群馬県の高崎駅西口から徒歩3分、ラジオ高崎本社ビルの向かい。今年8月にオープンした『Headphone Bar』は、TAGO STUDIOのオリジナルヘッドフォンを軸に音楽とお酒が楽しめる、世界初のバーだ。

オーナーの多胡邦夫氏は高崎市出身。彼の青春時代はバンドブームの全盛期で、地元のスターBOØWYを筆頭に様々なバンドが一世を風靡していた。そして中学生の頃に先輩から借りた、THE ALFEEがお台場で10万人を動員したライブの映像に感銘を受ける。自分も音楽で感動を与える人になりたいと思うと、すぐにお年玉でギターを購入してバンドを結成した。バンドブームの影響で学校には数組のバンドがすでに存在していたこともあり、メンバーを見つけるのには苦労しなかった。バンドスコアやタブ譜を読んで独学でギターを学びながら宅録をする日々を過ごし、ほとんどの地元コンテストで優勝するほどの実力をつけた。

当時は地方でプロとして成功することは難しく、若者は夢を叶えるために上京することが当たり前の時代だった。多胡氏もその例に漏れず、アルバイトで貯めた資金を手にして東京へ。なんの当てもなかったが、とりあえず新宿に近い場所に住もうと、大久保にアパートを借りる。その頃の新宿周辺は今よりも治安が悪く、生活も大変だったが、友達の協力を得ながらレコーディングをし、アルバイトをしながらデモテープ作りに励む日々を送っていた。そうして制作した楽曲を、様々なレコード会社に送る。25歳までに売れなかったら、プロになることを諦めようと思っていた。

そして24歳を迎える年に、「これが最後だ! 」と渾身のデモテープを製作して各レコード会社に送った。するとその二週間後、アーティストへの楽曲提供を依頼する電話がAvexからかかってきた。ダンスミュージックで活動していたアーティストHitomiが、今後はロックへ路線変更するという。実際に会い、多胡氏がこれまでに作ってきた数々の楽曲を聞くと、すぐさま契約することとなった。そうして彼が手掛けた楽曲は、一曲目からオリコンチャートに入った。

上京してからプロになるまでの五年間は、生活を切り詰めて音楽にできるだけの時間を割き、自分を信じて曲を作り続けてきた。成功した今でも、その時の頑張りがあったからこそ何をするにも全力で向かっていけると言う。

店内のカウンター

その後も多くの有名ミュージシャンに楽曲を提供し、たくさんのヒットを生んできた。制作活動以外にも、日本テレビのオーディション番組『歌スタ!!』の審査員を担当するなどその活躍の幅は広がっていった。そしてそれを目にした高崎市役所から、高崎発の若いアーティストを発掘するためのオーディション、「うたイスト・オーディション」の審査員をしてくれないかと依頼が舞い込んできた。

それをきっかけに、その後も高崎市長から音楽を通して地元を盛り上げたいと相談されて音楽夏合宿を開催。同時にレコーディングスタジオ「TAGO STUDIO TAKASAKI」の計画が始動した。勉強する子供のためには図書館、サッカーをする子供のためにはサッカーフィールドがあるように、ミュージシャンを目指す子供達の夢を叶えるための環境を作ることが目的だ。

行政とミュージシャンが共同で作るレコーディングスタジオは全国初の試みだ。前例がなく様々な問題があったが、それらを乗り越えて2014年にオープンさせた。スタジオの内壁には浅間山の溶岩を使い、音が自然に響くように設計されている。都内に比べると破格の値段なのに対し、海外のレコーディングスタジオのように音が録れることが評判を呼んだ。オープン直後の半年間を除き、常に予約は数ヶ月先までびっしりと予約が埋まっているというから驚きだ。最近では地元のスター、布袋寅泰の40周年記念アルバムのレコーディングも行われた。

並べられたヘッドホン

多胡氏はレコーディング時のスピーカーからヘッドフォンに移行した際の”音の変化”が不満だった。そもそも、なぜリスニング用とモニター用のヘッドフォンが別々に存在しているのか?自分が美しいと思う完璧な音のバランスで鳴らして、最高の状態で録音した音がそのまま聞こえてくるのがモニターヘッドフォン。しかし多くの人は、リスニング用ヘッドフォンの味付けされた音で聞くことが楽しいという。オープンタイプのヘッドフォンだと理想に近い音のものはあるが、それではどうしてもレコーディング作業では使いにくい。

そこで、密閉型ヘッドフォンの開発に着手することにした。製作に協力してくれる会社を探したところ、高崎で40年間ヘッドフォンを開発している 株式会社TOKUMI と奇跡的に出会い、計画は始動。モニターヘッドフォンは最高のリスニングヘッドフォンでもあるべきだ、と役割の垣根を超えたヘッドフォンを目指し、様々な壁に突き当たりながらも第一号機となる「TAGO STUDIO T3-01」を完成させた。

ヘッドホン

ボディには国産の楓を使用。オープン型と密閉型の良いところを両取りし、解像度の高さを維持しつつも低音はもたつかせず、自然な音を再現している。手に取った音楽リスナーからはもちろん、ゲーマーからも支持を集めた。解像度が高いので、オンラインゲームなどで敵がどの辺りにいるのかを感じることができると言う。その後、ゲーム用に特化した「T3-03」を開発。その他にもサステナブルな時代を考え、ウイスキーの樽の再利用を思いつく。多胡氏が大好きなイチローズモルトに直接連絡を取り、製作したのがウイスキー樽を使用した「Historic Phone 〜 Cask of Ichiro’s Malt 〜」だ。

もしもイチローズモルトの樽を使用することができたら、ヘッドフォンの展示場を兼ねたお酒を楽しめる場所を作ろうと決めていた。その構想を実現させたのが、このHeadphone Barである。サステナブルを意識しており、バーカウンターにはイチローズモルト樽の廃材を使用。店内にあるレコードも、地元のレコードファンやラジオ局から寄付されたものが大半だ。様々なジャンルの中からお客様がリクエストした曲が、バーカウンターに設置されたそれぞれのヘッドフォンアンプから共有できるようになっている。一方で、各席に設置されたiPadから自分だけ違う曲を聞くこともできるし、ヘッドフォンを外して会話を楽しむこともできる。

カウンター下のヘッドホンアンプ
レコードが入った箱

今まで聞こえなかった音が聞こえたり、実はベースのグルーブ感が突き抜けている事に気づいたりと、なんとなく聞いていた楽曲でも、良質なヘッドフォンで聴くと新しい発見がある。美味しいお酒を飲みながらそんな感動体験ができる、世界で唯一のHeadphone Bar。高崎を訪れたら必ず寄るべきバーだ。

ヘッドホンが描かれたコースター
多胡邦夫氏

Headphone Bar

〒370-0831
群馬県高崎市あら町170
Tel 027-395-0208
営業時間 19:00 ~ 24:00
定休日 日曜

Photos & Words by Masahiro Takai

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