1日の仕事終わりに、大切な人と過ごす週末のひとときに、クイッ! と飲んで思わず笑顔。感情を豊かにさせてくれるお酒は、いつの日からか必要不可欠な嗜好品として人々の生活に寄り添っている。その中でお酒を飲みながらいい音楽を聴くということを人々は何世紀も続けているが、音楽を聴いて出来上がるお酒があることをご存知だろうか。
鹿児島県発「田苑酒造」が製造している焼酎は、製造過程にクラシック音楽を聴かせる“音楽仕込み”と呼ばれる手法を取り入れ、焼酎作りの英才教育とでも言わんばかりに美味しいお酒を作っている。とはいえ、「お酒が音楽を聴くって一体どういうこと?」と思う人たちも多いはず。そこで実際に「田苑酒造」を訪ねて、その過程を見学してきた。
鹿児島空港から車で約1時間。焼酎のメッカである鹿児島県の中でも、北西部に位置する薩摩川内市樋脇(ひわき)町に「田苑酒造」はある。車を停めて外へ出ると、製造所の近くを流れる樋脇川の方から鶯の鳴く声が聴こえてきた。人が住む街と自然が無理なく共存している、酒造所の周りはそんな印象だ。
もともと「田苑酒造」は現在とは別の場所にあり、明治23年(1890年)に塔之原天神地区にて「塚田醸造場」としてスタート。焼酎のメッカである南九州で、当時は高い技術が必要となる玄米と黄麹を使用して、玄米焼酎「つかだ」を製造。1902年には薩摩郡焼酎品評会において一等賞を受賞するも、第二次世界対戦が勃発したことにより醸造場はやむをえず一時期休業をすることに。終戦後に、4代目となる塚田定清氏が製造を再開し、更なる焼酎の開発に着手し1979年に「田苑酒造株式会社」と名を改め、現在の場所へ移転してきた。
現在は、酒の醸造場として130年以上培ってきたノウハウをフルに使い、樽、甕、タンクを使いわけ長期貯蔵をメインに、芋、麦、米を原料として焼酎を製造。音楽を聴いて製造される“音楽仕込み”の焼酎は、「塚田醸造場」4代の塚田定清氏が長い年月をかけて研究を重ねた結果、「田苑酒造」のひとつの製造方法として採用され1990年より導入がスタート。現在は、同社のすべての焼酎造りの過程において起用されている。
麹造りからもろみによる発酵、蒸留までを行っている製造棟に足を踏み入れると、もろみが発酵する良い香りとともに工場内に流れるクラシック音楽が聴こえ、黒い装置をつけたタンクが目の前に現れた。
「音楽仕込みは製造過程において、発酵と貯蔵の2段階で行っています。もろみを発酵させる際に音楽を聴かせると、一次仕込みの発酵期間が通常6日かかるところが、5日に短縮されるんですよ。タンクの周りにトランスデューサー(変換器)と呼ばれる、音楽を振動に変える装置を取り付けてクラシック音楽を聴かせているんです」(田苑酒造 鹿児島工場 松下英俊)
製造する機械がひしめき合う工場内で、機械音とともに流れるクラシック音楽を聴いていると、思わず心地よい気分になってくる。発酵している原料と水、そして酵母が入ったタンクに耳を傾けると音がタンク内で鳴り響いているのがわかる。なぜお酒に音楽を聴かせるためにトランスデューサーを使用するのかというと、お酒には動物のように聴覚や大脳はないことから、お酒が理解できる音楽の聴かせ方が必要になり、そこで情報を持つ音楽を振動に変えて届けることにより、お酒が音楽をキャッチすることができるからなのだそうだ。発酵期間が早まるということは、酵母菌が音楽を聴いて活性化している証拠。振動で伝わっているとはいえ、音楽の力は凄いなと感じる。
