イビサがウェルネスのハブへ——2023年“リトリートの旅先(自分と向き合い、心身の回復をはかる)”にこぞって名があがったのが、スペイン領のバレアス諸島をなすイビサ島だ。 医師の監修による食事療法、シャーマニック・ヒーリング、ホリスティック・ハイク…。 いま、イビサはただのパーティーのメッカではない。 コロナ禍を経て、もう一つの方向を見据えている。

イビサ、“2つの顔”

「いまや“2つのイビサ”があるようなものです。 パーティーと、そしてライフスタイルです」とは、スペインを拠点とする旅行代理店Made for Spain and Portugal。 それも、ただのライフスタイルではなく、ラグジュアリーウェルネスのライフスタイルだ。 契機となったのは新型コロナウイルスの感染拡大。 世界各地の飲食店やナイトライフ施設の閉鎖の例に漏れず、イビサも約2年間にわたってナイトライフを停止した。 この期間こそ「人々がイビサの魅力を再発見する時間となった」というのが旅行業界の大まかな見立てだ。

筆者が調べてみると、2019年の時点で「イビサ、(パーティーメッカとなる前の)60年代へ戻る?」と予見していたものもちらほら。 ビーガンなどのウェルネス志向の流れによって、イビサのオーガニック農園の世代とともに復活するのでは? という予測だ。 自然に恵まれたラグジュアリーホテルで、本質的な自然主義のリトリートを提供するようになるのではないか、と。 物価の高騰によって低・中級の宿泊施設は軒並みつぶれはじめていたところに、パンデミックが拍車をかけた。 つまりこの2年間は、少しずつはじまっていた方向転換を加速させた、というところだろう。

自己愛を培う?ホテルが提供するトリートメントの時間

この一連の流れをリードするのはホテルだ。 2017年に創業した152の客室をもつNobu Hotel Ibiza Bayはその代表格で、パンデミック後の需要の変化にリトリートプログラムを提供するという大幅な路線変更で応えている。 なかでもアドベンチャーとウェルネスを融合させたホリスティック・ハイク*は人気で、数ヶ月先まで売り切れている状態だったという。

*ホリスティック・ハイク(Holistic Hike)とは、顧客それぞれに対して、身体的、感情的、社会的に最適なハイキング体験をもたらすために組み立てるもの。 マインドフルネスのテクニックや瞑想をハイキングのプロセスに取り入れ、心、体、魂の全体的な健康をサポートすることを目的とする。 イビサ特有のものではなく、現在、世界各地で取り組まれている。

昨年からナイトライフシーンも再開しているものの(旅行者数は22年には完全に回復。 クラブは何事もなかったように賑わっている)、新興のウェルネスシーンが衰える気配はない。 同ホテルはこの春メンタルヘルスサービスと提携し、新たに「自己成長リトリート」プログラムを開始。 内容は3日間に渡って「自己愛とポジティブなメンタルヘルスを培うためのスキルやツールを提供する」というもの。 基本的にはセッションのかたちを取っており、人間関係や行動パターンの認識、自己調整、感情の回復力、過去への再認識と未来へのビジョンなどで、セラピストを交えたグループトークで内省を繰り返す。 あいまにはジャーナリングやメディテーションが組み込まれている。 朝は砂浜でゆったりと食事を取ったあと、ビーチでジャーナリングをおこなうようだ。
イビサという開放的で自然豊かな場所で、じっくりと自分自身を観察し、他者からの視線を受けとめ、気づきを深めて肯定していく自己探求の内容になっている。 費用は1,720ドル(約24万円)と決して安くない。

*1ドル145円換算

他にも「長寿クラブ(Longevity Club)」なるものをスタートし存在感を出しはじめているのが、IHG Hotels & Resorts’ Six Senses だ。 科学とスピリチュアルなウェルビーイングで健康を増進し寿命を伸ばす、と謳う。 ぱっと聞くとややマユツバ感があるが、調べてみると確かに内容も本格的だ。 全身性低温療法や高気圧酸素療法、点滴、光療法、冷水浴、そこにシャーマニック・ヒーリングを足す…。 6月に開催した初のリトリートは医師で作家のMark Hyman(マーク・ハイマン)博士の監修のもと、食事からボディワーク、セラピーまでさまざまなトリートメントとアクティビティが行われた様子(医師で作家、というのも、こだわった人選だなあと思った)。
新たに創業するホテルには地元の材料を使って建てられるものもあり、錆と褐色の色合いでイビサの景色に溶けこんでいるのだという。 菜園があるのは当たり前、アグリツーリズムにももちろん応える。

どちらかというと、ハイエンドな原点回帰?

イビサが “ラグジュアリーウェルネスのための行き先” になりつつあることは、現地の企業らが旅行者の客層の変化を感じていると述べていることからも言えることだろう(一方で、イビサといえば現地住民と旅行者の歪な人口比率の問題を抱え続けている土地でもあるため、現地住民からするとなかなか複雑に思えるシフトかもしれない)。

「イビサ島、ニューエイジの復活」の見出しでこの流れを捉える他誌もあった。 もともとイビサは戦後に自由を求めて逃れる人の行き先で、60年代以降には多くのヒッピーたちが流れ着き生活する島だった。 20世紀後半に自己意識運動、宗教的(疑似宗教的)な潮流をくむロケーションの一つとなり、70年代にはスピリチュアルで陽気と享楽のあるメッカへとなり、80-90年代にレイブカルチャーの震源地へ。 そして00年代にパーティのメッカとなった。

イビサという土地に本来あったのは自然と神秘だ。 今年、イビサを旅行したあるライターはこう述べていた。 点滴を受けて身体を回復させ、夜は音叉で身も心も休める。 9時間、海の音を除けば無音——「ラグジュアリーだが派手さはない。 本物志向で、自然に回帰している」。

今回の動きは、イビサの土地がもつ本来のポテンシャルをもう一度見出し、“ハイエンドに原点回帰”している、といったほうが正しいのかもしれない。

Words: HEAPS

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