あらゆる物事のデジタル化が進む昨今。 その一方で、足りなくなってしまった「手触り」に飢えた人たちの間でレコードの需要が高まっており、過去の盤が再発されたりと人気が再燃。 「アナログ」が改めて評価されている。 今回の舞台は、以前も訪れた本企画誕生の地、日本橋兜町のワイン専門店「Human Nature」。 ナチュラルワインの傍で音と会話を愉しむHuman Nature店主の高橋心一さんが今回声をかけたのは、お店の経理を手伝っている関田さん。 その友人の田中功さんと阿部周平さんとともに日曜の営業終わりに集まって、普段の風景に数種類のカートリッジを携えた夜のリスニング会が開かれた。 今宵も酸っぱいワインを飲みながら、彼らが選んだレコードを聴いていくこととしよう。 連載「Part.02」をお届け。
それぞれの針が持つ、スイートスポット。
〜「VM530EN」 で視聴 Vaughan Mason 「Bounce, Rock, Skate, Roll (Special Rams Horn Remix) 」〜
関田:カッコ良い!
阿部:Vaughan Mason(ヴォーン・メイソン)。 Rams Horn Records(ラムズ・ホーン・レコード)のライセンス盤なんですけど、フロア向けで結構音がパンチがあって良いんです。
関田:じゃあ、VM760SLCで聴いてみます?
ここで針Jをやると、どうしても最上位モデルの760に舞い戻りがちなんですよね……。
阿部:まあ、でも徐々に他の味を愉しみたくなるんじゃないでしょうか……。
〜「VM760SLC」 で視聴 Vaughan Mason 「Bounce, Rock, Skate, Roll (Special Rams Horn Remix) 」〜
阿部:あぁ、でも輪郭がバキっと出る感じはVM530ENの方が好きかも。 こっちはベースラインが液化してるような印象もあるな。
では、割とドンシャリ系でライブ音源に定評があったVM750SHに変えて聴いてみましょう。
〜「VM750SH」 で視聴 Vaughan Mason 「Bounce,Rock, Skate, Roll (Special Rams Horn Remix) 」〜
阿部:これはRams Horn Recordsがヨーロッパのディスコ用に多少リマスターした盤なので、ドンシャリに合うのかもしれない。 ここの盤はどれもギラッとした感じに仕上がってて往年のフロアDJに愛されていました。 あと羊が笛を吹いてるロゴマークが可愛い。
高橋:本当だ。 可愛い。
関田:音の印象がまた全然違いますね。
高橋:こっちの方が音が柔らかいかも。 モダンな聴こえ方をしているというか。 VM530ENの方がこの盤の良さは引き出してたかもしれません。
阿部:80年の盤なんだけど、VM760SLCで聴いた時は低域が水っぽくて、VM750SHはギリギリ表面張力で保ってるというか。
高橋:VM530ENはもっと張りがある感じでしたよね。 逆に高音は少しビビリが出やすいというか。
阿部:そうそう。 VM760SLCとかVM750SHは、古い盤の音源のバランスを取って、上手くまとめてくれる感じ。
田中:では、そろそろ僕も教授をかけようかな。
〜「VM760SLC」 で視聴 坂本龍一 『B2 UNIT』 収録曲 「Riot In Lagos」〜
へぇー、不思議ですね。 本当はこんなキックの音してたんだ。 デジタルで聴いていた時は「ボンッ」ってただ鳴っている印象でしたけど、そこに高音が加わって二層になっているような感覚。
関田:上のチッチッチっていう高音も良い感じですね。
高橋:パートそれぞれの音が良く聴こえて、かつまとまりがありますね。 超プログレッシブなテクノポップ。 デトロイト・テクノっぽさもありますね。
これはいつ頃買ったんですか?
田中:これは当時の盤です。 確か、神保町か水道橋で。 昔ながらの中古レコード屋さんが結構あって。
〜「VM750SH」 で視聴 イエロー・マジック・オーケストラ 『イエロー・マジック・オーケストラ』 収録曲 「東風」〜
阿部:これもちょっとスクリューしてみない?(笑)。
記憶だと、キックよりも細野さんのベースの方が前に出ていた気がしたのですが。
阿部:これはA&M Recordsから出たUS版で、当時のディスコ用に作った盤だから、アルバムとかで聴いてた印象とは違うかもしれないですね。 高音が抜けていて、かつしっかりとキックが出ている。 でも、もっとギラついてると思っていたんだけど、この針だからか、メロウな印象で良いですね。
ちょっと、次はドイツのテクノをかけてみて良いですか? 割と叙情的な感じの曲を。 ‘00年はアナログとデジタルの転換期で、テクノというより電子音楽と言った方がしっくりくる部分も多い良盤です。
〜「VM760SLC」 で視聴 Isolée 『Rest』 収録曲 「Tout Se Complique」〜
関田:気持ちが良い。
田中:これ誰でしたっけ?
