あらゆる物事のデジタル化が進む昨今。その一方で、足りなくなってしまった「手触り」に飢えた人たちの間でレコードの需要が高まっている。今回は、80年代後半よりニューヨークへと赴き、THE LOFT(ザ・ロフト)などのクラブカルチャーを肌で体感してきた組嶽陽三さんが高円寺で営むレコード店「EAD RECORD」を舞台に、レコードとの接点であるオーディオテクニカのアナログカートリッジ「VMシリーズ」の特徴を改めて押さえながら、アナログレコードを聴き比べていく。
シーンによって使い分けられるVMカートリッジ
組嶽さんは「U.S.W.F(Uda Stylus Wire Factory)」や「KOIKE Lines」などのリード線、ヘッドシェル素材などでカートリッジをモディファイ/カスタマイズすることで再生環境に応じた機材のポテンシャルを引き上げていますが、オーディオテクニカのカートリッジに触れるのは今回がはじめてということですね。
まずは、セッティングに左右されにくく安定したトレーシング性能をもつ接合丸針を採用している、エントリーモデルの「VM510CB」から針を落としていきましょう。
オーディオテクニカのカートリッジはもちろん知っていましたが、じっくり聴き比べるのは今回がはじめて。まずはVMシリーズのカートリッジの特徴が知りたいので、和ジャズでもかけてみましょうか。日野皓正さんのアナログレコードをかけながらそれぞれの特徴を聴き比べてみたいと思います。
〜「VM510CB」で視聴 Terumasa Hino 『LIVE IN CONCERT』 収録曲 「In The Darkness」〜
すごくバランスがとれていますね。その上、パワーもあって使い易いのに迫力が出るので、最初に買って満足できるという意味ではこの針からスタートするのがいいのかもしれません。
〜「VM520EB」で視聴 Terumasa Hino 『LIVE IN CONCERT』 収録曲 「In The Darkness」〜
こっちの針の方が描写が細かいですね。日本の住宅状況を考えると、こういう針の方がいいのかもしれません。ほら、お隣さんに怒られたりするじゃないですか(笑)。DJだとついついパワーのあるモノを求めがちになりますけど、再生環境ってやっぱり重要だと思いますし、日本の住宅環境ってすごく狭かったり壁が薄かったりするので、そういうシーンでいかに気持ちよく音楽を聴くかを考えると、このVM520EBがすごく重宝されるような気がしますね。
この日野皓正さんの和ジャズは、どんなメンバーで演奏されているんですか?
パーカッションの富樫雅彦さんとか板橋文夫さんとか、すごいメンバーで構成されているんですけど、特にパーカッションの冨樫さんはぜひ掘ってみてください。面白い方なんですよ。浮気して嫁さんに刺されて足が動かなくなったりしてしまうんですけど、それでも自分のドラムセットをつくってその逆境を跳ね除けていく。足が動かなかろうが、何があろうが、やる人はどんなことがあってもやり遂げてみせるんですよね。
〜「VM530EN」で視聴 Terumasa Hino 『LIVE IN CONCERT』 収録曲 「In The Darkness」〜
すごく大人な音のように感じますね。どこかに特化しているような角はないですし、バランスがとれている。会話も弾んで音楽にもちゃんと耳を傾けられますし、ボリュームを絞っても音痩せしなさそうという意味では、店での再生環境に重宝されそうですね。喫茶店なんかには最適なんじゃないですか。
ちなみに、このスピーカーの上に置いてあるモノは何ですか?
鉛のおもりでスピーカーの振動を抑えているんです。これはオーディオマニアの考えなんですけど、なるべくスピーカーは動かさずに、なかのユニットだけが振動するというのが理想の状態なんですよ。
〜「VM540ML」で視聴 Terumasa Hino 『LIVE IN CONCERT』 収録曲 「In The Darkness」〜
この針は響きの深いところをちゃんと出してくれていていますね。このVMシリーズは、再生する針によって世界観が全然違うのが面白いですね。
ここまで来ると、どうしてもリード線を変えたくなってしまうのは、仕事柄でしょうか(笑)。これでリード線を変えると視界がもっと開けてくるので、ちょっとだけ何が変わるか試してみましょうか。
リード線が引き出すカートリッジの個性とポテンシャル
〜「VM540ML(リード線交換版)」で視聴 Terumasa Hino 『LIVE IN CONCERT』 収録曲 「In The Darkness」〜
KOIKE Linesの「KLB-1820SC」というリード線に交換してみたんですが、空間のなかで遊んでいる音にまでピントが合ってくるような、細かい音の表現がさらに聴こえるようになったと思いませんか? 音楽と空気が混じって邪魔にならないというか、私たちも音楽も一緒の空間にいることができる音というのが心地いいと言うか。
結局、カートリッジがもっているポテンシャルというのは、リード線やヘッドシェルを変えるだけで20%〜40%ぐらい引き上げることができますし、より自分に合った音づくりにピントを合わせることができると思っています。
自作スピーカーもそうですが、何百万という額を機材に投資しないといい音が聴けないという状況を、自らアクションを起こすことで変えることができる。音楽を楽しむ方法というのは、工夫することで少なくともその入口までは行けると思うので、そういった提案で誰もが心地がいいと思える音楽体験ができる環境づくりのお手伝いができればと思っているんです。
お客さん:こんにちは〜。レコード、どう? あとでまた寄るね。
ご近所の方ですか?
