カバー曲とは、過去にリリースされたオリジナルの楽曲を、同じ歌詞、同じ曲の構成のまま別のアーティストが演奏、歌唱、編曲をして録音された楽曲のこと。 歌い手や演奏が変わることでオリジナルとは違った解釈が生まれ、聴き手にその曲の新たな一面を届けてくれます。 ここではジャンルや年代を超えて日々さまざまな音楽と向き合うオーディオ評論家の小原由夫さんに、曲の背景やミュージシャン間のリスペクトの様子など、カバー曲の魅力を解説していただきます。

シンディ・ローパーの「Time After Time」

80年代の米ポップス界のアイコンの一人、シンディ・ローパー(Cyndi Lauper)が、去る6月4日、ハリウッドのTCLチャイニーズ・シアター前で、自身の手形と足形を残すイベントに参加した。 間もなく71歳の誕生日を迎えるシンディは、10月中旬から行なわれる北米23都市を回るツアーの内容も発表。 これが活動最後の大規模なツアーになるという。

シンディ・ローパーの「Time After Time」

シンディといえば、83年のデビューアルバム『She’s So Unusual(邦題:N.Y.はダンステリア)』が世界的に大ヒット。 その奇抜なファッションでも一世を風靡した。 同アルバムからのセカンドシングル「Time After Time」(84年)は、後世に語り継ぎたい名曲である。 全米とカナダで1位を獲得し、 英国やニュージーランドでもチャート上位を記録。 89年1月に全米レコード協会からゴールドディスク認定を受けた。 ここ日本でも90年代以降にテレビCM等に起用され話題に。 失った大切な人を何度でも思い返すといった内容の歌詞で、「聴く人の心に共感してもらえるような曲を書きたかった」というのがシンディの弁。 甘く、切ないバラードである。

マイルス・デイヴィスの「Time After Time」

後に多くのアーティストがカバーした「Time After Time」だが、その代表格は、何といっても “ジャズの帝王” トランペッターのマイルス・デイヴィス(Miles Davis)の演奏だ。 85年発表のアルバム『You’re Under Arrest 』でいち早く収録。 ライブ等でも度々演奏している。 この件に関してシンディは「とても誇りに思う」と後にコメントしている。

マイルス・デイヴィスの「Time After Time」

オーガニックなムードのシンディの歌唱曲は、シンセサイザーによるイントロのメロディーも相まってどこか郷愁的。 キックドラムを軸とするゆっくりとしたリズムやサビのコーラスのデュエットが、リスナーのハートをしっかりと掴んで離さない。
一方でマイルスの演奏は、センチメンタルなミュートトランペットの響き、音色が堪らなく切ない。 慈しむように丁寧にテーマを奏で、まさしく歌心に溢れたプレイといえよう。

マイルスは同曲がよほど気に入ったようで、12インチシングル盤もリリース(ジャケットはマイルス自身が描いた抽象画)。 前述LPの演奏よりも約2分長く、フェードアウトされていた後半のトランペットソロをフルで聴くことができ、その伸びやかさは素晴らしい。 ベースのビートも一層骨太で、演奏全体の鮮度の高さと併せ、ダイナミックレンジに優れたサウンドが楽しめる。

12インチシングル盤もリリース(ジャケットはマイルス自身が描いた抽象画)
LPの演奏よりも約2分長く、フェードアウトされていた後半のトランペットソロをフルで聴くことができ、その伸びやかさは素晴らしい

シンディには日本ゆかりの逸話がある。 東日本大震災発生時に来日公演直前の機上の人だったが、ツアーをキャンセルするどころか、予定通りに敢行。 日本各地でチャリティ募金を呼び掛けたのだ。 前述のフェアウェルツアーに関して「ファンたちに恩返し、ありがとうって言いたいの」と意気込みを語るシンディだが、貴方には私たち日本人から「あの時はありがとう」と伝えたい。

Words:Yoshio Obara

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