「クラブで400人の酔っ払った大人たちに向けてラップするより、体育館で2,500人の子どもたちに野菜の育て方を教える方が自分に合ってたんだ」。Public Enemyや2 Chainz、Questloveと同じステージに立ってきたラッパーは、活動と活動場所を変えた。
気候変動・食の正義・プラントベースフードについてラップし、全国を巡り学生に料理を教え、畑でオーガニック野菜を育てている。若者の環境問題への意識を高めるべく〈エコヒップホップ〉のパイオニアになった、DJ Cavem。
“Thug Life”から“Kale Life”へ。元ギャングがラップで伝える環境問題と食生活
Always Listeningでは継続的にヒップホップとヘルスについての関わりを探っている。一見遠そうな両者だが、オーガニックやビーガンニズム、メンタルヘルスを含めたヘルス、ひいてはエシカル観点も近づいている。
以前取材した〈ヒップホップセラピー〉では、依存や憂鬱などメンタルヘルスが題材とされることが多いヒップホップを武器に、セラピーをおこなう高校を紹介した。今回取材するのは〈エコヒップホップ〉。「環境アクティビズムとヒップホップは相性抜群」。環境問題について、食と健康についてをラップするヴィーガンラッパーを紹介しよう。
DJ Cavem。「西のハーレム」ことコロラド州の都市デンバーのファイブ・ポインツ地区出身だ。13歳で学校を退学し「オーガニック野菜よりもクラック・コカインの方が入手しやすかった」というコミュニティで育った元ギャングは、のちにウガンダのマケレレ大学で都市生態学の博士号を取得する。
環境の知識とラッパーの経験を持って、持続可能な食材についてライムした『Wheat Grass』や、健康的ライフスタイルで韻を踏んだ『I’m a Sunwarrior』、気候変動への苦言を呈した『1 for the hood』など数々の曲をドロップ。リスナーからは「メッセージが最高。私たちはより良い食習慣を身につけるべき」「こんなにポジティブなラップを聴けるとは思わなかった」「ワークアウトしてサラダを食べたいと思ってしまった」との声が。
ラッパー活動以外にも、環境への取り組みに勤しむ。コミュニティや学校に環境に関するカリキュラムを組み込むプロジェクト「Sprout That Life」や、地元の食材の持続可能な使い方をコミュニティの家族に教えるレシピワークショップを主催。こうした活動が評価され、2014年にはグラミー音楽教育者賞にノミネート。15年にはMichelle Obamaの児童対象肥満撲滅キャンペーン「Let’s Move!」に参加。ホワイトハウスに招待され、料理パフォーマンスをおこなった。
ポジティブな影響力を知らしめてきたその〈エコヒップホップ〉、食や環境の正義のためにラップする本人の話を聞きたい。
平日の午前9時、実に健康的な時間帯に、O.G(オリジナル・ギャングスターならぬ、オーガニック・ガーデナー)のDJ Cavemとビデオチャットを繋ぐ。
DJ Cavemさん、おはようございます。
(ガタッ…ガタガタッ…)
あれ、もしも〜し。
Yo!All good(全然問題なし)!実はいま出かける準備中なんだ。このあと、動物保護施設でミュージックビデオの撮影があって。
お忙しいなか、朝からありがとうございます。DJ Cavemさんは気候変動、食の正義、プラントベースフードについてラップするヴィーガンラッパー。こうしたトピックとヒップホップって対象的なイメージがありました。
ヒップホップのイメージを再定義したかったんだよ。健康的な食事や都市農業、環境アクションといった内容を盛り込んでみようとね。
俺が思い描くヒップホップは「Hip-hop Is Higher Inner Peace Helping Other People(他者を助ける、より高められた内なる平和)」だと思ってる。それにヒップホップは本来、ヒップであるためのインテリジェントなムーブメントでもある。だからこそヒップホップは「いま地球でなにが起こっているのか、みんなが連帯してそれをどうサポートできるか」を話すのに最適な手段だと思ったんだ。
環境問題についてラップするのは、環境問題への意識を高めてほしかったから。
その通り。環境問題を知ってもらう方法って、いろいろあるじゃん? ラップだってその一つになれる。
それがDJ Cavemのヒップホップ。ドープです。さて、10歳でレコードプレーヤーをゲットし、近所のコミュニティセンターのレコーディングスタジオで遊んでいたそうですね。初めて聴いたヒップホップって覚えてます?