近所でスナックをされている方なんですけど、最近、ただお客さんがカラオケを歌うんじゃなくて、アナログレコードをかけてみんなで大合唱しているらしいんですよ。だから、往年のヒット曲を仕入れていて、時々まとめてアナログレコードを買っていかれるんです。
何だか人生を豊かに楽しまれていて、生き生きとしていますね。
〜「VM750ML」で視聴 Terumasa Hino 『LIVE IN CONCERT』 収録曲 「In The Darkness」〜
ここからはちょっと外見とつくりが変わってきましたね。高級な感じがしてきました。
この針は全然これまでとは毛色が違います。世界が広がっていく感じがして僕はすごく好きな音ですし、カートリッジとしては相当仕上がってきていると思います。ここまできたら、あとは僕がお手伝いできるのはこのぐらいかなと思いますね。
もしかして、ネジとかそういう話になってきますか?
ネジも何も変えないです。ただ、このゴムを変えるだけで変わることもあって。結局、振動なんですけど、それがどう伝わるかで変化があるんです。カートリッジがもっているポテンシャルは、実はリード線やヘッドシェルなどの(ゴムのリングひとつをとっても)パーツを変えることでさらにそのキャラクターを引き伸ばし、自分が好きな方向性の音に寄せながらカスタマイズしていくことができるんです。
思い切ってこれに1万円ぐらいのリード線をつけることで、このカートリッジのキャラクターがより引き立ってハッとするようなモノに化けると思います。
最後はVMシリーズのなかでも最上位機種となるカートリッジです。
〜「VM760SLC」で視聴 Terumasa Hino 『LIVE IN CONCERT』 収録曲 「In The Darkness」〜
小口径のスピーカーよりもある程度大きなスピーカーでかけるとすごい迫力で聴けると思いますね。一番 “日本らしい音” のような気がします。優しい力持ちというか、細かいところにも気が配れる従来の日本人というキャラクターを煮詰めたような、いいところをついているなと思います。くすぐられますね。
では、VMシリーズのカートリッジの特徴を押さえた上で、いくつかアナログレコードをかけて針Jしていきたいのですが、どの針を使いましょうか?
じゃあ、せっかくなので最上位機種のVM760SLCで何枚かアナログレコードをかけていきましょうか。
〜「VM760SLC」で視聴 Joe Claussell 『cosmic rituals』 収録曲 「come inside(the loft)」〜
う〜ん、圧倒的ですね。これぐらいのクラスの針を使って、ちゃんとしたDJさんにバックキューとかなしでパーティできたらすごいと思いますよ。みんなシビれるんじゃないですか。8cmのスピーカーでこんなに空間が広がるんですから、大きなスピーカーで鳴らしたらもう大興奮ですよね。コレですよ(笑)。音って上から降ってくるんだっていうこの感覚、ぜひ皆さんにも体感してもらいたいですよね。
〜「VM760SLC」で視聴 YASUYUKI HORIGOME & THE NEW SHOES 『エイリアンズ(Lovers Version)』 収録曲 「エイリアンズ(Dub Version)」〜
いい(笑)。こういうみんなが知っている曲をいい針でかけて、みんなで囲むということが本当に大事だと思いますよね。そうすると、やっぱり脳に刻まれるので、もう忘れないじゃないですか。
ここまでくるともう恋すら生まれそうですよね。日本が抱える少子化問題もこれで解決されるんじゃないですかね(笑)。少子化にはやっぱり、オーディオですよ。高揚感をもたらしてくれますね。いや〜、説得力があります。
〜「VM760SLC」で視聴 Kolinda 『ILJU HARAMIA』 収録曲 「Ilju Haramia」〜
民族的なフォーク音楽ですね。いろいろな楽器の音が聴こえてきますし、選曲も幅広くて面白いです。
確かハンガリーだったかな、東欧出身のアーティストの音楽だったと思います。どこで買ったか忘れてしまいましたけど、いつの間にかここにありました(笑)。
今回、オーディオテクニカのVMシリーズをじっくり聴き比べてみましたが、お気に入りのカートリッジは見つかりましたか?
今回聴いたなかで印象に残ったのは、VM520EBのカートリッジでした。VM760SLCはもうモディファイしなくても十分なバランス感覚をもっているのですが、VM520EBやVM530ENはいじりがいがありますね。2つ、3つ買って、それぞれ自分の好きな特徴に寄せた針をつくれば、場所や使用用途などシーンによって使い分けることができますし、楽しさもより広がるのではないでしょうか。
組嶽陽三
1967年、島根県生まれ。「EAD RECORD」店主。ニューヨークへ渡り、Paradise Garageなどのクラブカルチャーを浴びるように体験し、日々レコードを収集する生活を送る。1993年、実兄より古着屋を譲り受けるために帰国すると、しばらく古着屋を継いだのち、1997年に古着屋の屋号を受け継ぐかたちで、レコード屋「EAD RECORD」をオープン。屋号の由来となった「家出」は、現在は「いいアナログディスク」という意味も重ね、ジャンルレスなダンスミュージックを中心としたアナログレコードを取り揃えるほか、リード線などの音響関連機材の開発にも積極的に携わり、理想のステレオサウンドを日々追求している。
Photos:Shintaro Yoshimatsu
Words & Edit:Jun Kuramoto(WATARIGARASU)