DJの長時間ライブ配信を、100パーセント再生可能エネルギーで。
場所は、とある水力発電所の地下室にて。

音楽と“見えない負荷”への指摘

ツアーやフェスをより環境負荷の少ない状態でおこなうために、電源を代替エネルギーへとシフトするのが当たり前になりつつある近年、「アルバムリリースツアーを行わない(あるいは実施回数と開催地を限定的にする)」などの選択をするアーティストも増えている。

また、2020年のコロナ禍以降に加速度的に市民権を得たライブストリーミング(インターネットを介してリアルタイムで動画が送信される)も、オーディエンスの移動がない、ゴミが出ないなどの理由から、サステナブルに音楽を提供する・楽しむ選択と相性がいいとみる向きも。

だが、音楽が物質的なもの(CD販売からフェスまで)からデジタルに移行したところで、ストリーミングとダウンロードによる温室効果ガスの排出量の増加を要因に環境負荷はあがっているとの報告が続いているのも現状*。 ライブストリーミングの増加においては、おもにDJによる “長時間にわたるライブストリーミング” など、パフォーマンスそのものがもたらす環境負荷への指摘もあった。

“見えない負荷”を、どうするのか。 配信時代の音楽業界が抱え続ける課題に、また一つ新たな取り組みを見つけた**。 それは「DJのライブストリーミングを100パーセント再生可能エネルギーで実施する」。 場所は、スコットランドにある水力発電所だ。

*ストリーミング、動画のストリーミング配信においては、より複雑な計算ツールを用いた計測器の利活用、電力供給側の設備改善や再生エネルギーの購入/使用量増加などから、需要に対応するエネルギー効率は改善されているという報告もある。
**実施は2022年3月、取材は同年8月。

“アンダーグラウンド”の最先端ライブストリーム

*実際に配信された映像。

スコットランド最大の水力発電所「クルアチャン(以下、クルアチャン水力発電所、または発電所)」。 ダムを囲むのは壮大な山、空。 ここで、水力発電によって生み出された100パーセント再生可能な電気エネルギーを電源に、1時間にわたるDJのライブストリーミングがおこなわれた。

同プロジェクトは、ロンドン発のクラブミュージックマガジンの『Mixmag』と、STEM*を用いて持続可能性を支援するデジタルムーブメント「Difference Makers」の協働によるもの。 「2030年までに、エレクトロニック音楽業界を “真のサステナブル” に」というコピーを掲げ、Difference MakesrのSTEM知識を活用し、発電所のテクノロジーでの音楽配信を可能にした。

*科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Mathematics)の頭文字をとり、これら分野を総称する言葉。

初回のDJのチョイスも興味深い。 ロンドンを拠点に音楽活動を行っているShy One(シャイ・ワン)は、13歳で活動を開始し、現在(取材当時 2022年8月)はロンドンのオンラインラジオ局「NTS Radio」と「Rinse FM」でDJを務めるが、ITを学んだバックグラウンドをもっている。

「ラジオ局のスタジオや暗いナイトクラブでプレイすることに慣れているので、スコットランド高地の広い空間でプレイすることは、私にとって間違いなく新しいDJ体験です」と、Shy Oneは別の取材で話していた。

「自身の音楽活動を通じて、気候変動やエネルギー危機の問題に取り組む方法を見つけることは、自分にとって重要」。 音楽を世界に向けて垣根なく配信することが当たり前である世代にとっては尚更で「この影響を懸念する人々にとっても、大きく関わります」とも。 同プロジェクトの第一回を終えたDifference Makersの担当者に、コメントを依頼した。

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ライブストリーミングをスコットランドのクルアチャン水力発電所からしていますが、ここを配信場所として選んだ理由は?

いくつか候補にあがった会場を下見しましたが、クルアチャン水力発電所の、自然とテクノロジーが完璧にミックスされたビジュアルがとても有効的だと思ったんです。

MixmagとShy Oneと一緒に実際のストリームをセットアップして試し、DJセットが100パーセント再生可能エネルギーで動くことを確認して、撮影を行いました。

着想から実現まではどのくらいかかったのでしょう。 Shy OneはITのバックグラウンドもありますが、それもあっての人選ですか?

だいたい2ヶ月くらいかかりました。 発電所があいている時間内に終えなければいけなかったので、何事も急ぎながら行いましたよ。 実は、Shy OneがITバックグラウンドをもっていることは最初は知らなかったんです。 私たちはただ彼女の音楽のファンで、一緒に取り組むなら彼女がいいと。

そうでしたか! 撮影は同水力発電所の地下室にDJセットを設置して実施したとのこと。 これまたある種の、というか文字通りの、“アンダーグラウンド”ですね。

Shy Oneもエキサイトしていました! 発電所の管理者と安全性を確認し保護具を着用しましたが、パフォーマンスの本番では(安全確認のもとで)ヘルメットを脱ぐことも許可されました。

配信を終えてオーディエンスからの反応は?

オーディエンスからは素晴らしい反響がありました。 音楽ファンはShyの先進的なセットを楽しんでいましたし。 配信を通して、STEMが気候変動との戦いのために力を発揮できることを実感できたのは嬉しかったですよ。

「2030年までに、エレクトロニック音楽業界を真のサステナブルに」と目標を掲げていますが、今回のプロジェクトからはどんな変化を見込んでいますか。

ストリーミングはライブ音楽を視聴するための身近な方法で、サステナブルな方法のひとつでもあります。 このイベントでライブ音楽とSTEM、そしてサステナビリティがいかに融合できるかを示すことで、人々が音楽を消費する方法を再考できるようにしたいと考えています。

また、ほかの音楽関係者たちが、完全に持続可能なライブ音楽イベントを作るきっかけになればと願っています。

Difference Maker

The Institution of Engineering and Technology(英国工学技術学会)の150周年を記念し、2020年に始動した、STEMを用いて持続可能性を支援するデジタル運動。 エンジニアリングとテクノロジーに対する人々の見方を変え、地球を救うために必要な力であることを証明しようするエンジニアや活動家が参加している。

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Mixmag

1983年にロンドンで創刊された、クラブミュージックに特化したカルチャー雑誌。 創刊から30年にわたり、デジタルメディア、ビデオストリーミング、イベントなどを通じて音楽関連のニュースの最先端を伝えてきた。 現在は世界各国に支部を持つ。

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Words:HEAPS and Ayumi Sugiura
Eyecatch image:Yu Takamichi(HEAPS)

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