幼少期はジャズやソウルを聴いて育った。初めて聴いたヒップホップはArrested Developmentの 『People Everyday』。
「セイホ〜!(ホ〜)セイイエ〜!(イエ〜!)」の。当時、全英チャート2位を記録したヒットチューンだ。いまのスタイルを確立するのに、影響を受けた曲はあったんでしょうか。
A Tribe Called Questの『Ham’N’ Eggs』には確実に影響されたね。
食生活についてラップした曲ですね。サビの「I don’t eat no ham n’ eggs,’cause they’re high in cholesterol*(コレステロールが高いから、ハムと卵を食わねぇ)」がキャッチー。
その A Tribe Called QuestのPhife Dawgは、長年患っていた糖尿病による合併症で他界。彼をはじめ、Gang StarrのGuruやMobb DeepのProdigyといった昔から聴いていたアーティストが、健康や食生活を理由にこの世を去ってしまった。だからこそヒップホップに、プラントベースのライフスタイルを盛り込みたいと思ったし、やらねばと思うんだよ。
*出典:A Tribe Called Quest『Ham’N’ Eggs』より引用
「地元ファイブ・ポインツでは、新鮮な野菜や果物がなかなかなく、新鮮なものといえばバーにあるレモンだった」と話していましたね。地元の社会・経済格差と、健康・食事情について教えてください。
1950年代から60年代にかけて、特定地域の住民、特にアフリカ系アメリカ人や有色人種には融資をしないという投資差別「レッドライニング」があった。低所得コミュニティといえば有毒廃棄物の近くで暮らし、健康的な食べ物の選択肢もなく、大気汚染のなかの生活が合った。
その後、ジェントリフィケーション(都市の富裕化)によって健康的な食べ物の選択肢が増えたけど、俺のコミュニティでは相変わらずアクセスしづらい状況。“食べ物”へはアクセスはあるけど、“健康的な食べ物”へはアクセスしづらい、食の砂漠。これが俺が食物を育てるきっかけになった。
当時、地元の人はどんな食生活を?
コミュニティではファストフード店だらけだったよ。
DJ Cavemは14歳でヴィーガンになっています。ファストフード店があふれていたなか、ヴィーガンフードを手に入れるのは大変だったのでは?
アジア系スーパーで豆や豆腐といったプラントベースフードを買ったり、オートミルクやオレンジを絞ったジュースを飲んでいた。エチオピア料理やインド料理なんかもたくさん食べてたな。ちなみに昨日、ヴィーガン23年目を迎えたんだ。
23周年、おめでとうございます! 野菜の栽培をはじめたのも14歳のころ?
栽培をはじめたのはもう少し後。当時はまだどうやって野菜を育てればいいのかわからなかったからね。
“エコラッパー”になったきっかけを教えてください。
最初はレゲエを聴いてたんだ。Barrington LevyやNicodemus、Don Carlosなんかをね。そこでラスタファリズム*に共感し、健康的な食事や自然のコンセプトをヒップホップに持ち込んだ。
*1930年代にジャマイカの労働者階級と農民を中心にして発生した宗教的思想運動であり、ライフスタイル。ラスタファリズムをおこなうラスタファリアンは、自然食・アイタルフードを食べるなど、オーガニックな生活をする。
リリックもいいですね。
『Wheat Grass』では“I got a job with some teens teaching hip-hop history and how to grow greens.(十代の若者に、ヒップホップの歴史と野菜の育て方を教える仕事をゲットしたぜ)”と、自身のエコヒップホップへの情熱を表していたり。
カリキュラムに参加した生徒たちと制作した『BROWN RICE & BROCCOLI』では、“I can’t get enough of that brown rice and that broccoli. (玄米とブロッコリーが足りない)”と、ティーンズの野菜不足を直球に訴えていたり。
また『Sprout That Life』では、”Why you eat that processed food, they say I don’t know. Why you never try these fresh juice,they say I don’t know.(なんで加工食品食べてんの、やつらは「わからない」と言う。なんで新鮮なジュースを飲もうともしないの、やつらは「わからない」と言う)”
と、コミュニティの食生活と無頓着さに疑問を投げかけている。これらのリリックのインスピレーション源は?
ほとんどが自分が育った地元の食環境や、いまのライフスタイルからきている。“食の砂漠”で生きてきたから、簡単にアイデアが降りてくるんだ。フリースタイルだってできてしまうくらいね。
従来のヒップホップに比べて、リリックもやっていることも“正しさ”が合ってちょっとウケづらいテーマでもありますよね。それでも特に若い世代にこういうテーマのラップを興味を持って聴いてもらうために、どんな曲作りをしているんでしょう。
高校生は金や自給自足がテーマのものにインスパイアされる傾向にあるし、大人は健康に興味を持つ傾向にあるんだ。彼らは、本当に自分の健康を変えたいと思っているからね。だから曲作りはターゲットのリスナー層によって変えているよ。
ヒップホップコミュニティやリスナーからの反応は?
