広義のワールドミュージック、ジャズにフォーカスする音楽フェスティバル「FESTIVAL de FRUE(以下、FRUE)」のスピンオフ、「FESTIVAL FRUEZINHO(以下、FRUEZINHO “ZIHNO(ジーニョ)”は「小さな」という意味)」の第3回目が2024年7月6日、「立川ステージガーデン」をベニューに開催される。

今回のラインナップは「ドリームブッキングのひとつ」だったというエチオジャズを生み出したリヴィングレジェンド、ムラトゥ・アスタトゥケ(Mulatu Astatke)。 アルゼンチン音響派の代表的なアーティスト、フアナ・モリーナ(Juana Molina)とFRUEの常連であるサム・ゲンデル(Sam Gendel)という、おそらくFRUEでしかあり得ない組み合わせ。 そこに高木正勝、折坂悠太、角銅真実(ダンサーの小暮香帆との「波²」というコンビで出演する)、HAPPYという日本勢が加わった。 ラインナップが定まった経緯などについて、FRUE主宰者のひとりであるdai氏に氏とかねてより交流のある編集チーム、WATARIGARASUの代表兼編集者の大隅祐輔が聞いた。

FRUEに欠かせない、ハブのようなアーティスト

前回「FESTIVAL FRUEZINHO 2023」の記事はこちら

大隅:またいつの間にやらFRUEZINHOの季節になっちゃいましたね。 今日は第3回目となる今回のFRUEZINHOの出演者ラインナップが決まった経緯をお聞きしたくて。 1年の間で何か変化ってあったりしました?

dai:一緒にFRUEをやっている山口(彰悟)とよく話すんだけどさ。 知り合ってからもう20年間くらいが経つけど、逆に話していることずっと変わんないよね、って。 こういう人を呼んで、こういう場所でやってみたいっていう話ばかりしてる。 この間、坂本慎太郎さんとブラジルのアーティストのチン・ベルナルデス(Tim Bernardes)に出演してもらったFRUEを台北でやったりと、その話し続けてきたことが段々と広がっている感覚はあるんだけれども。

大隅:以前、FRUEは演者を寄せ集めたフェスティバルではなく、演者もお客さんも繋げていきながら育てていくような感覚、音楽文化を根づかせる教育的な側面も裏にはあるといった話を聞いたと思うんですけど、つまりは20年前から地続きだっていうことですよね。

dai:そうだね。 成長っていう点で言うと、サム・ゲンデルはやっぱり象徴的な存在かもしれない。

サム・ゲンデル
サム・ゲンデル
LAをベースに活動する先進的な作曲家。 ギター、サックスをメインにマルチインストゥルメンタル奏者として近年ハイペースで作品を発表し続け、その活動はジャズ、アバンギャルド、アンビエント、エクスペリメンタルポップなど複数のジャンルにまたがっている。 LAのジャズコレクティブ「Knower」で同門だったサム・ウィルクス(Sam Wilkes)との野心的なデュオ作『Theem and Variations』(2018 Leaving Records)も話題になり、そのリリースの同年「FESTIVAL de FRUE 2018」に初出演。

大隅:もはや常連アーティストというより、FRUEに欠かせない存在になっている気がします。

dai:サムが花開いたのがコロナ禍の時だったと思うんですよ。 初めてFRUEに出てもらった頃はまだリリースもそんなにしていなかったし、出演自体は決まっていたけど、どういう編成で来るのかも聞かされていなかったんで全体的に謎だった(笑)。
「つま恋 リゾート彩の郷」でFRUEをやり始めた2回目から出てもらっているんだけども、最初は蓋を開けてみたら、ギタリストのマーク・リボー(Marc Ribot)とかと一緒にやっているシャザド・イスマイリー(Shahzad Ismaily)っていうベーシストと、ドラマーであるライ・クーダー(Ry Cooder)の息子のヨアキム(Joachim)と一緒に来て。 その次の回がカルロス・ニーニョ(Carlos Nino)とララージ(Laraaji)っていう組み合わせ。 その前の年、2018年にカルロス・ニーニョとチター奏者のララージがふたりで出したエクスペリメンタルなミックスがあって、それがすごく良かったんです。

dai:それを聴いた後、サムとカルロス・ニーニョの出演が決まって、サムにそのコンビにララージを参加させられないか? って聞いたら「できるよー」っていう軽い感じの返答が返ってきて。 そんな流れで3人まとめてきてくれた(笑)。