阿部:Isolée(イゾレ)。
田中:あ、Isoléeか。
阿部:ザラっとした音の粒が気持ちいいね。 極小マイクロつぶあん的なイメージ(笑)。 次も同じドイツでいこうかな。 Pascal Schäfer(パスカル・シェイファー)。
〜「VM750SH」 & 「VM760SLC」 で視聴 Pascal Schäfer 『Melody Express』 収録曲 「Telemusic」〜
これは何ですか?
阿部:これはKaraoke Kalk(カラオケ・カーク)という、ドイツのエレクトロニカ系レーベル。 どちらの針も良いなと思いますけど、どう?
高橋:VM760SLCの空間力がね。
関田:空間が広がりますね。 Kraftwerk(クラフトワーク)の『Autobahn』持ってきたら良かったな。
田中:『Neu! 2』とかも良さそうだね。 次はArthur Russell(アーサー・ラッセル)をかけてみよう。
〜「VM750SH」 で視聴 Arthur Russell 『The World of Arthur Russell』 収録曲 「In The Light of The Miracle」〜
阿部:音がシャラシャラしてて良いね。
田中:これはArthur Russellのハウスです。 Arthur Russellが本当に大好きで。 プロモ盤しかなくて数が少ないから、レコード屋で30,000円とかで売ってたんですけど。 それが再発されて。
高橋:ハウスの曲ばっかりなのですか?
田中:そうそう。 Soul Jazz Records(ソウル・ジャズ・レコード)から出ているArthur Russellのコンピレーションで、彼の別名義であるDinosaur L(ダイナソー・エル)の流れを組んでますね。 ニューヨークのパラダイス・ガレージでかかっていたようなディスコの曲が詰め込まれているんです。 特に「Let’s Go Swimming」は名曲だと思います。
〜「VM760SLC」 で視聴 Arthur Russell 『The World of Arthur Russell』 収録曲 「Let’s Go Swimming」〜
阿部:ちょっとIsoléeに似てる。
田中:この曲、トラックがめっちゃエレクトロっぽいんですけど、ボーカルはArthur Russellっていう。 パラダイス・ガレージに朝方かかってたみたい。
関田:彼のような声になりたい(笑)。 素っ気なくて、上手くもないけど下手でもないような、こもった声に。
田中:優しくて素朴な。 Arthur Russellってメロディーが重いからハウスミュージックに合うんですよね。
このあたりでVM510CBに変えてみましょうか。
高橋:これはどんな針なんでしたっけ?
エントリーモデルに当たりますが、硬質でアタックが強い印象がある針です。
高橋:それあれじゃん? ハードコア・パンク針(笑)。
確かにそうかも(笑)。
阿部:The Orb(ジ・オーブ)のPal Joey(パル・ジョーイ)ミックスを聴いてみようよ。
〜「VM510CB」 で視聴 The Orb 『Adventures Beyond The Ultraworld』 収録曲 「Little Fluffy Clouds」〜
阿部:Pal Joeyって、ニューヨークの初期ハウスのプロデューサーで、とにかく音がファットなディスコグラフのあるLOOP D’ LOOPという自身のレーベルをやってて。
田中:ヒップホップのトラックとかも作ったりしてて、ロサンゼルスのGrand Royal(グランド・ロイヤル)というBeastie Boys(ビースティ・ボーイズ)がニューヨークから拠点を移して設立したレーベルで、Pal Joeyのマレットヘアとかバギーパンツをファッション記事として取り上げたりしてたんですよ。 80年代からSteve Reich(スティーヴ・ライヒ)をサンプリングしたりするトラックメーカーで。
阿部: “Party Time” ってめっちゃ最高のヒット曲があるんですけど、この曲はそんな噂を聞きつけたUKレイブシーンからのラブコールでリミックスした大クラシックです。
関田:いい! この曲が30分続いても気持良く聴ける!
