Face Recordsからのおすすめレコードを毎月お届け。前回に続いてモノラル専用針で聴くモノラルレコードの魅力を、今回はビートルズ(The Beatles)編としてまとめました。

1960年代にモノラル録音を中心に出した楽曲で20世紀のカルチャーを変えたと言っても過言ではないビートルズを、モノラルレコードのテーマで語らないわけにはいきません。ビートルズの音楽を知らない人には新鮮な魅力が、知っている人にもモノラル針で聴く体験を通じて違った側面の魅力が発見できそうなおすすめの音楽を、Face Recordsの藍隆幸さんがご紹介します。

ビートルズの究極はモノラルレコード

2023年11月に発売された『赤盤』『青盤』など、ビートルズのレコードは何年かおきにステレオのリマスター盤がリリースされており、聴くたびに新しい発見や驚きがあります。しかしそのような中であえて言うと、当時リリースされたモノラルレコードを超えるステレオのリマスターは出せないのではと思います。

2024年8月に日経BPムックから発行された「ザ・ビートルズ 全曲バイブル 新版」に書かれているように、ビートルズの活動全盛期だった60年代当時のイギリスの一般家庭では圧倒的にモノラル対応のオーディオが使われていて、モノラル盤のニーズが高かった。このため、レコーディングスタッフはモノラル盤のミキシング作業により手間と時間をかけて、斬新な録音技術や演出を盛り込んでいました。ステレオ盤でビートルズを親しんだ人がモノラル盤をモノラル針で聴くと、同じ曲でもまた違う発見があって世界が広がるはずです。

その当時、ビートルズのアルバムはステレオ盤とモノラル盤の両方が発売されていました。一方、イギリスでリリースされたシングル盤は1969年4月11日の「Get Back」まではモノラル盤がリリースされていましたが、1970年3月6日の「Let It Be」からはステレオ盤のみとなりました。

ビートルズはシングル盤よりもアルバム(LP)中心に聴くことを広めた最初のアーティストであると言えますが、今回は当時シングル盤としてのみリリースされた曲を中心にご紹介します。

※この記事で書く「オリジナル盤」とは当時イギリスで最初にリリースされたモノラル盤シングルレコードを指しています。

「I Want To Hold Your Hand 」のB面より、「This Boy」(1963年10月17日 レコーディング)

「I Want To Hold Your Hand 」のB面より、「This Boy」(1963年10月17日 レコーディング)

アメリカのポップチャート界にショックを与えたという意味でも重要なシングルレコードです。このオリジナル盤がアメリカでリリース(実質的なビートルズのアメリカデビュー)された頃、アメリカのポップ界は1950年代を席巻したエルビス・プレスリー(Elvis Presley)やチャック・ベリー(Chuck Berry)が代表するロックンロールの勢いも落ち着いてきて、刺激が少ないスタンダードな音楽世界だったと言えます。

アメリカ進出をイメージして作られたA面「I Want To Hold Your Hand」の功績は大きいですが、B面「This Boy」も含めたこのシングルレコードがアメリカのポップ界を変え、ロックンロールの時代に終止符を打ち、ロックの歴史をスタートさせたと言っても過言ではないでしょう。アルバムには入っていないものの、ハーモニーが印象的なこの曲が大好きだという人は多いと思います。

普通はステレオ盤の方が楽器やメンバー個々のヴォーカルが分かりやすくなる印象ですが、モノラル針で聴くオリジナル盤の「This Boy」においては不思議なことに個々の楽器が際立って聴こえます。例えばドラムの音の場合、ハイハットのリズムがより明確に聴こえてきます。

「I Feel Fine」のB面より、「She’s A Woman」(1964年10月8日 レコーディング)

「I Feel Fine」のB面より、「She's A Woman」(1964年10月8日 レコーディング)

ポール・マッカートニー(Paul McCartney)による小気味いいロックンロール曲で、創造性あふれるメロディー展開が特徴的。ステレオ盤よりもモノラル針で聴くオリジナル盤の方が全体のバランスが良く、特にポールのベースの音圧が高くてグルーヴ感がある。ステレオ盤では控えめに感じられるピアノも、モノラルでは全体の一体感の中でしっかりと存在感を放っています。

1975年にジェフ・ベック(Jeff Beck)がリリースした、レゲエテイストにアレンジしたギターインスト版を聴いて、ビートルズとはまた違った魅力に惹かれた人も多いと思います。

「Ticket To Ride」のB面より、「Yes It Is」(1965年2月16日 レコーディング)

「Ticket To Ride」のB面より、「Yes It Is」(1965年2月16日 レコーディング)

作曲したジョン・レノン(John Lennon)はこの曲を「This Boy」のリライト失敗版と評価していたようですが、このメロディー作りはさすがです。前日にレコーディングされたジョージ・ハリスン(George Harrison)の「I Need You」で使われたボリューム・ペダルがこの曲にも使われています。

「This Boy」は2023年にリリースされた『赤盤』に収録されましたが、この「Yes It Is」は取り上げられたり、語られることが比較的少ない曲です。2009年に発売されたデジタルマスター盤『Past Masters』収録のこの曲は限りなくモノラルに忠実なステレオマスタリングが施されているようで、オリジナル盤レコードと聞き比べてもバランスが良くて違和感の無い迫力が楽しめます。

「Paperback Writer」のB面より、「Rain」(1966年4月14日 レコーディング)

「Paperback Writer」のB面より、「Rain」(1966年4月14日 レコーディング)

