TBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』やPodcast『OVER THE SUN』のパーソナリティをはじめ、ジェンダー、ダイバーシティなどの社会課題から恋愛、結婚、介護といった身近な人生・暮らしの課題まで、自身の意見を発信しているジェーン・スー。オピニオンリーダーの印象が強いが、レコード会社のプロモーター、ラジオ番組での音楽紹介、宇多田ヒカルへのインタビュワーなどのキャリアが物語っているように、実は音楽と深く結びついた人物である。
その活動の場は東京都内のスタジオがほとんどだったが、近年は講演会のゲストやプロレス観戦のため、日本各地に赴くように。東京以外の土地へ足を運び、目的地へと移動する時間が増えてきた。さまざまな会場へ移動する合間、以前に増して音楽を聴く機会も増えているのだろう。目的地までの車窓の風景を眺めながらどんな音楽を聴き、何に想いを巡らせているのか。ジェーン・スーに聞く、移動と音楽のエピソード。
自分の居場所をつくることは、他の誰かの居場所をつくるということ
スーさんは講演会の登壇者として日本各地に赴いていますが、コンスタントに続けられる理由としては何が大きいんですか。
東京だと自分と同じような人を探すのは簡単ですけど、日本各地に行くとそうでもないようなんです。『OVER THE SUN』を聴いてくれているような女性参加者の中から、「自分の周りにこんなに仲間がいるなんて、いままで気が付かなかった」っていう感想を何かのときにもらったんですよ。私が足を運ぶことが、仲間を目視するきっかけになるなんて思ってもみなかった。だから、しばらく続けようと思っています。基本的には地方自治体の男女共同参画の部署が催す、そこで暮らす人がメインで参加できる講演の依頼を受けています。
講演会のテーマは『ジェーン・スー 生活は踊る』や『OVER THE SUN』でも語ってきた、「私らしさ」や「自分の居場所」に関連するお話ですよね。
基本的には、自分の居場所をつくることが他の人の居場所をつくることにも繋がるのが理想ですよねっていう話をしています。講演のテーマはどの地域でもほぼ変わらないんですけど、自分の話している内容が少しずつ練られていくのがすごく楽しいですね。

講演会という場から、スーさんにはどんなフィードバックがありますか?
東京から離れた地域であるほど、講演会に来てくれる人の期待を感じますね。会場で私の話を聞いてくれる前のめりな感じとかも含めて、「ジェーン・スーが来た」というよりは「ジェーン・スーを待ってくれていた」というか。
月曜日から木曜日まではラジオの生放送やPodcastの収録をこなすルーティンがあると思いますが、週末に東京を離れる時間ができたことはスーさんにとってどんなポジティブな効果がありますか?
旅行ではないけど、新幹線にずっと乗っているのも意外と嫌いじゃないです。移動して景色が変わるだけですごく気分転換になっていますね。
音楽を聴きながら帰ることは、ある種の浄化
移動中の車窓を眺めながら、どんな音楽を聴いているんですか。
適当にタイトルを付けた「on the way to get there」っていうプレイリストに入っている曲をいろいろと。このプレイリストは「そこに行くまでの途中で聴く音楽」っていう意味で、「there」はどちらかというと家のことを考えていて。いま話していて思ったけど、「there」じゃなくて「home」のほうがわかりやすいですね。

ラインナップを見ると、車窓からの風景が似合う曲が並んでいますね。
飯田橋にある「BAR MEIJIU」で店主の松本くんから教えてもらった音楽が多いかな。新幹線は特に東北新幹線の帰りの景色が好きですね。東北方面から夕方に帰ってくると、車窓から見える山の形、太陽の落ち方、星の出方とかがすごくきれいで。東京から西に移動するときの景色はなんとなく記憶の延長線上にあるんですけど、東北から帰ってくるときの景色は幻想的で、音楽を聴きながら帰ること自体に、ある種の浄化がありますね。
かならず聴く曲はありますか?
帰り道の定番曲みたいなものはなくて、その時の景色に合う曲をプレイリストから探して再生していますね。一定の時間、一人の空間を持てるのはすごく心地いいですよ。私はヘッドホンかカナル型イヤホンのどちらかを使うんですけど、同じBGMだとしても、スピーカーから聴くのとはちょっと違う。例えば、『生活は踊る』の生放送が終わっても『OVER THE SUN』の収録のためにTBSに残って、そのあいだに集中して原稿を書かなきゃいけないときがあるんですね。そこで自分だけのコンパクトな世界をつくるためには、音楽とイヤホンのある生活が絶対に必要なんです。