クラブではパフォーマンスしていると、観客は「このラッパーイケてるじゃん。って、あれ、待って。野菜のこと歌ってる?」ってな感じで、違和感を持っている様子だった。それもあって、今度は独自のカリキュラムを作って、学校に持ち込むことにしたんだ。伝える場所を変えてみようかな、って。
それが2003年からおこなっている、環境に関するカリキュラムをコミュニティや学校に組み込むプロジェクト。全米を巡り、学生に環境問題や食生活、健康についてを教えているんですよね。カリキュラムの内容を教えてください。
カリキュラムでは野菜の育て方、ジュースの作り方、料理の仕方なんかを教えている。小学生くらいの子どもたちは汚れるのが好きだから、泥まみれになってガーデニングのワークショップをする。一方で高校生にガーデニングの話をすると、靴が汚れるのを嫌がる。彼らはビジネスの側面やテクノロジー、そして都市の園芸環境で起業家としてお金を生み出すことに興味があるんだ。年齢に合わせて、内容を変えているよ。
学生向けに教えることのやりがいはどう?
Jay-Zをみてよ。ヒップホップは間違いなく経済に大きな影響をあたえているじゃん? でも彼らの歌の内容って、必ずしも健康的なスタイルではない。そこで俺が健康的なスタイルを入れ込むことに成功したら「4ドルの種から40ドルのスプラウトが生まれる」ってことを知ってもらえる。それってドラッグを売って稼ぐ金よりも断然いいんだ。野菜を売って逮捕されるなんてことはない。
クラブで400人の酔っ払った大人に向けてラップするより、体育館で2,500人の子どもたちに野菜の育て方を教える方が、自分には合ってたんだね。子どもたちは俺のカリキュラムに興奮していたし。
学校以外のコミュニティ向けには、どんな活動をしているのでしょうか。
地元の人に、ファストフード店ではなくスーパーで食べ物を買ってもらうため、スーパーと提携して青果売り場でブレンダーとラジカセを使ってパフォーマンスをおこなったんだ。
2019年に発売したEP『BIOMIMICZ』は、付録としてケール、アルグラ、ビーツの種がもらえます。すべてオーガニック。おもしろいコンセプトですね。
実際に、植えて育てて、食べてるって写真やコメントが届くよ。Instagramで庭に植えた写真をタグづけしてくれたり、俺の楽曲と一緒に投稿してくれたり、写真を送ってくれたりね。こうして心や身体を変えたいと俺の元に来てくれる人には本当に感謝してる。Public EnemyのChuck Dも、種を購入してくれていま育ててくれているよ。
大物ラッパーもサポートしているんだ。現在、ヴィーガンラッパーのシーンってどんな感じなんでしょう。
かなり成長している、と思う。昔にTED Talksに出演した際、ラッパーに「健康的な食事について話してほしい」と呼びかけたんだ。そしたらそれを見てくれたラッパーたちが行動を起こしてくれて。マイメンのラッパーはフィットネスビデオを撮影しているし、アトランタで活動する知り合いラッパーはプラントベースフードの食事をしているよ。
環境アクティビズムとヒップホップの相性は、ズバリいい?
もちろん!パンとバターくらい相性抜群。ヒップホップのコンセプトは、常に社会正義だから。
従来のヒップホップがもつ“反骨精神”の姿勢など、根底は同じ。
ヒップホップの根底は同じ。ただ俺はそれほどアグレッシブではなく、かなりチル。たぶん、野菜を食べているからだと思うよ。
あなたにとって、アナログとは?
アナログ=ゼロから始めること! 俺のビートはほとんどゼロから作られている。それにアナログはライブパフォーマンスを思い出させてくれる。あと、アナログって人と繋がる一つの方法だとも思う。間違いなく、自分が正しいと感じたときのバイブスみたいなもんだね。
DJ Cavem/ DJカベム
気候変動・食の正義・プラントベースフードについてラップするヴィーガンラッパー。〈エコヒップホップ〉のパイオニアとされる。ラッパー活動以外にも、コミュニティや学校に環境カリキュラムを組み込むプロジェクトや、妻と共に地元の持続可能な食材の使い方を家族に教えるレシピワークショップを主催。こうした活動が評価され、2014年にはグラミー音楽教育者賞にノミネートされた。
Photos : DJ Cavem
Words : HEAPS