オーディオテクニカは1962年の創業以来、レコードプレーヤーやヘッドホン、イヤホンなど、さまざまな音響機器を製造・販売しています。その歴史の中で最初に開発された製品が、MM型ステレオカートリッジ『AT-1』と『AT-3』でした。そこから技術研究を経て、オーディオテクニカ独自の型式として誕生したのが、今回ご紹介するVM型のカートリッジです。
VM型とは?
多くのフォノイコライザーには、MMポジションとMCポジションの切り替えスイッチがついていて、ほとんどのカートリッジがそのどちらかで問題なく再生できるようになっています。「あれ、だったらオーディオテクニカのVM型はどっちで再生したらいいんだろう?」と疑問に思われた人もおいでなのではないですか。その疑問は、意外と深い事情をはらんでいるのです。
フォノイコライザーのMMポジションで再生するカートリッジの発電方式には、MM(Moving Magnet)型の他にもたくさんのものがあります。代表的なものとしてはMI(Moving Iron)型、IM(Induced Magnet)型、VMS(Variable Magnetic Shunt)型、MMC(Moving Micro Cross)型、MF(Moving Flux)型、MP(Moving Permalloy)型などを挙げることができます。VM型も、ここに属する方式といってよいでしょう。
ところで、なぜこんなにたくさんの種類が生まれたのでしょうか。アナログ全盛期には、最大の市場というべきアメリカとヨーロッパでMM型発電回路は特許によって厳重に守られており、参入するには高額の特許使用料を支払うか、MMの特許に抵触しない発電回路を新たに開発するか、どちらかしかなかった、ということがあります。
1962年に創業されたオーディオテクニカは、第1号製品のMM型カートリッジAT-1が高い評価を得ました。創業から僅か3年で、東京都の町田市へ本社と大きな工場を構え、海外市場への雄飛を目指したところで、やはり必要となったのはMM特許に抵触しない発電回路でした。


オーディオテクニカでは、「カッターヘッドと相似形」というフレーズでVM型発電回路を表現しています。一般的なMM型は、カンチレバーの根元近くに装着された1個のマグネットで、ステレオの音楽信号を発電しています。VM型はカンチレバーの根元へマグネットを左右に2本、それぞれ斜め上45度に装着し、左右独立して発電しています。その発電回路が、レコードの原盤に音溝を刻むカッターヘッドの振動回路と “相似形” 、つまり大きさは違うけれども同じ形になっているというわけです。
しかもそのV字型ダブルマグネットは、ただ象徴的にカッターヘッドとの類似を表したものではありません。ステレオの左右チャンネルを、マグネットから独立した回路で発電することにより、より忠実な音楽信号が得られやすいことに加えて、左右の信号が混じり合いにくい=チャンネルセパレーションに優れた特性を得ることが可能になる、と考えられます。

「マグネットを左右独立にする」という構造は、比較的早くから構想されていたそうです。しかし、経営陣と技術陣の情熱は、そこへとどまりませんでした。「発電方式を越えて、世界最高のカートリッジを創ろう!」という思いのもと、MM型とその仲間たちに加え、MC型の発電回路も解析と研究を重ねていったのです。
VM型は、MM型の開発研究から生まれた
「振動支点を明確にしたMM型カートリッジを作れ」。ある時、技術部長から発せられたこの言葉に、若手の技術者が奮起します。
一般的なMM型の発電回路は、四角い金属スリーブの中に多くの場合ゴム製のダンパーを仕込み、その中心に穴をあけてカンチレバーを差し込むことで支えています。それで問題ないといえば問題ないのですが、どうしても振動の支点が若干曖昧といわざるを得ないのです。一方MC型の振動系は、その多くがカートリッジ・ボディに結合した円盤型のダンパーでカンチレバーを支えています。つまり、より振動の支点が明確になっているのですね。


それらの要素を結集した結果、出来上がったのがVM型の発電回路と振動系でした。第1号製品の『AT35X』が発売されたのは1967年、創業5周年記念モデルという扱いだったそうです。

それから60年近くが経過し、VM型カートリッジにはさまざまな素材や新技術が投入されてどんどん世代が変わり、音質も向上していきましたが、基本となる構造は全く変わっていません。現行の製品でも、交換針を外して内側をのぞくと、小さなV字型のマグネットを肉眼で確認することができますし、カンチレバーの根元が円盤型のダンパーでしっかりと支えられていることも分かります。

VM型はその独創的な発電回路と構造が評価され、世界で特許を取得することに成功しました。「生産量世界一のカートリッジ・メーカー」の礎は、こうやって築かれたのです。
VM型の開発で得られたノウハウは、他のオーディオテクニカ製カートリッジ開発の土壌にもなり、主立ったところではMC型へ実を結んでいます。MC型も、カンチレバーの根元へ左右独立斜め45度にコイルが配されているのです。明白にVM型との類縁が認められるこのMC発電回路も、オーディオテクニカ独自の発想から生まれたものと言えるでしょう。
Words:Akira Sumiyama
Eyecatch photo:Hinano Kimoto