音楽の周りにいる人たちには、収集癖のある人が多い!? そんな仮説をもとに、ミュージシャン、DJ、作曲家……さまざまな形で音楽に関わっている人のお部屋にお邪魔し、その収集癖と音楽との関係性を炙り出す連載。
第2回目にお話を伺ったのは、鉱物を収集している田口佳弥さん。 鉱物が、植物と同じようにもっと身近にある生活を提案する「鉱物冰(こおり)」として、オンラインショップや展示会などを軸に活動している。
そんな田口さんの本業は、現代アーティストだ。 水やガラス玉、植物などのマテリアルを空間に配置し、人(鑑賞者)が入ることで成立するようなインスタレーション作品を創作している。 そして、彼がずっと続けているライフワークがDJである。 レコードを用いてミニマルテクノを中心とした音楽を編み、一晩という時空間を形作る。
一見関係がないように見える、鉱物とアート、そしてDJ。 その三つの点は、彼の中で線で結ばれ、星座のように繋がっていた。
“見立て” や物語で選んだ、鉱物たち
鉱物を集め始めたきっかけはなんだったのでしょうか。
初めて買った鉱物は、このフローライト。 ここから鉱物の収集が始まりました。 自分が知っていた一般的なフローライトはひし形で、色は濁っていることがほとんど。 でもこれは金平糖みたいな形で、色もクリアだったので、「なんて綺麗なんだろう!」と。 衝撃が走りました。
当時は、石というと開運グッズやお守りといった印象や、小さくてもすごく高くつくイメージがありました。 ミネラル(鉱物)というよりも、ジェム(宝石)として売られているものばかり目に入っていたんですね。 なので、足を踏み入れない方がいいなと思っていたんです。
でもこのフローライトを見たとき、本物の鉱物を、知識を持ってちゃんと知りたいという気持ちになった。 そこから国内のミネラルマルシェなどに訪れるようになり、石に抱いていたステレオタイプなイメージが外れていったんです。
最初は自分のものとしてコレクションしたいというモチベーションで集め始めたんですね。 現在は「鉱物冰」として買い付けや販売もされていますが、そういった活動はいつから始められたのでしょうか。
ツーソンショー(アリゾナ州ツーソンで毎年2月に開催される、世界最大規模の鉱物の展示会)に初めて訪れたときからです。 海外に行って鉱物を見ることはあっても、アーティストとしての作品づくりのリサーチが中心で、ハイキングをしながら水の調査をしたりしていたんです。 なので鉱物が一番の目的だったわけではなかったんですね。
でもあるとき、旅の目的を鉱物に定め、かねてより噂に聞いていたツーソンショーを見に行ったんです。 初日に博物館に置いてあるようなクラス、つまり100万円、1000万円超えのものを見て目を慣らして。 そうすると、今まで知っていた鉱物とはあまりに違うことに気づきました。 初めてフローライトに感動したときのような、またはそれ以上の衝撃があった。 ツーソンショーは世界の鉱物屋の仕入れ先なので、もちろん博物館クラスのものも並ぶ一方、質の良いものがちゃんと卸しの値段で買えるんです。 自分の感動を頼りに、数千円〜という手の出しやすい価格帯で本物の鉱物を提案したいという思いから、買い付けや販売をより本格化させていきました。
また、自分のコレクションだけではこんなに種類を揃えることはできないかもしれません。 販売をすることで、偏らず広い視野をもって収集ができるんです。
鉱物を選ぶときに基準にしていることはありますか?