「Rain」はシングル盤オンリーでリリースされた曲の中でも「B面の名曲」として名前が上げられることが多い。そして、この曲のオリジナル盤はレコードコレクターの間では音圧高めの ”轟音盤” として知られています。

ステレオ盤ではジョンのヴォーカルとコーラスがそれぞれ左右に分かれていますが、このシングル盤をモノラル針で聴いてみるとジョンのヴォーカルが前に出るし、他メンバーとのハーモニーや演奏との一体感が一層感じられ、ポールのベースラインもはっきり聴こえる。モノラルだとは思えないほどの立体感があって、迫力のあるサウンドに驚きます。

「Strawberry Fields Forever」(1966年11月24日 レコーディング)

「Strawberry Fields Forever」(1966年11月24日 レコーディング)
「Strawberry Fields Forever」(1966年11月24日 レコーディング)

今回のこの企画で、モノラルのオリジナルシングル盤として一番推したいレコードです。

ピクチャー・スリーヴが付属していて、裏面にはメンバーが幼少の頃の写真がプリントされています。2023年の『青盤』のバージョンと聴き比べてみると、このオリジナル盤のエッジの効いた迫力のミックスは全く異なる印象を与えてくるので、驚かされました。ジョンのヴォーカルがより近くに感じられ、ドラムのキック音も音圧が増して力強さが際立っています。このレコードを聴いた後で『青盤』のミックスを聴くとなんだか上品に感じますが、一方で何かが足りないと思えるかもしれません。

もしもビートルズのモノラル盤をモノラル針で聴きたいと思ったら、一番に「Strawberry Fields Forever」のUKオリジナルシングル盤をお勧めします。そしてビートルズの大ファンで、まだこのオリジナル盤をモノラル針で聴いたことが無いという方にもぜひとも聴いていただきたいです。

「Magical Mistery Tour」(1967年4月25日 レコーディング)

「Magical Mistery Tour」(1967年4月25日 レコーディング)

「Strawberry Fields Forever」と同様、これも2023年の『青盤』のミックスと比べると大きく印象が変わる一曲です。

2023年の『青盤』では全体的にバランスを重視したミックスになっているように感じますが、モノラルオリジナル盤では、この曲の聴きどころの一つである1分13秒ごろからのポールのベースの音圧がぐんと増して、1分24秒あたりのテンポが変わる部分では迫力が際立ちます。

この曲と一緒に2枚組オリジナルシングル盤「Magical Mistery Tour」に収録されている「I Am The Walrus」のミックスもステレオ盤とは大きな違いがあるので必聴です。

「Hey Jude」のB面より、「Revolution」(1968年7月9日 レコーディング)

「Hey Jude」のB面より、「Revolution」(1968年7月9日 レコーディング)

ジョン・レノンが得意とするミドルテンポのロックンロール。ステレオ盤ではギターとヴォーカルが前面に出ている一方で、ドラムの音が少し控えめに感じられますが、オリジナル盤ではバンド全体の一体感が際立ち、ノリのあるまとまり感をより楽しめます。

ビートルズのオリジナルシングル盤は後世に残すべきカルチャー遺産

ビートルズのステレオ盤はリマスターが進み、良い状態のレコードが再生産される機会が多い反面、今回紹介したようなモノラルのシングル盤レコードは再生産されることが少なく、当時のオリジナル盤で聴くことが中心という状態にあります。

今回ご紹介した楽曲は『Past Masters』などに収録されているので、ステレオ盤の音源を楽しむことはできます。言うまでもなくビートルズのレコードは当時とても売れたので中古レコードは沢山市場にあるのですが、状態の良いオリジナル盤は年々数が少なくなっています。さらにモノラル針でレコードを聴く機会や最適なオーディオ環境についての情報を得ることが難しいため、多くの人がモノラルレコードの魅力に触れる機会が少なくなっています。

今回改めて「Strawberry Fields Forever」のオリジナルシングル盤を聴いて、『青盤』に収録されているのととはまったく印象の違う同曲の魅力を再発見し、これはカルチャー遺産としてきちんと後世に残していくべきであると感じました。もちろんビートルズだけに限ったことではありませんが、アナログレコードを「文化を継承していくためのツール」ととらえ、過去の価値ある音楽と文化を将来に渡って継承していくことは、ホンモノが生き続ける時代をつくることが使命であると捉えているFace Recordsにとって、とても大切なことだと感じています。国内店舗ではレコードだけでなく、レコードプレイヤーやモノラル針を含む各種カートリッジを揃えていて、店舗内で針の試聴会を開くこともあります。今後もFace Recordsの商品展開にご期待ください。

オーディオテクニカのモノラル針 VM610MONO

今回のレコードは『VM610MONO』を使って試聴しました。VM610MONOはモノラル針初心者でも比較的手を出しやすい価格帯でありながら、とてもクリアで迫力のあるモノラルサウンドの再生が可能です。ヘッドシェルも同じオーディオテクニカ製を選べば、苦労せず簡単に取り付ける事ができます。

VM610MONO

VM型モノラルカートリッジ

VM610MONO
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”MUSIC GO ROUND 音楽は巡る” という指針を掲げ、国内外で集めた名盤レコードからコレクターが探しているレアアイテムまで、様々なジャンル/ラインナップをセレクトし、販売/買取展開している中古盤中心のアナログレコード専門店。1994年に創業し、現在は東京都内に3店舗、札幌、名古屋、京都に各1店舗、ニューヨークに1店舗を展開。廃棄レコードゼロを目指した買取サービスも行っている。

HP

Words: Takayuki Ai

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