言わずとしれたデトロイト・テクノ~ハード・ミニマルのパイオニアであり、ジャズやアフロビート、クラシックなど多彩なジャンルのアーティスト/楽団とのコラボレーション、『メトロポリス』を始めとした無声映画のためのサウンドトラック制作~上映イベントの実施、アートインスタレーション作品の展示など、領域横断的な活動を続けるDJ/アーティスト、ジェフ・ミルズ(Jeff Mills)。
そんなジェフが2008年から取り組んできたプロジェクト『THE TRIP』の最新発展形である『THE TRIP -Enter The Black Hole-』が、今年4月に新宿「ZEROTOKYO」で上演された。 同公演はブラックホールをテーマに音楽と映像、ダンスが融合する舞台芸術作品であり、総合演出・脚本・音楽をジェフが担当。 戸川純がヴォーカリストとして参加したことも大いに話題を呼んだ。
ジェフは『THE TRIP -Enter The Black Hole-』において何を表現し、伝えようとしたのか。 そして、音楽とテクノロジーの関係や音楽の未来の在りようについて、どのように考えているのか。 インタビューでその答えを探った。
人類の未来を伝える宇宙への旅、『THE TRIP』
『THE TRIP』は、2008年にフランス・パリで初めてのパフォーマンスが行われ、日本では2016年に東京・浜離宮朝日ホールでCOSMIC LAB(コズミック・ラブ)の映像演出によって作品が拡張されました。 今回の作品はどのようなきっかけで生まれたのでしょうか? また、ジェフさんにとってはどのような作品なのでしょうか?
『THE TRIP』のコンセプトは、宇宙旅行や火星や金星といった太陽系の惑星を植民地化するという人類の未来を想像することから生まれました。 宇宙は人類にとって過酷な環境であり、その中で私たちはどのような事態に耐え、どのような方法で目的を達成しなければならないのか。 宇宙探査に税金を使うべきかどうかについては議論の余地がありますが、私はこれを個々の人間の考えに留まるような問題だとは考えていません。
昨今の天候や自然の変化に目を向けると、いずれ私たちが地球を離れるしかない日が来るという考えに思い至ります。 実際、地球を離れられることは私たちにとって非常に幸運なことかもしれません。 宇宙空間のような過酷な環境に置かれた人間は、論理的に理解できない状況に直面する可能性があるからです。 このコンセプトをエンターテインメントを通じて伝えることが、『THE TRIP』の目的です。
そのような状況がどのように見えるか、感じられるかを探求したこの作品では、ブラックホールの向こう側への旅を通じて、観客は未知の世界への片道航海の乗客として、さまざまなシナリオを一緒に体験します。 2008年のパリでの初演では、巨大なビデオスクリーンに約100本のSF映画から「何かが起こってしまい、もう元には戻れない」という部分を抜粋した映像を映し出しました。
それ以来、様々なバージョンを作ってきましたが、『THE TRIP』は私のライフワークになっています。 そのため、宇宙における私たちの未来がどのようなものであるかを考えるという当初の意図を思い起こさせるものとして、折に触れて再登場するはずです。
戸川純とのコラボレーション、特殊仕様ヴァイナルのサウンドトラック
そのサウンドトラックには、どのようなジェフさんの音楽的なこだわりが反映されていますか?