大隅:いまとなっては金字塔と言えるトリオですよね。 知る人ぞ知る存在ではあると思いますけどカルロス・ニーニョもララージもキャリアが長い大御所だし、音楽好きにとってはよく知られている存在。 でもサムは当時、まだそんなでもなかったわけですよね?

dai:そうそう。 言わずもがな、その後にコロナを迎えてしまったんだけど、みんなが家に居ざるを得なかった時に、とんでもない数のリリースをして(コラボレーションアルバム含め、2020〜2021年にかけて8枚のアルバムを出した)、音楽の楽しさ、有り難みを提供し続けてくれていたっていうのが大きかったと思うんだよね。 そこから多くの人がサムに注目をし出して、同時に過去作もフォーカスされるようになっていった。

大隅:これは想像でしかないんですけど、コロナ禍って人が集まれなかったから制作やリリースをすること自体が難しかった一方で、サムが使っているものってサックスやドラムマシン、あるいはボイスパーカッションとかひとりで操れて、かつジャズの即興的に構築していっているんだろうから、即興が噛み合ったものを曲という単位に切り分けて集めればすぐにパッケージができてしまう。 音源に平然と入っているノイズも含め、本来のジャズってこうあるべきなんじゃないか、ある意味では暴力的なものも許されるんじゃないかって、サムが出したコロナ禍の一連の作品を聴いて思ったんですよね。

dai:昔さ、海外のジャズバンド、ジャムバンドのライブ音源がどんどん上がっていくファイル共有サイトがあってよく追っていたんだけど、それと近いなと思ったんだよね。 できたものをすぐにリリースするんだけど、完成されたものというより、むしろでき上がっていく過程を見せていくような感覚が。

大隅:そうですよね。 完璧に完成されたものが確実に美しいのか、さっきの話で言うとノイズレスなものが綺麗な音源だと言い切れるのか、って言ったらそんなことはないはずだし。 それは音楽に限らず、アート全般にも当てはまりますよね。

dai:うんうん。 サムがあと面白いなって思うのは、不思議と大御所の人たちがコラボレーションしたがるところ。 一昨年、掛川で一緒に出てもらったピノ・パラディーノ(Pino Palladino)や、サムと同じ年齢ではあるけどプロデューサーとしては大御所と言って良いブレイク・ミルズ(Blake Mills)。 ライ・クーダーもそうだし。

「ムラトゥ・アスタトゥケの出演は、僕らにとってドリームブッキングのひとつだった」

大隅:そんなサムが今度は、かつての一大ムーブメントだったアルゼンチン音響派の中心人物であるフアナ・モリーナとFRUEZINHOで一緒にやるって言うのを聞いて、かなり驚きましたよ。

フアナ・モリーナ
フアナ・モリーナ
ブエノスアイレス出身のシンガーソングライター。 フォークトロニカやアルゼンチン音響派と呼ばれるジャンルの先駆者として知られる。 彼女のキャリアは非常に挑戦的で、出身地にてコメディエンヌとして成功を収めたのだが、1996年、その輝かしいTVでのキャリアを捨て音楽に専念する。 エレクトロニクス、ループなどを駆使した催眠性のあるリズムなど、実験的なアプローチで作られたアルバム『Segundo』が世界的に評価され、瞬く間に国際的なインディー/エレクトロニカ/フォークシーンの寵児となった。

