癒しとウェルネスをテーマに、Face Recordsからのおすすめレコードを毎月お届け。 4月のテーマは「Music For Commencement ~ 始まりの為に音楽を活用する~」。 新年度や新学期に集中力をあげてくれる音楽をFace Recordsの佐野哲平さんがご紹介します。

「音楽」は文字通り「音を楽しむ」という行為である。

人類が音を音と認識しそれを楽しむ行為としてとらえ始めた正確な時期は不明だが、発掘された楽器とされる出土品から推測するに、約4万年前(日本だと旧石器時代にあたる)には既に人類は音を楽しむ行為を始めていたようである。

同時にそんな音楽を「活用」することも人類は繰り返し行ってきた。

儀式や催しの特別な時間に音楽を「活用」したり、西暦1000年前後に記譜法が発明されると、より意図を持って様々な場面で音楽を「活用」できるようになった。 さらに、近代になって蓄音機が発明され、今ではスマートフォン1つでどんな音楽でも聴けるようになると、音楽はより日常的でパーソナルなものへと変わった。 その「活用」はもはや人の数だけ存在していると言えるだろう。

そう、人類は楽しむ以外の音楽の「活用」を数えきれないほど発見し続けて来たのである。

私も音楽が大好きな人間の一人として自分なりの「音楽活用」を発見してきた。
「こんな時にこんな音楽を聴く」ということを考えるのは、もはや生活の一部である。

今の時期はちょうど春。 新しいスタートを切ったり、何かに集中したい時期だと思う。
そんな時の1つの「音楽活用」として、この「Music For Commencement ~ 始まりの為に音楽を活用する~」を参考にしてもらえたら幸いである。

何かを始めるとき、集中したいときに活用したい音楽たち

吉村 弘 / Green

吉村 弘 / Green

吉村 弘は日本を代表する音響デザイナー、作曲家で「環境音楽」を体現してきた人物である。

「環境音楽」自体非常に機能的な言葉だと思うが、吉村 弘はその意味を十分に噛み砕き、作品に落とし込んできた。

この『Green』という作品は、タイトルやジャケットのイメージからも分かるように、色彩的な安らぎと植物のような「そこに自然に存在するもの」を意識して制作されたように感じる。 実際音源を聴いてみるとモジュール音源の優しい耳触りと繰り返されるフレーズが心地よく、無理に何かを起こそうとはせずに自然な始まりを誘発してくれる。

また、このアルバムの1つの特徴として、聴き終える頃に「あれ?このアルバムってどんな感じだっけ?」と聴いていたのに聴いた経験を覚えていないような感覚に陥ることがある。 しかし、その感覚を聴き手に与えることこそ吉村 弘の意図したところであり(と勝手に推測している…)、非常に秀逸な作品だと改めて感じさせられる。

テレワークや読書、勉強などのお供に打って付けな音楽の1つである。

Jay Dee(J DILLA) / Vintage: Unreleased Instrumentals

Jay Dee(J DILLA) /  Vintage: Unreleased Instrumentals

Jay Dee(J DILLA、J・ディラ)はHip Hopのみならず、音楽シーンに多大な功績を残したアメリカのプロデューサーで、その類い稀な才能は様々なアーティストを虜にした。 2006年に惜しまれつつ他界してしまうが、現在でも世界中に多くのファンを持つレジェンドプロデューサーである。

この『Vintage: Unreleased Instrumentals』はタイトル通り「未発表のインストゥルメンタル集」であるが、これを未発表にするなんて末恐ろしいと思うくらいの素晴らしい音源が詰まっている。

中音域でかつ抜けの良い芯のあるスネア、アタックは緩やかでありつつ存在感のあるキック、それらをまとめ上げる繊細なハット、ミニマルで陶酔感のある太いベース、心地よいジャジーな上ネタ、そしてこれぞJ DILLAと言っても過言ではないグルーヴの「揺れ」。

情熱が高まって全てを説明してしまったが、一聴して頂ければ上記の文章の意味が分かるはず。

やる気がない時でも体の芯からじんわりとやる気を出してくれる、そんなアルバムである。

Sonic Youth / Daydream Nation

Sonic Youth  / Daydream Nation

Sonic Youth(ソニック・ユース)は本当にカッコ良い。

ノイジーで実験的な自分たちの音楽を常に追及するその姿勢と、メンバーの奔放な姿が本当にカッコ良い。 轟音なのになぜか過剰さを感じないクールな「カッコ良さ」は、十代の頃に様々な人や物事に対して感じた「カッコ良さ」とよく似ている。

こちらの『Daydream Nation』は、Sonic Youthが1988年に発表した通算6枚目のアルバムでSonic Youthと言ったらこちらの作品を想像する方も多いと思う。

今更私みたいな人間がこのアルバムについて評することは恐れ多いが、「何かを始める」為に活用する音楽としてはこれ以上ない効果を発揮してくれるはずだ。

理不尽な出来事や打ち崩せないほどの大きな壁、何よりそんな弱音を吐いている自分に嫌気がさした時にはこのアルバムを聴いて「カッコ良い」自分になる。

物事の原動力には自分で自分を「カッコ良い」と思えることも非常に重要なのだ。

グレン・グールド / バッハ:ゴールドベルク変奏曲

グレン・グールド / バッハ:ゴールドベルク変奏曲

アリアを主題とした30の変奏曲で構成されているバッハの『ゴールドベルク変奏曲』。

不眠症であったロシアの大使が「眠れない夜に気を晴らしてくれるような曲」を作成して欲しいとバッハに依頼したことがこの『ゴールドベルク変奏曲』の発端とされている。

『ゴールドベルク変奏曲』の演奏と解釈は個人的にグレン・グールドが一番好きだ。 なぜかというと、グレン・グールドの演奏には「癒し」や「安らぎ」という機能的な情念より、作品全体の構造とテンポの連関性を強く意識した「清々さ」があるからである(バッハの本来の意図とは全く違った解釈かもしれない)。

作品をじっくり聴き込むのもおすすめだが、物事に取り組みながらこの作品を聴くとその「清々さ」が安心して耳を預けられる要因となり、結果として集中力の向上に効果が得られると感じる。

Aphex Twin / Selected Ambient Works 85-92

Aphex Twin / Selected Ambient Works 85-92

Aphex Twin(エイフェックス・ツイン)は言わずと知れたエレクトロミュージック界の生ける伝説であり、『Selected Ambient Works 85-92』はそんなAphex Twinのデビューアルバム。

本当に不思議な作品で、タイトルはAmbient(ここでは環境音楽の意)だが、Ambientと呼ぶには違うような気もするし、テクノのようなダンスミュージックと呼ぶにはあまりに盛り上がりに欠ける気がする。 何度聴き返しても分からず終いだ。

しかし、そんなオブスキュア感がたまらなく中毒なのである。

また、その抽象性が相まってか、基本的にどんなシチュエーションにもマッチする作品であり、「何でも良いから何か音楽を聴きたい」という時などにも活用できる汎用性も兼ね備えている。

自分なりの音楽活用と音楽に対する感謝

以上、「Music For Commencement ~ 始まりの為に音楽を活用する~」という題目に沿って、僭越ながら5作品を選定させて頂いた。

しかし、これは私個人が活用している音楽の活用方法に過ぎない。 冒頭でも述べたが世の中には星の数ほどの音楽がありふれており、その活用方法も千差万別である。

読者の皆様も「自分だけの音楽活用」をしている人がたくさんいると思うが、大前提としてこれだけの効果をもたらしてくれる「音楽」という事象への感謝だけは忘れないようにしたいものである。

Words: Teppei Sano

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