高橋:ゆるくてめっちゃ良い曲。 同じ曲を何回くらいリピートして聴けますか?
関田:好きなフレーズがあれば何回でも。 「これがずっと続けばいいのに」と思える曲は、何回も聞いてしまうよ…。
〜「VM760SLC」 で視聴 The White Shark 『Muggy Dog』 収録曲 「Do You Know The Way To San Jose」〜
田中:The White Shark(ザ・ホワイト・シャーク)。 この曲は、Thinking Fellers Union Local 282(シンキング・フェラーズ・ユニオン・ローカル282)というサンフランシスコで結成されたバンドの人がやってるんですけど、全体的にちょっと変なんです。 昔、西新宿にあったRough Tradeで買って。
関田:急にオルタナ来たね。
〜「VM510CB」 で視聴 井上陽水 『あやしい夜をまって』 収録曲 「Yellow Night」〜
高橋:裏でウネウネ鳴ってる音なんだろう。
田中:川島BANANAっていうキーボディストがこのアルバムのトラックを作っていて、結構フリーキーな感じになっていて。 このアルバム、ジャケットも可愛いんですよ。
高橋:井上陽水ってこんなにニューウェーブっぽい曲を出してたんですね。 今日は知らない名曲をたくさん教えてもらってます。
〜「VM760SLC」 で視聴 Nina Simone 『Little Girl Blue』 収録曲 「My Baby Just Cares For Me」〜
高橋:この針もそうだけど、K-arrayはジャズとか生音と相性良いですよね。 目の前でバンドが演奏してるもん。
関田:ピアノも歌もドラムもベースも、優しくて楽しい曲。 これはBethlehem Records(ベツレヘム・レコード)からリリースされたNina Simone(ニーナ・シモン)のファーストアルバムです。 1958年にレコーディングされたものだけど、イギリスで香水のコマーシャルソングとしてこの曲が使われて、1987年にヒットしたらしい。 わたしは90年代にUFOの矢部さんが選曲したミックスで知りました。
阿部:ちいさな♪ ものから♪ おおきな♪ ものまで♪
高橋:あれ、それヤン坊マー坊のCMの曲(笑)。
全員:“小さなものから大きなものまで動かす力だヤンマーディーゼル〜♪ ”
高橋:この曲をサンプリングしたのかな(笑)。
阿部:ありえる!
〜「VM510CB」 で視聴 島田奈美 『Sun Shower』〜
田中:これはLarry Levan(ラリー・レヴァン)のリミックス。 島田奈美がニューヨークに移住して、90年代アイドルがパラダイス・ガレージに染まったというUKブート盤です。 トラックは寺田創一さん。
阿部:じゃあ、最後にお守り開けちゃおうかな。
高橋:お! ついにお守り開けちゃうんですか?
〜「VM760SLC」 で視聴 Aphex Twin 『Selected Ambient Works 85–92』 収録曲 「Xtal」〜
田中:これブーメランなんですよね。 ブーメランマークは「Didgeridoo」っていう曲で初めて使ったはず。 Aphex Twin(エイフェックス・ツイン)は全曲良いですよね。
高橋:そうだったんですね。 でも、やっぱり1曲目の「Xtal」が欲しくなってしまいますね。 あっ、シャカシャーシャカシャーの音が降ってきた!
田中:やっぱり音が良いですね。
関田:キックがボンボン言ってるけど、全然角がないね。
田中:南アフリカにニンジャっていう人が結成したDie Antwoord(ディ・アントゥード)というヒップホップ・ユニットがいて、20年くらい前なのにAphex Twinの曲をサンプリングするんだってことにすごく驚いたのを覚えています。
関田:あと30分は聴けますよね。
全員:それ、さっきも言ってましたよ(笑)。
高橋:ちょっと低域を強調したくないですか? これをVM530ENで聴いてみませんか?
