会場前の公園が、音楽の共有地になる。

1年も前のことなのに、未だに記憶に新しい。

ジャンルクロスオーバーによって変容し続けている、広義のワールドミュージック、ジャズにフォーカスする音楽フェスティバル「FESTIVAL de FRUE(以下、FRUE)」のスピンオフ、「FESTIVAL FRUE ZINHO(以下、FRUE ZINHO。 「フルージーニョ」と読む)」の第2回目が7月8日から始まる。 ヴェニューは静岡県掛川市にある「つま恋リゾート 彩の郷」の一角で毎年11月に行われている「FRUE」とは異なり、東京・立川駅に隣接するエリア内の複合施設「立川ステージガーデン(以下、ステージガーデン)」を皮切りに、「福岡市民会館」(7月9日)、大阪「ユニバース」(7月10日)、渋谷「WWW」(7月12日)と出演者ラインナップは若干異なるが、数日間に渡る巡回形式を取る。

昨年2022年は、クラブでのスモールスタートから始まったFRUEにとってちょうど10年目のアニバーサリーイヤー。 そんなタイミングでFRUE ZINHOの初回は開催された。 新しいことを始めるのには確かにおあつらえ向きなのだが、FRUEとFRUE ZINHOの違いはそもそも何なのか。 開催地だけか。 昨年たまたま両方を楽しむことができた筆者の簡単な振り返りを交えながら、今回のFRUE ZINHOのハイライトなどに触れていく。

冒頭で触れた通り、「ワールドミュージック、ジャズにフォーカスする」点でFRUEとFRUE ZINHOは共通しているが、前者は地方の自然溢れる青天井の下で皆がテントを張ってチルしたり、夜が深まっていくのにつれてBPMがどんどん上がり、レイヴ度合いが増していく。 タイムテーブルもみっちりでステージは複数。 目当ての出番時間を目掛けて、人びとが会場内を行き来する流れも他の音楽フェスティバルでよく目にする光景だ。 もちろん、それはそれで一興であることは確かだろう。

(立川に限定した話となってしまうが)対するFRUE ZINHOはステージがひとつで基本的にシッティング。 出演者の数も前回は4組と少なく、夜を迎えた頃には終幕となる。 ちなみに前回は、複雑な音楽性、なのにも関わらず軽やかでポップ、ライブでは特にパンキッシュなベースが鮮烈だったBruno Pernadas(ブルーノ・ペルナーダス)バンド。 現代の吟遊詩人なんじゃないかと思うくらいに神出鬼没で多作なサックスプレイヤーのSam Gendel(サム・ゲンデル)と、ベースの可能性を最大限に引き出し、エレクトリックピアノのような甘く独特なハーモニーをも作り出すSam Wilkes(サム・ウィルクス)のコンビ。 そして日本ではおそらく説明不要のcero(セロ)、坂本慎太郎というラインナップだった。

昼間からゆったりと始まるFRUE ZINHOは、非常にゆとりのあるタイムテーブルで構成され、それぞれの公演の間には大体1時間強の幕間がある。 ライブがひとつ終わると、客は散り散りになり、「ウェルビーイングタウン」なんて呼ばれたりするステージガーデンが位置している「GREEN SPRINGS」という小街区の中を散歩したり、ナチュラルワインのショップでお酒を買って、区内で話や食事を楽しむ様子が見られた。 そして、また音が鳴り出すと、それに吸い寄せられるように人びとはステージガーデンへ戻っていく。

ステージガーデンの客席3階より。 開け放たれている部分の奥が公園になっている。
ステージガーデンの客席3階より。 開け放たれている部分の奥が公園になっている。

ステージガーデンは、少し変わった建物構造になっている。 外観が拡声器、あるいはシネマスクリーンのようになっており、その手前には小さな丘のような公園が広がる。 普段その中央は広いガラス面で閉ざされているのだが、FRUE ZINHOの際はそのガラス面が開き、公園で佇んでいると中のステージから放たれている緩やかでオーガニックな音楽が漏れ聴こえ、まるでそれがBGMとなり、公園がミュージックコモンズ(音楽の共有地)になっていく感覚を覚えた(つまり極論、件の公園にいれば、全公演を楽しめてしまう)。

何をするでもない時間、小さな町、生活に溶け込んでいく音楽。 その掛け合わせ。 これが「未だに記憶に新しい」理由で、FRUE ZINHOの狙いと差異だとも思ったし、この明文化されていないコンセプトは、きっと今回も守られるはずだ。

FRUEの主宰者のひとりに「FRUEには教育的な側面もある」と以前聞いた。 教育には様々な方法も定義もあると思うので一概には言えないが、「大人による自発性の援助」が必要であるという説がある。 そのためにはおそらく、自発性を引き起こすための「まだ見ぬもの」に触れる偶然の機会を作らなければならない。 閉ざされていては、その可能性が下がっていく。

音楽の創造が活路になっているブラジル。

「まだ見ぬもの」の提供は、FRUEのモットーであり最大のサービスだ。 では、今回はどんなものを見せてくれるのか。 ラインナップは前回より少し多い。 ブラジリアンジャズに耽美を与えた、次世代ジャズシーンを牽引するだろうと評価されているピアニストのAmaro Freitas(アマーロ・フレイタス)。

