル盤を発表。他方では大瀧本人の歌唱が彼の死後、2014年12月にベスト盤収録という形で初めて日の目を見た。これまでに何十人という歌手に(英語版も含め)カバーされており、シティポップのスタンダード曲と称してもいいだろう。
『FLAPPER』では錚々たるミュージシャンがバッキングを務めている。細野晴臣や鈴木茂を擁したティン・パン・アレイを始め、村上 “ポンタ” 秀一や松木恒秀などの第一級のスタジオミュージシャンが集結。大貫妙子や山下達郎がコーラスで加わるという豪華さだ。サウンドも分厚くグルーヴィーな雰囲気に満ちており、ハンドクラップを活用した短いイントロから躍動的なリズムが繰り出され、それに先導される形で恋にときめく乙女心が溌剌と歌われている。また、間奏部に挟まれた台詞からもピュアな恋心を窺い知ることができる。
ラッツ&スターの「夢で逢えたら」
「夢で逢えたら」を世の中に広く認知させた最大の功労者は、ラッツ&スターといって過言でない。1996年4月にシングル盤(9枚目)をリリースし、ほぼ10年ぶりのグループ活動再開という話題もあって大ヒットとなったのだ。今では、グループのリーダー、鈴木雅之を始め、メンバーに東京都大田区蒲田近辺の出身者が多いことから、京浜急行電鉄の京急蒲田駅の電車接近メロディに「夢で逢えたら」のサビが使われているほどである。ただし本作は当初オリジナルアルバム収録がなく、ベスト盤(CD)のみに収録された。また、間奏部のセリフもオリジナルのそれとは異なっている。
ラッツ&スターの「夢で逢えたら」は、黒人コーラス隊のスタイルを下敷きとした彼らならではのドゥー・ワップの乗りで、吉田美奈子やシリア・ポールとはまた違ったソウルフルなムードを湛えていて味わい深い。なお、大瀧がスーパーバイザーとして制作に参画している。
そのラッツ&スター版「夢で逢えたら」が2018年3月、吉田美奈子を含むオリジナルシンガーの歌唱を中心としたコンピレーションアルバム『EIICHI OHTAKI Song Book III』にて、初めてLPに収録されたのだ。本アルバムはソニーミュージックグループの自社一貫生産アナログレコード復活第1弾として企画された限定版LPで、現在では入手難となり、中古市場で高値で取引されている。同盤には前述2人の他、シリア・ポール、吉岡聖恵(いきものがかり)、さらに大瀧本人の歌唱も収録されている。
Words:Yoshio Obara