あらゆる物事のデジタル化が進む昨今。 その一方で、足りなくなってしまった「手触り」に飢えた人たちの間でレコードの需要が高まっており、過去の盤が再発されたりと人気が再燃。 「アナログ」が改めて評価されている。 今回は、墨田区にある観葉植物店「Green Thanks Supply」を舞台に、ミュージシャン兼モデルであり、エレクトロユニット「Black Boboi」のメンバーでもあるJulia Shortreed(ジュリア・ショートリード)さんをゲストにお迎えし、植物と音楽が空間を満たす店内で、各々が持ち寄ったレコードに針を落としてもらった。
音楽との巡り会わせを生む、カートリッジの真価。
以前、Juliaさんが「時折、自然に戻りたくなる」「その中で鳴る自然の音を浴びに行きたくなる」と仰っていたことを思い出しまして。 それで、今回は東京の東、墨田区に位置している「Green Thanks Supply」の植物溢れる空間での「針J」に、ゲストとしてお呼びさせて頂きました。 今日はよろしくお願いします。
Julia:色んな植物がたくさんあって、すごく素敵なお店ですね。 針J企画、楽しみにしてました。 今日はよろしくお願いします。
そしてもうひとりが、音楽好きである「Green Thanks Supply」店主の小川武さん。 店舗建物の道路側が全面ガラス張りになっていて日光が挿し込んでくる、植物には最適な空間ですよね。 小川さんは、どんな経緯でお店を始められたのでしょう?
小川:元々、インテリアの仕事をしていたのですが、父が千葉県に大きな温室を持っていたので、そこにあった大きな植物を長屋を改装して入れたら面白いんじゃないかと思い、4年前に父の会社に入ってお店を始めました。 このエリアは家賃があまり高くないので、ここ最近、面白い人たちが界隈に増えてきています。 つい昨日までここでアクセサリーの展示をやっていたので、今日は少し植物が少ないのですが。
天井が高くて、すごく気持ちが良いですよね。 この空間で音がどのように聴こえるのか。 早速、針J企画に移っていきましょう。 まずは、オーディオテクニカのターンテーブルに付属している「VM520EB」から試していこうと思うのですが、Juliaさん、今日はどんなレコードを持ってきて頂いたんでしょうか?
Julia:お気に入りのものをはじめ、自宅から色々持ってきてみたのですが、まずは、まだ記憶に新しいこの映画のサウンドトラックからかけてみたいと思います。
〜「VM520EB」で視聴 石橋英子 『Drive My Car』 収録曲 「Drive My Car」〜
Julia:うわぁ……良い。 最高ですね。
小川:この時点ですでにめちゃくちゃ良いんですけど(笑)。
ミックスとマスタリングは「音が有機的になる」という高い評判がある、石橋さんとパートナーと言っても良いジム・オルークさんですね。
Julia:お店にウーファーが付いてるから、ベースもしっかり出ていますね。
小川:そうなんです。 Green Thanks Supplyでは、日本橋兜町のワイン専門店「Human Nature」と同じく「K-ARRAY」のスピーカーをインストールしていて、植物に囲まれた場所がちょうどスイートスポットになるようレイアウトしてもらっています。
ここから、針を「VM760SLC」に変えて流してみますね。 VMカートリッジのシリーズでは、最上位モデルとなります。
〜「VM760SLC」で視聴 石橋英子 『Drive My Car』 収録曲 「Drive My Car」〜
小川:あれ!? 音が丸くなりました?
Julia:本当だ、全然違う。 丸いですね。 さっきは少し音圧が強めの印象で、例えるならライブハウスにいたような感覚だったんです。 へぇー、面白いですね。
小川:同じボリュームなんですよね? 全然雰囲気が変わる。
そうですね。 ゲインは全く一緒です。
Julia:こんなに変わるんだ。 バランスが良いですね。 こっちはライブハウスじゃなくて、ブルーノート東京の空間を包み込むまろやかさっていう感じ(笑)。
「760」は高中低域、すべてのバランスが良いので、色んなジャンルをかけれるというメリットもあるんです。 ただ、これまで何度も聴き比べてきた経験則ではあるんですが、とりわけ相性が良いのは生音。 パンチ力を求めたくなるエレクトリックミュージックだと若干物足りなさを覚える時もある、という印象があります。
Julia:なるほど。 じゃあ、今度は逆にエレクトロとかをかけてみたいです。 小川さんの好きなレコードがあれば、ピックアップをお願いしても良いですか?