一生聴かないと思っていた曲で、ぶち上がる
他にはどんなプレイリストがあるんですか。
プロレスの入場曲ばかり集めたプレイリスト、著書にサインを書くBPM速めの作業用とか、朝起きてテンション低いときに聴く「hallelujah」っていうタイトルのプレイリストはカーク・フランクリン(Kirk Franklin)のゴスペルから始まって、ぶち上がるものしか入っていなくて、これを聴いていれば絶対、仕事に行きたくなるっていう。パーティーソングばかり集めた「shower booster」は朝のシャワータイムに聴いたりします。ここには普段は聴かない大ヒット系の洋楽も入っていて。結局は生活にBGMを当てていく感じで聴いているんです。
プロレスの入場曲を集めたものはどんな感じなんですか。
プロレスは邦楽が多いんです。その日に出る選手の入場曲を聴きながら会場に行くっていう。反町隆史の「POISON」は普段の生活ではなかなか聴かないですから。応援しているガンプロ(ガンバレ☆プロレス)の今成夢人選手の入場曲で、そのおかげで聴けるようになったんです。GARLIC BOYSの「失恋モッシュ」はプロレスリング・ノアの拳王選手の入場曲で。

講演会のときは帰り、プロレスの会場に向かうときは行きのプレイリスト、という違いがおもしろいですね。
たしかに。言われるまで気づかなかった。VAMPSもいままで縁のないバンドだったけれど、全日本プロレスの会場で流れるとめちゃくちゃ盛り上がりますから。北斗軍の入場曲で、こんなにぶち上がる自分になるとは思っていませんでした。
それこそ後楽園ホールでプロレスを観たら、帰りに「BAR MEIJIU」に寄って、いい音楽を聴きながらひとりでコツコツとプロレスの写真をインスタに上げているんですよ。ふとしたときに松本くんがかけてくれる曲が気になってShazamすると、おすすめの候補が出てきたりして。そこから紐づいていけるから、昔より新しい音楽を探しやすくなりましたよね。ただ、CDショップに通っていたときは、売り場のPOPを読んだり、音楽雑誌を読んだりして新しい音楽と出会えた。けど、いまはクイックに出会えるようになったとしても、アーティストのバックグラウンドがまったくわからないということが多いですね。
たしかに。便利に検索できる世の中になりましたけど、昔と比べて、深い情報に辿り着きにくくなっているようにも感じます。
アーティストのインタビューをあまり読まなくなったというか、インタビュー記事の数が昔より圧倒的に少なくなったっていうこともありますけどね。
プロレスは数珠つなぎで、試合を観ていいなと思った選手がいて、次にその選手が他の団体の大会に出場しているのを観に行くと、またそこで新しく素敵な選手が見つかって、そうやってどんどん広がっていくんです。気が付いたら、ものすごくたくさんの大会を観るようになっていて。音楽と同じだなと思います。私の中ではライブハウスの対バンと同じ感覚。6つぐらいのバンドが出るライブイベントに行ってみたら、気に入ったバンドがいた。じゃあ、そのバンドが次に出るハコに行ってみたら、また別の気に入ったバンドができる。その繰り返しなんですよ。