パフォーマンス用のサウンドトラック、コンセプチュアルなアーティスト・アルバム、そしてこの種の創作活動の紹介など、このコンセプトに伴う音楽には様々な役割があります。 それぞれの曲には実用的な用途があり、特定の目的のために作られました。 私はSFが好きなので、「未知」や「もしも」という側面を音楽で探求することができました。
舞台・サウンドトラックともに戸川純さんの参加が日本では話題になりましたが、グローバルに活躍されているジェフさんが今回、あえて日本のアーティストとコラボレーションを行った理由と狙いを教えてください。
多くの人にとって、このコラボレーションは意外だったと思いますが、それこそが私の狙いでした。 予想外だったからこそ、別のタイプのリアリティを引き立てることができました。 私の狙いは、戸川純さんの参加が当然であるかのように、先入観を抱きがちな私たち人間がその事実に慣れるしかないかのように、戸川さんと関わることでした。 このようなクリエイティブな関わりや出来事はもっと頻繁に起こるべきなのに、(そうでないのは)音楽において何が可能なのかということが広く理解されていないからなのかもしれません。 そのことは多くの疑問を抱かせますが、私にとって戸川さんとコラボレーションできたことは素晴らしい経験でした。 彼女は、このような遠大なコンセプトにぴったりなアーティストだったと思います。
『THE TRIP -Enter The Black Hole-』のアナログ盤は、内側から外側へ再生する特別仕様になっています。 このような特別な仕様のレコード盤としてリリースした理由と狙いについて教えてください。
リスナーにブラックホールの反対側にいることを想像してもらうために、このレコードは内側から外側へ再生する特別な仕様になっています。 ターンテーブルの針をレコードの内側に置き、外周に向かって螺旋を描くという通常とは異なる物理的な動作によって、リスナーは非日常的な体験をすることになります。 これにより、いつもと違うタイプの音やリズムを体験する準備ができるはずだと考えました。
レコード盤に針が落とされると、旅が始まりますが、レコードの両面の終わりにはロックド・グルーヴがあり、針がエンドレス・ループするようになっています。 つまり、リスナーは家に帰ることも、元の状態に戻ることもできないのです。 だからこそ、「リスクを覚悟で聴く」ことになるのだと思います。
デジタル/アナログについて考えていること、TR-909という機材の魅力とは
長年にわたりDJ活動を行っていますが、その中でDJが使う音源やリスナーが聴く音源のフォーマットはレコードからCD、そしてデジタルデータへと変化してきました。 現在はデジタル、特にストリーミングでのリスニングが主流になっていますが、ご自身にとってアナログ・レコードとはどのような存在ですか?
キャリアを積んだDJとして、また長年音楽制作をしてきたプロデューサーとして、その点についてはとても現実的に考えています。 つまり、DJやミュージシャンが音楽をどのように扱うかが重要であり、フォーマット自体にはそれほどこだわりません。 フォーマットはこれまでも変化してきましたし、現在も変化しています。 そして、これからも変化し続けるでしょう。 ですから、すべてのフォーマットを活用すべきだと思います。
私は昔の45RPMのシングルや12インチ・レコード、8トラック・プレーヤー、カセットテープの時代を知っているほどのベテランです。 デジタルCDが登場したとき、そのクオリティの差は明白でした。 それまで聴こえなかった音楽の質感が聴こえるようになり、スタジオで作られた音により近づいたことで、一貫した音楽体験が可能になりました。 そのため、私はデジタル技術の発展には大きな恩恵を受けていますが、アナログ・レコードに対する思い入れも強く残っています。 幸いなことに、アナログはまだ存在しているので、できるだけ残り続けてほしいと願っています。 また、現在でもレコードを収集していますが、その良さを最大限に引き出すためには高品質なHi-Fiシステムが必要不可欠だと考えています。
ライブパフォーマンス時にはRolandのドラムマシンTR-909のみ、もしくはTR-909を使用したハイブリッドなDJセットを組んでいます。 現在では多くの機材がソフトウェア化していますが、TR-909を始めとしたハードウェア機材を使用する理由や意義について教えてください。
DJとして、セット中に演奏したり、ソロパフォーマンスをしたりできる楽器が欲しいと思っています。 ソフトウェアでは “ルーズな” 感覚を表現することができません。 コンピューターの画面よりも観客を見て、次に何をするか考えたいのです。 そうすることで、重要な瞬間により自発的に、より素早く対応することができます。
例えば、TR-909は非常にベーシックでシンプルな機材です。 演奏にそれほど注意を払う必要がなく、邪魔になるようなボタンやキーのデザインもありません。 また、特定のタスクを見つけるために複雑な操作をする必要もなく、MIDI以外の同期メカニズムもありません。 何よりエフェクトがないので、マシンのサウンドを面白くするには、使う人に頼るしかありません。 その結果、マシンのサウンドに自分自身のキャラクターをより強く反映させることができます。 その瞬間に感じたことをソロで表現できるのです。
これこそが音楽を創ることの真の目的だと私は思います。 テクノロジーがあまりに高度で複雑になると、リスナーが演奏者よりもテクノロジーそのものを聴くようになってしまいます。 それでは本来の目的を見失うことになるでしょう。 もしテクノロジーによって、リスナーが私自身では決してできないようなことを聴くことになるとしたら、それは行き過ぎだと思います。
レコードやシンセサイザーにおいてアナログであることにはどのような魅力があるとお考えでしょうか?