ひとつの基準として「身近に感じられるか」という視点があります。 例えば、“見立て”。 この石は魚の形に見えるとか、この水晶の中には山の形が見えるとか。 カジュアルに、身近に感じてもらえるような紹介のしかたを心がけているので、手に取った人がわかりやすい切り口があるかどうかという目線を持って選ぶことが多いです。 それ以外にも、色が面白かったり特殊な形をしているものも、手にとってもらいやすいですよね。
例えば、このシャッタカイトはアイスクリームみたいに見えるなと思って買い付けました。 鉱物屋からすると、色が濃くクレーターのようになっている面が表で、そちらを見せたくなるのですが、裏側の雲みたいになっている方をあえて見せて、触りやすくなるような置き方をしています。
「鉱物冰」をきっかけに、手に取った人の鉱物の世界が広がれば嬉しいですね。 「好きが高じて」という言葉がありますが、僕はそれを地で行っている感覚があります(笑)。
田口さんが持っている中でも特にお気に入りの鉱物を紹介してください。
まず、「クロライトオンファーデンクォーツ 」。 ファーデンクォーツをクロライトがまとっている、という状態のものです。 クロライトは、水晶と仲のいい緑色の鉱物。 あまり単体で存在することがなく、水晶と一緒にいることが多いので、「クロライトインクォーツ」「クロライトオンクォーツ」などと表記されることがほとんどです。 また、ファーデンクォーツとは、中に白い筋が通ったクォーツ(水晶)のことです。 石ができる過程で、「こっちの方向に成長したいな」とある一定の方向に向かって育っていたものが、途中で「やっぱり別の方向にしよう」と軌道修正すると水晶の中に筋ができるんですね。
この筋は珍しく、価値のあるものとされているんですが、この石では、その価値がコケのようなクロライトで覆われ、隠れている。 表面に見えなくても、内側に本質的な価値がしっかりと存在している。 それが自分の目指すあり方とも重なって、魅力を感じました。 売り物ではなく自分の石で、迷ったときに帰ってこられる、軸になるような存在です。
つぎは、「グレンドナイト」。 これは、進化過程によって名前が変わるのが面白いポイントです。 イカアイトという鉱物があるのですが、それが含水量を失うとカルサイトという鉱物に変化します。 イカアイトは日本語でイカ石とも呼ばれ、オレンジのトゲが刺さったような見た目をしているのですが、そんなイカアイトの結晶構造を残したまま特殊進化したカルサイトがグレンドナイトです。
この石をインドの商人から買ったとき、「これは何の石か」と尋ねると、「カルサイトだ」と答えられたんです。 でも一般的に知られている半透明のカルサイトとあまりにも見た目が違うので信じられず、「カルサイトじゃないでしょ」と(笑)。 でも彼が、英語が拙いながらも一生懸命に説明してくれて、調べるうちに、グレンドナイトの正体がやっと分かったんです。 そんな思い出がある石ですね。
「タンザナイト」はもしかしたら知っている人も多いのではないでしょうか。 宝石として流通していることが多く、ジュエリーが好きな人は聞いたことがあるかもしれません。 そんなタンザナイトですが、正式名称は「ゾイサイト」なんです。 青、緑、黄色などさまざまな色合いが見られるゾイサイトですが、その中でも紫色に輝き、かつタンザニアのある鉱山でしか取れないもののことをタンザナイトといいます。
ティファニー社がタンザナイトの命名を行ったことで広く知られていて、彼らがブランディングしているんですね。 なので、とても価値が高まっている石で指輪やピアスなどに使われているのをよく見かけます。 僕が持っているのは原石で、カット前の形を見たことのある人は少ないのではないでしょうか。 良質なタンザナイトを持っていることで審美眼と資金的体力のある信頼できる鉱物屋なんだというクオリティの証明になるので、手に入れることを目標にしていたのですが、一昨年ついにいいなと思えるものに出会えました。
最後は「コロンビアナイト」。 一見、ただの真っ黒な石ころに見えるのですが、下から光を通すと透けていることが分かるんです。 順光だと黒いままなのに、逆光を当てると綺麗に透けるところにロマンを感じます。
なぜ透けるかというと、ガラス質だから。 コロンビアナイトは、コロンビアで採れたテクタイトのことを指すのですが、テクタイトは隕石衝突によって生まれた天然ガラスなんですね。 隕石の衝突時に弾けて、大気中で急冷された飛散物なのだそう。 ただ、諸説あるので、どう生まれたのか解明されてはいないようです。 隕石によってできた石──、しかも未だ謎に包まれているところにもロマンがありますよね。
ロングミックスで繋がる、鉱物と音楽の繋がり
田口さんは、いわゆる “コレクター” 的な集め方というよりも、むしろ飾り方を大事にされている印象があります。
そうですね。 コレクションというと、収集して図鑑のように並べて……というイメージがありますが、僕が楽しんでいるのは、鉱物とその周りのものとのレイアウトです。
例えば、植物などと組み合わせて配置してみる。 同じ鉱物でも、木材の上に置かれているのか、ガラスの上に置かれているのかでも印象が全く違いますよね。
空間のどこに何があったら心地よいのか、どう飾ったら鉱物が強調されるのか。 そういったレイアウトのあり方を日々探求しているのは、自分がアーティストとしてインスタレーション作品をつくっているからだと思います。
鉱物そのものの素晴らしさをプレゼンテーションできる鉱物屋さんは、たくさんいます。 でも僕にしかできないのは、生活の延長線上にある日常に馴染む飾り方を模索し、提案することなんです。
制作しているインスタレーション作品は、どんなものなのでしょうか。
自分が人という社会のある生物として生まれているからこそ、人と人のコミュニケーション、人だからこそ感じられる感情、人の動きなどをテーマにしている作品が多いです。 なので、鑑賞者が入ることで動き出す仕掛けがあるものを制作しています。
その空間に配置するモチーフとして、水や石、植物、ガラス玉などがあります。 それぞれが持つ文脈や、例えられるものを作品に組み込みながらレイアウトして、絵で言うところの “圧” みたいなものをつくっていくんです。
鉱物の集め方が、空間作品をつくるときの作法とリンクしているんですね。 では、一見遠い存在に思える鉱物と音楽はどうでしょう。 鉱物を集めていることと、DJとしての表現は、田口さんの中でどのように繋がっているのでしょうか。
鉱物の中にも、結晶の形、色、どうやって生成されたものかなど、それぞれに物語があります。 鉱物をレイアウトするときは、そういった個性や文脈をどう組み合わせたらハマるかを考えながら “構図” を組んでいくんですね。
DJをするときに、僕が主に使うのはロングミックスという手法です。 いまかけている曲に対して、次の曲に切り替えていくとき、その2曲を重ねる時間を長くとることです。 ロングミックスには別々の曲の、別々の要素を一曲にしているという感覚があって、それが鉱物をレイアウトする体感と近いんです。
ロングミックスでは、具体的にどのような切り替えを行っていますか?