dai:実は他に候補がいて、ほぼほぼ本決まりの予定だったんだけど流れてしまって。 それで他の候補を探したんですけど、フアナが6月からアメリカツアーに行っているのを見て、その流れで日本に来られる可能性があるんじゃないか、と。 マネジメントも以前にやり取りをしたことがあった人だったから問い合わせてみたら、最初はツアー後だから少しゆっくりしたいって言われたんだけど、交渉したらOKが出て。 ドラムとのデュオで来ることも決まり、そのタイミングでサムと一緒にやってみるのはどうか、って話をしたんだよね。 サムには事前に話をしていたんだけど、彼自身はカルロス・ナカイ(R. Carlos Nakai)っていうネイティブアメリカンのフルート奏者と来たがってた。 それも良かったけれど、せっかくの機会だからと話しているうちにお互いウェルカムな感じになっていって。 フアナもサムも単独でもちろん成立する。 けれども、組み合わせた方がより面白いだろうなっていうのもあったし、受け入れてくれて良かった。

大隅:話の冒頭のFRUEとしてのあり方っていうところに繋がっていきますよね。 伏線を回収し、化学反応を起こしながら、また新たな線を生み出していってる。

dai:伏線回収っていう意味では、今回のFRUEZINHOでトリを務めてくれるムラトゥ・アスタトゥケもそうで。

ムラトゥ・アスタトゥケ
ムラトゥ・アスタトゥケ
1943年、エチオピア西部のジンマで生まれた音楽家、作曲家、アレンジャーで「エチオジャズの父」と呼ばれる。 謎めいた5音のペンタトニックスケールを活かしたアフロジャズサウンドを特徴とするが、その評価は1990年代以降と比較的近年である。 いわゆるレアグルーヴの発掘、過去のエチオピア音楽を集めたコンピレーションシリーズ『Éthiopiques』にムラトゥの音源が収録されたことをきっかけに、“大発明”と全世界で高く評価される。 以後、ジム・ジャームッシュ監督の映画『ブロークン・フラワーズ』の音楽の監修、UKのザ・ヘリオセントリックス(THE HELIOCENTRICS)とのコラボレーションアルバムなどでそのレガシーは決定的となった。 80歳になる現在も精力的に活動を続けている。

dai:ムラトゥは2013年のフジロックに出ていて、同じ年に僕らは、ザ・ヘリオセントリクス(THE HELIOCENTRICS エチオピア・ジャズ+パンク・ジャズ的な前衛バンド)をヘッドライナーに迎えたFRUEをやってるんですね。 ムラトゥをリーダーに、ザ・ヘリオセントリクスがコラボレーターとして参加した『Inspiration Information』っていう2009年のアルバムがあって、それが本当に好きで。 だからザ・ヘリオセントリクスをまず約10年前に呼んだんだけど、本丸でありエチオジャズをつくったレジェンドであるムラトゥの出演は、僕らにとってはひとつの悲願、ドリームブッキングだった。

大隅:僕が30代の後半で吉井さんは40代の半ば。 今回おそらくかなり久しぶりのライブになるだろう高木正勝さん然り、90〜00年代の音楽に刺激を受けまくった僕らくらいの世代にとってはまぶしいほどの輝かしいラインナップだと思うんですよ。 さらに先ほどのサムだったり、FRUEの常連組である折坂悠太さん、角銅真実さん、そして初参加となるHAPPYという新しい世代が加わっている。