最終的な結果よりも、そのプロセスが魅力的だと言えます。
音楽とテクノロジーの関係、音楽の未来の在りよう
以前は、Pioneer DJの「DVJ-X1」をパフォーマンス時に使われていたり、正面・上・横からのアングルを選びながらジェフさんのDJプレイを間近で見られる映像も収録したDVD「Exhibitionist」を発表されるなど、ジェフさんはテクノロジーとご自身のフィジカルなパフォーマンスを組み合わせた表現を追求されている印象があります。 最近ではAIを搭載したDAWもリリースされるなど、音楽テクノロジーは日々発展していますが、アーティストにとって、テクノロジーと音楽の関係性はどのようなものであるべきとお考えでしょうか?
理想を言えば、テクノロジーは、DJやアーティストが実際にやっていることを視聴者が完全に理解できる形で見せたり、翻訳したりできたときに、最高のレベルに達すると思います。 テクノロジーがあなたの代わりに実際に何かをするまでになってしまったら、それは競合的な存在になるでしょう。 ミスを減らすためにテクノロジーを使うことは、芸術を極めるための学習プロセスの一部を奪うことになります。 より注意深く、より意識的に、そして時間をうまく管理することを思い出すために、私たちは時々「失敗」する必要があるのです。 そうすることで、より良いDJやミュージシャンになれるのだと思います。
これからの音楽のありようについてはどのようにお考えでしょうか?
音楽の未来は、人間の未来と密接に関わっていると考えています。 もし私たちがテクノロジーに依存しすぎて、問題に直面しなくなってしまったら、人間という種の進化の方向性が怪しくなるでしょう。 音楽は、ユニークなアートフォームとしての、かつて持っていた価値と力を失い続けています。 そのため、音楽とそのアーティストの未来を守るための確実な方法はほとんどないのが現状です。
私が内心感じているのは、ほとんどの人は、自分たちが言うほどには音楽を大事に思っていないということです。 そのため、音楽の未来について考えるなら、音楽自体が進歩することはないでしょう。 その代わりに、新しいタイプの聴覚体験が生まれるかもしれません。 それに対して、マーヴィン・ゲイ(Marvin Gaye )やザ・ビー・フィフティートゥーズ(The B-52’s)を聴くのと同じような感覚を覚えるかもしれませんが、私たちが現在知っている音楽の形とは異なるものになるでしょう。 そもそも音楽が生まれた理由を考えてみると、人が音楽を聴くときに感じる感覚にこそ、その答えが求められるのではないかと思います。 だからこそ、テクノロジーを使えば、音を介さずに直接、その目的の根源にたどり着くことができるかもしれません。
ジェフ・ミルズ
1963年アメリカ、デトロイト市生まれ。
現在のエレクトロニック・ミュージックの原点ともいえるジャンル “デトロイト・テクノ” のパイオニア的存在として知られている。 代表曲のひとつである「The Bells」は、アナログ・レコードで発表された作品にも関わらず、これまで世界で50万枚以上のセールスを記録するテクノ・ミュージックの記念碑的作品となっている。
また、音楽のみならず近代アートのコラボレーションも積極的に行っており、フリッツ・ラング監督「メトロポリス(Metropolis)」、「月世界の女(Woman in the Moon)」、バスター・キートン監督「キートンの恋愛三代記(The Three Ages)」などのサイレントムービー作品のために、新たにサウンドトラックを書き下ろし、リアルタイムで音楽と映像をミックスしながら上映するイベント、 “シネミックス(Cinemix)” を精力的に行なっている。
そしてポンピドゥーセンター「イタリアフューチャリズム100周年展」(2008年)、「Dacer Sa vie」展(2012年)、ケブランリー博物館「Disapola」(2007)年など、アートインタレーション作品の展示活動といった、数々のアート活動が高く評価され、2007年にはフランス政府より日本の文化勲章にあたる芸術文化勲章シュヴァリエ(Chevalier des Arts et des Lettres)を授与され、その10年後となる2017年にはフランス政府よりシュヴァリエよりさらに高位なオフィシエの称号を元フランス文化大臣のジャック・ ラングより授与された。
日本での活動も多岐に渡り、2013年、日本科学未来館館のシンボル、地球ディスプレイ「Geo-Cosmos(ジオ・コスモス)」を取り囲む空間オーバルブリッジで流れる音楽「インナーコスモス・サウンドトラック」はジェフ・ミルズが作曲を手がけた。 現在もその音楽が使用されている。
近年、コロナ禍中に、世界の若手テクノ・アーティスト発掘支援のためThe Escape Velocity (エスケープ・ベロシティ)というデジタル配信レーベルを設立。 既に60作品をリリースしている。
Interview & Text:Jun Fukunaga
Edit:Takahiro Fujikawa