小川:エレクトロですよね。 それじゃあ……。
思わず立ち止まってしまうような音。
〜「VM520EB」で視聴 Leila 『Like Weather』 収録曲 「Something (feat. Luca Santucci)」〜
Julia:すっごいノイズで始まる曲ですね。
小川:これ、エレクトロじゃなかったですね(笑)。
Julia:でも、カッコ良い。 声がまた良いですね。
小川:普段聴いてるのとは全然違う印象です。 ちゃんと箱の中に入って聴いている感じがする。 空間が分かるというか。
Björk (ビョーク)のサポートキーボーディストだった人のデビューアルバムですよね。 オリジナルは1990年代の後半に出ているけど、最近、イギリスの「MODERN LOVE」っていうレーベルから再発されて。 そのリマスタリングには6カ月もかかったという噂……。
では、VM760SLCの方に変えてみますね。
〜「VM760SLC」で視聴 Leila 『Like Weather』 収録曲 「Something (feat. Luca Santucci)」〜
Julia:同じ曲なのに違う感覚を覚えるのが、すごく面白い。 とても美しいんだけれども、私はさっきの針の音が好きだったかも。 良い意味で荒っぽくて、思わず立ち止まってしまうような音でした。
小川:バランスが整っているのはVM760SLCの針だけど、曲によってはバランスが整い過ぎていない方がカッコ良い場合もあるかも。
Julia:そうそう。ファーストアルバムのような良さですよね。若々しさや荒っぽさを感じました。VM760SLCはもっと玄人で、経験を積んで角が取れたイメージ。でも、どうなんだろう。聴く順番の影響もあるのかな? 今度は、最初にVM760SLCで曲を聴いてみても良いですか?
もちろんです。 今度は、VM740MLとVM760SLCを聴き比べてみましょう。
小川:今度こそエレクトロをセレクトしますね(笑)。
〜「VM760SLC」で視聴 SYSTEM OLYMPIA 『Delta Of Venus』 収録曲 「Sirius Desire」〜
Julia:音がまとまっていて、上手く耳に入ってくる感覚。 この針からスタートしたからではないと思いますけど、すごくカッコ良い印象です。 いつまでも聴けそう。
小川:確かに。 疲れない感じの音かもしれないです。
疲れないというのは良いポイントかもしれませんね。 では、次はVM740MLの針で聴いてみましょう。 ほんのちょっとのダウングレードですが、700シリーズ中で最もニュートラルと言われているモデルです。
〜「VM740ML」で視聴 SYSTEM OLYMPIA 『Delta Of Venus』 収録曲 「Sirius Desire」〜
Julia:この曲だと、さっきの針の方が良かった気がします(笑)。
良いですよ(笑)。 正直に言って頂ければ。
小川:(笑)。
Julia:キック音は、VM760SLCの方が明らかに丸みを帯びている。 やはり耳が疲れないというか。 元々はアタックが強いダンストラックなんだろうけど、どちらの針でも高級なものには聴こえますね。
小川:さっきの曲より劇的な変化は感じられないですが、確かにいずれにしても「高級」っていうのは共感します。 こういうタイプの電子音楽って、普段は質や音の粒立ちというよりも音の大きさ、強さとかで聴いていたから、こういった体験は新鮮ですよね。
Julia:そうですよね。今は、すごく注意深く聴いているから分かるのかもしれないけど、パッと変えられたらすぐに違いが分かる曲と、そうでない曲がありそうですね。
小川:ライブ音源とか歌モノを聴いたら面白いかもですね。 それにしても贅沢過ぎますね(笑)。 次は、ちょっとポップで可愛いインディーロックをかけてみましょうか。
〜「VM740ML」で視聴 SNAIL MAIL 『Valentine』 収録曲 「Valentine」〜
小川:ボーカルがすごくクリアに聴こえますね。
Julia:本当にクリア。 ドラムとボーカルがすぐ隣にいるみたい。
小川:ライブなのに、会話できる距離にいるみたいな(笑)。
1番下のエントリーモデルで聴いてみましょう。
〜「VM510CB」で視聴 SNAIL MAIL 『Valentine』 収録曲 「Valentine」〜
Julia:やっぱりロックは500シリーズの針が合うのかな。少し粗めの粒子が、ハスキーな女の子の声によりフィットするというか。
小川:さっき聴いたLeila(レイラ)の「Something」で歌っていた低音の男性の声もザラッとしてたし、存在感がありましたよね。
Julia:ドラムの存在感がしっかりと前に出てて、それがザラっとした男性の声とマッチしていたからこそカッコ良かったですね。
小川:合ってましたよね!
Julia:こうやって相性の話をしていると、音楽って出会うべくして出会っているんだろうなって思いますね。レコードプレーヤーとカートリッジ、かけている盤とスピーカー。色んな環境、条件がある中で特徴がかみ合うと、自分の足を止めてしまうような曲と出会える。
小川:さっきのエレクトロはフラットに聴けちゃう、あまり注意を必要としない音楽だから、むしろ違和感なく聞き流せるかが相性の良し悪しだと思うんですけど、先ほどの「ザラッとしたボーカル」は逆に注意して聴きたくなるもの。 他の音との組み合わせ、カートリッジの違いによるバランスの差によってすごく耳に残る場合があったし、感動すら覚えた。 相性って面白いですね。
Julia:普段は付け替えることがないから意識が向かないんですけど、針ってこんなに大事なパートだったんですね。
音の入口ですからね、針は。 もちろん、出口のスピーカーも大事なのですが。
今回持ち込んだカートリッジ
Words & Edit:Jun Kuramoto(WATARIGARASU)
Photos:Hinano Kimoto