例えばヒップホップのDJをする人は、前の曲から次の曲へ、すぐにパッと切り替えることが多い。 それをカットインといいます。 一方、僕が扱うレコードはミニマルテクノやミニマルハウスが中心で、曲と曲の重なりを長くつくることが多いんですね。 いま流れている曲がハウスだから次の曲もハウスで合わせようとか、激しめにしたいから横揺れから縦揺れにしていこうとか、音の重なりによって展開をつくり、場の雰囲気をデザインしていけるんです。
だから鉱物のレイアウトもロングミックスも、空間作品制作も、“コンポジション(構成)する” という点で共通しています。 扱うものが持っている文脈同士を合わせて構成することもあるし、あえて文脈を一回切ることで、自分なりの新しい物語を紡ぎなおすこともある。 鉱物のレイアウトや空間作品制作では、“ものでDJしている” 感覚があると言えるかもしれません。
音を目で見るのではなく、耳で聴くことに回帰する
DJをするとき、レコードである必然性はあるのでしょうか。
実は、10年ほど前にDJを始めた当初は、PCDJ(DJ用ソフトが入っているパソコンとコントローラーを繋げてDJをすること)だったんです。 様々なエフェクトがかけられたり、それはそれで面白いこともできるのですが、途中から曲の扱い方に違和感を持ちはじめました。
当時、WAVという形式(MP3を圧縮する前のデータで音質の良いもの)で買っていたのですが、1曲150円ほど。 100曲買っても1万5千円です。 その金額でレコードを買おうと思ったら数枚しか買えないですよね。 でもWAVの場合は、10曲をまとめて買うとディスカウントがある、といった売られ方がされていました。
また、WAVで買うとジャケットの画像もないし、アーティスト名やアルバム名も入れられない。 なので、曲名や曲の展開もなかなか覚えられない。 そういったことが重なって、「自分は本当に曲を大事にできているのだろうか?」という疑念が生まれてきてしまったんです。
PCDJだと、音の波形もBPMの数字もクリアに目で見えます。 でも、全く上手くならなかった。 それは “耳で聴いていなかったから” なのかもしれないと。 だから、まずは曲を聴き込んで覚えるなど、基礎的なところからやり直したいと思って、レコードを使い始めたんです。
音を目で見るのではなく、耳で聴くということに回帰していったんですね。
そうですね。 レコードのロングミックスはとても難しい。 PCを使えば、デジタルの波形が目にみえるので音程やスピードの調整をしやすいのですが、アナログレコードはそれができない分、曲を覚えていないと合わせられません。 いま流れている音を聴きながら、指で実際にレコードを触って調整し続けるんですね。
音も鉱物も空間も、僕にとっては自分の視点を通してコンポジションしていくという点で共通していて、ゆるやかに繋がっています。 そういった編集的なレイアウトをしていく上で、対象をよく観察し、文脈を知るということが大切なんです。
田口佳弥
1992年、大分県臼杵市出身。 インスタレーションアーティスト。 “人であるが故に生じる関係性、あるいは共存性” を主題に制作活動を展開。 鑑賞者をはじめとした人々の行動が介在することによって成る空間を構成する。 また、制作の傍ら〈鉱物冰〉を主宰。 独自の視点で収集した鉱物の販売や飾りかたの提案を通して、鉱物が身近にある暮らしへの入口をつくっている。
Photos & Movies:Shoma Okada (RADIMO)
Words & Edit:Sara Hosokawa