〜「VM530EN」 で視聴 Aphex Twin 『Selected Ambient Works 85–92』 収録曲 「Xtal」〜
高橋:VM530ENの方が時代を感じる音がします。 疾走感。
関田:低域こんなに出てませんでしたよね? 何か色々聴こえる。 洒落とるなぁ〜。
高橋:ジャリジャリって聴こえるのは、阿部さんの生活の音? 阿部さんの盤には色んなノイズが入り込んでますよね。 これが阿部さんの青春の音だったんですね。
田中:阿部さんの青春の音を皆で味わい尽くしているみたいですね。 おじさんの青春ソング。 おじソングを。
阿部:盤質もほつれたセーターも小汚くて本当に申し訳ない……。
高橋:あ、出た! 阿部さんのAphex Twinポーズ(笑)
全員:(笑)。
高橋:再現力(笑)。
関田:じゃあ、最後にレゲエっぽいのでも聴いて締めましょうか!Paul McCartney(ポール・マッカートニー)『McCartney II』からのシングルカット、でも聴きたいのはB面。
〜「VM760SLC」 で視聴 Paul McCartney 『Waterfalls』 収録曲 「Check My Machine」〜
阿部:良いね。
田中:レゲエだね。
関田:Paulは初代妻のLinda McCartney(リンダ・マッカートニー。 カメラマンでもあり、ウイングスのオリジナルメンバーでもあるミュージシャン)のソロ作としても何曲かレゲエをレコーディングしていて、そのプロデューサーはLee “Scratch” Perry(リー・スクラッチ・ペリー)! そのトラックといい、この曲といい、ポールのレゲエが好きだから、良い音で聴きたかった。
田中:これPaul McCartneyなんだ。 すごく良い。
高橋:え!? これPaul McCartneyなんですか? 知らなかった。
高橋:いやー、めちゃくちゃ良い選曲でしたね。 何回も感動して、少し若返った気がします(笑)。
針J体験は、いかがでしたか?
阿部:番号の低い針からVM760SLCに変えた時はビックリしましたね。 フロアDJではたまに粗悪な盤もかけちゃってたんですけど、そういう時に上手なPAの人がバランス良く整えてくれる感じに近くてビックリしました! Rams Horn Recordsみたいにビリビリにディスコセットアップされたような盤は500番台の方が向いてたのに対して700番台は生音が際立ってたり、総合的に見てアルバムを通しで聴く人には700番台を使ってみるのが良いかもしれないとか、今回みたいにこの曲だけって感じで聴くにしても、それぞれの曲に合う針があるんだなって選択肢が見えてきたのが勉強になりました!
田中:めっちゃ楽しかったです。 700番台は、音がきめ細かいし、全部立体的に聴こえて。 リズムマシンとかを使った宅録っぽい音でも、ちゃんと音が分離して聴こえたというか。
関田:普段同じ曲をその場で聴き比べする環境がなかったりしたので、すごく新鮮な会でした。
阿部:エレクトロとか、初期ダンスミュージックみたいなシンプルな構造ゆえのワイルドでドンシャリの盤は、高音とかバシーンって来たりするんだけど、それがむしろ良かったのが500番台だったし、700番台でそれを聴くと、普段聴けない電子音の味わいみたいなものを感じられたのは面白い体験でした。
ありがとうございました。 今回も新旧、ジャンル共にさまざまなものが行き交う面白い会でした。 機会があれば、次回は何かに絞った特集をやってみましょう。
関田(右手奥)
カメラマン事務所、アパレルブランド、赤ちょうちん、チリドッグ屋、そしてナチュラルワイン店など、さまざまな職種で頑張っている友だちをアシストする経理スタッフ。 定期イベント「Beer’s Mate」はコロナ前からお休み中。
田中功(中央奥)
1978年生まれ。 多摩湖と猫が好きな中年男性。
阿部周平(右手)
グラフィック・デザイナー。 1996年に石黒景太とデザイン・ユニット「ILLDOZER」を主宰。 グループ解除後、日本のインターネットラジオ局の先駆け「VINCENT RADIO」を開局。 サウンド・クラウドにアーカイブを残して現在スリープ・モード中。 アパレルブランド「TOGA」のランウェイBGMなども手がける中年スケーター。
高橋心一(左手前)
ワインショップ、Human Natureの店主。 ニュージーランド生活が長く、写真家、バーの店員、映像プロデューサーを経て、イタリアに1年移住、2013年からHuman Nature。
Human Nature
〒103-0026
東京都中央区日本橋兜町9-5
TEL:03-6434-0353
OPEN:15:00~23:00(平日・土) 15:00〜1:00(金) 13:00~18:00(日)
Part.02に登場したカートリッジ
Words & Edit:Jun Kuramoto(WATARIGARASU)
Photos:Shintaro Yoshimatsu