Amaro Freitas(アマーロ・フレイタス)
Amaro Freitas(アマーロ・フレイタス)

坂本龍一とのコラボ作『CASA』を発表したこともあるチェリスト、Jaques Morelenbaum(ジャキス・モレレンバウム)の娘、Dora Morelenbaum(ドラ・モレレンバウム)を中心とする同じくブラジル発の4人組、Bala Desejo(バーラ・デセージョ)。

Bala Desejo(バーラ・デセージョ)
Bala Desejo(バーラ・デセージョ)

先述のSam GendelがキーボーディストのBenny Bock(ベニー・ボック)、フィドル(≒ヴァイオリン)とキーボード奏者のHans Kjorstad(ハンス・チョースタ)を従えて新たに結成した、音源がほぼない謎のドリームトリオ。 Sam Gendelによるこのトリオの説明は「様々な世界の融合である音楽。 それを即興と歌で表現していく。 このトリオによる音楽を聴けば、夢の中にいるような感覚を得られる」とのことだが、つまりはやはり、実際に聴いてみないと分からない。 次の機会があるかどうかも分からないので、今回のチャンスを逃さない手はないだろう。

Sam Gendel、Benny Bock、Hans KjorstadのDream Trio
Sam Gendel、Benny Bock、Hans KjorstadのDream Trio

FRUEではお馴染みとなっている注目株のシンガーソングライターで打楽器奏者の角銅真実は、共にceroのサポートをしているマルチプレーヤーの古川麦とのコンビとして登場。 海外人気が高まっている青葉市子、韓国生まれのシンガーのイ・ランは日本でよく知られている存在だが、青葉市子は初、イ・ランは2018年以来と、久々のFRUE出演となる。

角銅真実
角銅真実
古川麦
古川麦
青葉市子
青葉市子
イ・ラン
イ・ラン

「まだ見ぬもの」という点で、ハイライトは来日自体が初となるAmaro FreitasとBala Desejoだと言わざるを得ないかもしれない。 先の主宰者と話をしていると、頻繁に昨今のブラジルの音楽事情の話になる。 それは、そこに「魂を震わせる」何かがあるからだと考えられる。

ブラジルのスラムには音楽の物語があり、分かりやすいのが、実話を元とするブラジル・サンパウロのスラムで誕生した少年少女の交響楽団がテーマの映画『ストリート・オーケストラ』(2016年公開)。 リオデジャネイロの貧民街の場合は、授業料無料のDJスクール「Spin Rocinha」に若い青年たちが集まり、学び、それと同時に町の治安に繋がったという事例が存在する。 それらに加え、貧しかった幼少期に教会で様々な音楽を学んだルーツがAmaro Freitasにあるように、ブラジルの人たちにとって音楽の創造は日常であり、活路であり、人とのコネクションを生むための欠かせないきっかけなのだ。

そういった背景がある音楽と国境、ジャンルのクロスオーバーを町中の開放的な空間で鳴らす。 それが、音楽を聴くことを目的に人びとが集まる地方ではなく、目的関係なく老若男女行き交う東京をメインヴェニューにFRUE ZINHOが開催される意図のような気がする。 FRUE ZINHOはあらゆるものが渾然一体となる、夏至の都市の新しいお祭りなのだ。

FRUE ZINHOプレイリスト

FESTIVAL FRUE ZINHO@立川ステージガーデン

日時:2023年7月8日 (土) 11:00〜20:20
住所:東京都立川市緑町3-3 グリーンスプリングス N1

出演者:Amaro Freitas Trio、Bala Desejo、Sam Gendel, Benny Bock & Hans Kjorstad – dream trio、青葉市子、イ・ラン

チケット:14,000円(前売)、16,000円(当日)
※1階はスタンディング。 2、3階席は全自由席。 来場順での入場。

詳細を見る

FESTIVAL FRUE ZINHO@福岡市民会館

日時:2023年7月9日 (日) 14:00〜20:00
住所:福岡県福岡市中央区天神5-1-23

出演者:Amaro Freitas trio、Bala Desejo、Sam Gendel, Benny Bock & Hans Kjorstad – dream trio

チケット:9,000円(前売)、10,000円(当日)
※全席自由。 来場順での入場。

FESTIVAL FRUE ZINHO@ユニバース

日時:7月10日 (月) 17:30〜22:00
住所:大阪府大阪市中央区千日前2-3-9 味園ユニバースビル 1F

出演者:Bala Desejo、Sam Gendel, Benny Bock & Hans Kjorstad – dream trio、角銅真実 & 古川麦 

チケット:9,000円(前売)、10,000円(当日)
※オールスタンディング。 来場順での入場。

FESTIVAL FRUE ZINHO@WWW

日時:7月12日 (水) 18:00〜
住所:東京都渋谷区宇田川町13-17 B1F シネマライズビル

出演者:Amaro Freitas -SOLO piano-、Sam Gendel, Benny Bock & Hans Kjorstad – dream trio

チケット:8,000円(前売)、9,000円(当日)
※入場の際にドリンク代600円。 オールスタンディング。 整理番号順での入場。

Words:Yusuke Osumi(WATARIGARASU)

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