楽器にも絶滅危惧種がある。近年すすむ生物多様性の保護や環境保護のなかで、身近な楽器たちが置かれている現状とは?

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楽器がこれまでのようにつくれない?

今年7月に、国産ギターメーカーのフェルナンデス(FERNANDES)が業務停止と破産申告のうえ倒産したことは記憶に新しい。国内外のギタリストに愛され、数々のアーティストモデルをつくってきたことでも知られた同社。Xでは「フェルナンデス倒産」がトレンド入りしていた。数年前の米楽器メーカーのギブソン(Gibson)の破産申告とその後の復興になぞらえて、フェルナンデスがまた戻ってくることを願っている人も少なくない様子…。国産ギターとして、その楽器づくりの技術が継承されない未来を嘆く声もある。

楽器づくりといえば、いまその困難にはさまざまな要因があげられている。電子音楽ブームによってバンド人気が後退しているため楽器が売れず販売数が減少、そのため製造数を限ったり、コロナ禍や戦争による物流の制限での課題があったり。また、近年注目されているのが「材料である木材」の高騰や入手困難だ。これにより、楽器の製造そのものが難しくなってきている現状がある。

森林の保全と、楽器づくりの関係

楽器の多くが木材からつくられているのは周知の事実だが、近年、環境問題への意識向上とともに注視されるようになったのが、それら材木が「どこからきているか」だ。実際に、絶滅の危機に頻する熱帯雨林や草原の木々から調達されているものが多いため、それによりNational Association of Music Merchants(全米音楽製品連盟)*などが倫理的な木材の調達を呼びかけるとともに、貿易にも規制がかかるようになっている。森林保護にくわえ、生物多様性の保護の観点も育ってきたことからその風向きはさらに強い。

*National Association of Music Merchants(全米音楽製品連盟):1901年に設立され、音楽に関連する製品を強化し、音楽を演奏する楽しさと恩恵を広めることをミッションとしている団体。

具体的な例をあげると、ギターでいえば指版に使われるローズウッドなどはすでに輸出制限がかけられている。北米のギターメーカーに人気だったローズウッド製のギターは、現在数が減少中。持続可能な木材で代用した製造も進んでいるがギターの価格も高騰中だ。

調べてみると、身近な楽器で製作が難しくなっているものが他にもちらほら。まず一つに「ピアノ」。特にカナダにおいて規制が強まっているようだ。同国内では2019年より森林保護強化のために、樹齢が140年以上の木材をむやみに伐採することを規制。このため、ピアノの原材料として使用される針葉樹、スプルース材の調達が難しくなっている。ピアノをつくるには幅広い木が必要となるが、この樹齢の高いスプルース材こそ鍵盤や響板を担う材質だ。

身近な楽器で製作が難しくなっているものの一つが「ピアノ」

また、木管楽器のクラリネットやオーボエ、ピッコロも先が危ぶまれている(吹奏楽やブラスバンドを通っていないとあまり身近じゃない…か?)。要因は木管楽器に欠かせない「アフリカン・ブラックウッド」の入手が困難になっていること。タンザニアやモザンビークを中心とした東アフリカを主要産地とし、音響的にも優れた特性を持つことから、古くから木管楽器の材料として使用されてきた。

特徴的な性質はほかの木材で代替することは難しいらしく、楽器業界では重要な木材として重宝されている。近年その資源量が減少し、IUCNレッドリストで「Near Threatened(準絶滅危惧)」に分類されるなど、その持続性が懸念されるように。そのため、輸出入が制限され、違法な輸入への監視も強まっている。

メーカーのなかには、資源調査やサプライチェーン調査を支援し、サステナブルな木材調達を促進する活動をおこなうところ、本来は捨てられるはずの木材を使う、あるいは木材を一切使用しない独自素材の開発を進めるところも登場している。

楽器のために、地道な植林活動も

楽器のために、地道な植林活動も

とはいえ、木材によっては代替不可のものももちろんある。2021年に立ちあげられた「Tree of Music」は「バイオリンの弓に使用されるフェルナンブーコの木」を植林する団体だ。

ブラジルに生息するフェルナンブーコはその丈夫さと弾力性が高く評価され、多くのバイオリニストや弓職人から支持される木で、世界中のバイオリンメーカーで使用されてきた。それが近年の違法な森林伐採により絶滅の危機に頻するようになった。早くからスチールやカーボンファイバー製の弓の発明などが進められたが「フェルナンブーコの弓を超える、もしくはそれと同等の品質に達する弓はない」として、地道な植林活動がはじまっている。

最後にバイオリンの例で締めくくってしまったが、楽器が「売れない」の前には「つくれなくなっている」という現実があることも、音楽業界の動きとしては見逃せない流れだろう。

Word by HEAPS

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