高木正勝
高木正勝
1979年、京都府生まれの音楽家、映像作家。 2001年、アメリカにて音楽と映像のアルバム『pia』でデビュー。 2002年、細野晴臣主催のdaisyworld discsより『Journal for People』を発表。 その後、多くの映像作品が国内外の美術館などで展示される。 『おおかみこどもの雨と雪』『バケモノの子』『未来のミライ』などの映画音楽、NHK連続テレビ小説『おかえりモネ』のTVドラマ音楽、CM音楽、執筆など幅広く活動を続ける。 近作は、山村にある自宅の窓を開け自然を招き入れたピアノ曲集『マージナリア』、エッセイ集『こといづ』。
折坂悠太
折坂悠太
鳥取県生まれ、千葉県出身のシンガーソングライター。 平成元年生まれの折坂ならではの極私的な感性で時代を切り取りリリースされたアルバム『平成』は、2018年を代表する作品として、CDショップ大賞を受賞するなど、高い評価を受けた。 2021年3月にミニアルバム『朝顔』、2021年10月にアルバム『心理』と立て続けにリリースし、初のホールツアーを成功させた。 また、サントリー天然水、サントリー角ウイスキーのTV CMソングを担当したほか、 映画『泣く子はいねぇが』では自身初の映画主題歌・劇伴音楽を制作、 映画『ONE PIECE FILM RED』では劇中歌「世界のつづき」の作詞作曲を担当するなど、楽曲提供でも活躍の幅を広げている。
波² 角銅真実(上)×小暮香帆(下)
波² 角銅真実(上)×小暮香帆(下)
角銅真実と小暮香帆によるプロジェクト。 身体と音で波を送り合う。
HAPPY
HAPPY
京都府綾部市出身、2012年から都内を中心に活動中の Alec(gt/vo)、Ric(key/vo)、Chew(gt)、Syu(ba)、Bob(dr/vo)から成る5人組。 音楽スタイルはルーツ志向でありながらロック、サイケデリック、エキゾチカ、ニューエイジ、ダンスミュージック、インプロヴィゼーションなどを独自の色彩で万華鏡のように融合したもので、ライブパフォーマンスではorihasamado(sax/perc)を迎えた6人編成で主に活動している。 その場の空気や流れに合わせて演奏する即興音楽の精神を取り入れたパフォーマンスを展開しながら、音楽的な実験と探究を続けている。

dai:世代に関する話で言うと、FRUEZINHOの舞台である「立川ステージガーデン」の割と近くに武蔵野美術大学があるじゃない? そういった縁もあって、そこに通ってる学生にボランティアで来てもらったりしているんだよね。

大隅:なるほど。 そういった世代が交わって文化的なことが行われる場所がそばにあるのって重要ですよね。 かつてはそこらじゅうにあった近所の素朴なレコ屋のように。 その場所で得られたこと、学びって思い返すとやはり大きいし、リアルな体験だからこそというか。

dai:ワールドミュージックやジャズとか、音楽ジャンルや年代を跨ぐような何かのサークルつくって欲しいよね(笑)。

コロナの話に戻っちゃうけど、しばらく外に出られなくなって、音楽を聴きに行くっていうことがなくなってしまうと、音楽なんてなくても良いやってなっちゃうし、毎年わざわざ音楽フェスティバルに行く必要もなくなってしまう。 日常的にあるものではあるけれども、音楽はやっぱり嗜好品だし。 でも、そんななかでも続けてやってきて、いまのような色んなものが繋ぎ合わさっていく状況を目の当たりにすると、やっぱりやめなくて良かったなって本当に思う。
あくまで僕たちにとってはだけど、コロナはむしろ良い影響だったと思っていて。 以前は海外のミュージシャンばかりを呼んでFRUEを構成していたんだけど、呼べないってなった時、日本の良いミュージシャンにちゃんと目を向けるきっかけになった。 折坂くんもそうだし角銅ちゃんも。 そういう人たちと仲良くなっていなかったら、言い換えればコロナというリセット期がなかったら、未だに9割海外勢みたいなラインナップのままでもう先細りしていたかもしれない。

これも山口とよく話していることなんだけど、「まだ見ぬ景色を」見せたいって思いながらブッキングをしているので、FRUEに来たことのある方、来たことのない方、両方にとっての新しい窓が今回もきっとあるはずだから、その窓から見える光景を世代などを問わない色んな人に楽しんで欲しいですね。

FESTIVAL FRUEZINHO@立川ステージガーデン

日時:2024年7月6日 (土) 11:30〜21:00
住所:東京都立川市緑町3-3 グリーンスプリングス N1

出演者:Mulatu Astatke、Juana Molina with Sam Gendel、高木正勝、折坂悠太(band)、波² 角銅真実×小暮香帆、HAPPY

チケット:14,000円(早割)、16,000円(前売)、18,000円(当日)

※1階はスタンディング。 2、3階席は全自由席。 来場順での入場。

HP

Words:Yusuke Osumi(WATARIGARASU)