移動中に音楽を聴く時間は世界を遮断できる
最後に、3月12日に控えた日本武道館での『OVER THE SUN』のイベント「私たちのレッドカーペット」についてもぜひ聞かせてください。
前回のLINE CUBE SHIBUYA(旧・渋谷公会堂)のときは1月だったんですけど、ドラムをやるとか内容ははっきり決まっていたので、その練習をしていたんですよ。ただ、それを本番にどう活かすのかがわからないまま突っ走っちゃったんですけど、今回はちゃんとテーマを決めて、枠からしっかりやろうって言った結果、なんとなく枠はあるけれども、みんなで一緒になにかしよっかみたいな、ざっくりとしたお楽しみ会のムードになりそう。でも、互助会員(OVER THE SUNリスナーの総称)に楽しんでもらうことが最優先。突然の演劇を見せて戸惑わせるみたいなことはもうしない(笑)。
武道館という場所を踏まえた上でのコンテンツが楽しみです。
「レッドカーペット=ファッションショーですか?」とか言われたんですけど、そういうことではなくて。単純に武道館に来ることがレッドカーペットを歩いて来るという状況になるといいなって。武道館に行くのが何十年振りという人もいれば、そもそも行ったことがないという人もいるだろうし。
「おばさんたち二人がやっているんだったら気軽に行けるわ」と思ってくれる人がいて、普段はできないことを経験してくれたらいいなと思っています。ほとんどの人がやったことがないであろうペンライトを振るとか、みんなでやったらおもしろいじゃないですか。「セイ!」「ホー!」のコールアンドレスポンスもおもしろいだろうなって。
過去の『OVER THE SUN』のイベントではBGMを選曲していたと思いますが、武道館はどうなるんでしょうか。
ヒューリックホール東京もLINE CUBE SHIBUYAも、私が終演後のBGMを選んでプレイリストにしているので、今回も多分そうなるのかな。堀井さんと一緒に考えながらやるかもしれないし。
渋谷のときは、渋谷公会堂時代にライブをやったアーティストから選んだんですよ。その縛りが楽しかったし、「OVER THE SUN」はそんなにわかりづらくしたくないので、お客さんがわかりやすい音楽を選ぶと思います。私たちの下の世代はわからない曲が多いみたいで、選曲ってすごく難しいなと思いました。


堀井美香さんとは音楽の趣味は合いますか?
全然合わないですよ、あの人はクラシックとハマショー(浜田省吾)なので。
武道館に向かうお客さんにも当てはまりますが、移動のリスニング価値を高めるためにはどうしたらいいと思いますか?
いいイヤホンを買うことと、いい飲みものを買うこと、このふたつですね。私はブラックミュージックが好きなので、基本は低音がしっかり聴こえるものが好きなんですけど、あとは、ちょっといいコーヒーとか紅茶を駅で買ってみたりする。私の場合、東北新幹線に乗るときは東京駅の本屋さんの中にある「猿田彦珈琲」とか、品川駅から東海道新幹線に乗るときは、気前が良ければ「サザコーヒー」の将軍珈琲っていう一杯900円とかを。移動中に音楽を聴く時間は世界を遮断できるというか。境界線を引くという意味では、音楽は生活に大きく作用すると思います。
ジェーン・スー

1973年、東京生まれ東京育ちの日本人。コラムニスト、ラジオパーソナリティ。TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」、ポッドキャスト番組「ジェーン・スーと堀井美香の『OVER THE SUN』」、桜林直子との「となりの雑談」のパーソナリティとして活躍中。『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』(幻冬舎文庫)で第31回講談社エッセイ賞を受賞。著書に『生きるとか死ぬとか父親とか』(新潮文庫)、『おつかれ、今日の私。』(マガジンハウス)、『闘いの庭 咲く女 彼女がそこにいる理由』(文藝春秋)、最新作『へこたれてなんかいられない』(中央公論新社)など多数。
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オーバーザサン 私たちのレッドカーペット
2025年3月12日(水)
17:30開場 / 18:30開演
会場:日本武道館
出演:ジェーン・スー / 堀井美香
配信チケット:3,300円 発売中
Words & Edit:Shota Kato(OVER THE MOUTAIN)
Photos:Naoto Date