音楽を聴いて発酵し蒸留までの過程を経たお酒は冷やされ、「田苑酒造」では樽、甕、タンクにて長期を経て貯蔵される。約7割の酒が長期貯蔵酒だが、それ以上に長く貯蔵している原酒もあるそうだ。そして焼酎を作る過程において重要な熟成期間を経て、仕上げの段階で“音楽仕込み”は起用されている。ひんやり感じる適温適度に保たれた貯蔵ルームに足を踏み入れると、ドランスデューサが取り付けられたタンクがズラっと並び、クラシック交響曲が空間に鳴り響いていた。流れていた曲目は「ベートーベン作曲交響曲第6番-田園-」。トランスデューサーを通じて音楽を振動に変え、タンク内にあるアルコールと水の分子へと伝達。再び酒の入ったタンクに耳を当ててみると、タンク内で心地よく音が鳴っているのが聴こえた。その音色は“まろやか”。
「長期貯蔵を経て出来上がった麦焼酎はアルコール度数が42~43度あり、最後に水を入れて25度に調整した後、冷やして濾過します。そして瓶詰め直前の最終仕上げに、音楽を聴かせて仕上げていくんですね。調整しながら焼酎の味を整えていくので、製品によって聴かせる期間は異なります」(田苑酒造 鹿児島工場 松下英俊)
アルコールと水という分子で構成される酒は、音楽の振動に触れることで変化を遂げていく。かつて音楽仕込みに関して実験段階であった時期、音楽仕込みを終えた焼酎を試作で飲んだ人々は、こぞって「美味しい」と判断したそうで、出来上がった酒の風味が、 “音楽仕込み”の効果を証明してくれているのである。音楽から派生する音の振動は、人間だけでなく、微生物から分子まで多くに良い波動を与えているのではないだろうかと「田苑酒造」の焼酎を味わいながら、強く感じざるを得なかった。
ちなみに音楽仕込みで使用される音楽は、さまざまな実験を行なった結果、クラシック音楽が仕込みには良いことが判明。蔵内ではベートーベン、モーツァルト、シューベルト、ワグナーなど30曲以上のクラシック音楽の名曲が流れ、タンクに取り付けられたトランスデューサーを通じて振動として酒に届いている。クラシック音楽は音楽療法でも使用されているけれど、音階やハーモニーを持つ音楽は、我々人間だけでなく、さまざまな場面で癒しや活性化を促進するのであろう。
工場見学を終えた後、江戸時代の酒蔵を利用した「田苑酒造焼酎資料館」にて、“音楽仕込み”の成り立ちを聞いてみた。
「“音楽仕込み”を実現させた4代目の塚田定清さんは、焼酎の開発に関して精力的にいろいろとされてきた方で、子供の頃からピアノを弾いたり、クラシック音楽を聴いたりと音楽好きだったそうです。前身の塚田醸造場から、田苑酒造へと名前が変わったのは1979年なのですが、その時期に塚田定清さんは大蔵省で官僚をしていらして、当時の先輩に、国税庁醸造試験所にて酒類醸造の技術指導、基礎研究に従事されていた西谷尚道さんがおられ、西谷先生にいろいろと焼酎の研究に関して相談されていたそうです。資料館に展示されている塚田定清さんの文庫の隣には、西谷尚道さんの文庫も設置されていますが、“音楽仕込み”に関しては、そこから派生した研究のひとつだったようです」(田苑酒造 研究室室長 武田俊久)
実際に音楽を起用しての熟成効果は、田苑酒造の焼酎だけでなく、日本酒、黒糖焼酎、醤油、味噌、木材など、発酵を伴う製造工程や、住宅建材の熟成乾燥といったさまざまな場面で取り入れられ、今も尚、さまざまな場面において実験が行われているそうだ。
南九州の大地が生み出した伝統のあるお酒に、革新的な手法を取り入れ出来上がった、風味まろやかな「田苑酒造」の“音楽仕込み”焼酎。グッドバイブスな音楽を聴いて仕上がった焼酎を飲んだ後、音楽好きな私たちを待ち受けているのは、もちろんヘヴン。ロックか、水割りか……どのスタイルで楽しむかはあなた次第。好きな音楽を聴きながら美味しいお酒を飲んで、人生を豊かに過ごすのはいかがだろうか。
Photos & Words:Kana Yoshioka