今、世界的な再注目の最中にあるアナログ・レコード。デジタルで得られない音質や大きなジャケットなどその魅力は様々あるが、裏面にプロデューサーやバックミュージシャン、レーベル名を記した「クレジット」もその1つと言えるだろう。
「クレジット」――それは、レコードショップに並ぶ無数のレコードから自分が求める一枚を選ぶための重要な道標。「Credit5」と題した本連載では、蓄積した知識が偶然の出会いを必然へと変える「クレジット買い」体験について、アーティストやDJ、文化人たちが語っていく。あの人が選んだ5枚のレコードを道標に、新しい音楽の旅を始めてみよう。
Akieが考える「アナログ・レコードの魅力」
一度軽く再生するだけで中古品。爪や湿気はもちろん、時には埃でさえ外敵になる、脆い存在。その広い再生周波数も、然るべき環境を整えなくては味わえず、保管ひとつとっても場所をとる。媒体というカテゴリーで観察すれば、レコードが持っている性質の殆どが、他のもので代替可能かもしれません。
ただ時々、音が鳴った途端に体の中がドキドキするような瞬間がある、あの快楽は代わりがきかないな、と思ったりもします。言葉にするのは難しく、だけど確かにあるような、誰かの質に触れるモノって魅力的だと思っています。
Akieが「クレジット買い」した5枚のアナログ・レコード
The New Percussion Group Of Amsterdam, Bill Bruford, Keiko Abe 『Go Between』
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国際的マリンバ奏者の安倍圭子、プログレ界を代表するドラマーのビル・ブルーフォード(Bill Bruford)が並んだクレジットを見て思わず手に取った記憶があります。両氏と打楽器アンサンブル、ザ・ニュー・パーカッショングループ・オブ・アムステルダム(The New Percussion Group Of Amsterdam)による大所帯編成で録音された1987年の作品。そして見逃せないクレジットがもう一つあり、B1「Marimba Spiritual」は日本音楽の巨匠である三木稔が作曲を手がけています。モダンジャズや邦楽が持つプリミティブなムード、ミニマルミュージックやアヴァンギャルドの実験性。どの切り口からも堪能できます。メロディとリズムを巻き込み繊細で大きな波を作る、鍵盤打楽器からこそ成せるサウンド。
Teca & Ricardo 『Caminho Das Águas』
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素敵なジャケットにまず心を奪われますが、ゲートフォールドを開いてみると魅惑のクレジット。ブラジリアンパーカッショニストのナナ・ヴァスコンセロス(Nana Vasconcelos)、そしてジェフ・ギルソン(Jef Gilson)との共作でも知られるフルート奏者クリス・ヘイワード(Chris Hayward)が参加しています。シンガーのテカ・カラザンス(Teca Calazans)とギタリストであるリカルド・ヴィラス(Ricardo Vilas)によるユニットが1975年に発表したセカンドアルバム。ブラジルからフランスへと移住したテカのバックグラウンドの影響でしょうか、情感と温度が結びつくようなMPB*、フレンチ・ブラジリアンサウンドを聴くことができます。ブラジリアン打楽器が疾走するアップテンポナンバーから、しっとり歌い上げるミディアムチューンまで、全編にわたりずっと潮風が吹き抜けているような、独特の涼しさがあります。
*MPB:ブラジル音楽のジャンルのひとつ。Música Popular Brasileira(ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ)の頭文字を取って名づけられた。
日暮し『日暮し2』
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RCサクセションの前身バンド、リメインダーズ・オブ・クローバー(The Remainders of The Clover)のメンバー、武田清一を中心に結成された3人組フォークグループ、日暮しの1973年作品。南こうせつにも楽曲提供を行っていたり、写真だけでは伺えない経歴や長所がメンバー3人分しっかりジャケットに記載されていました。この時代の日本のレコードで時々見かける有り難い仕様だと思います。
そのプロフィールから拝借させていただくと、「詩と曲のバランスを考慮した作曲ができる」というのがまさにという感じがします。虚無にも隣接した侘しさ、誰かを想う心が宿った歌詞。温かく感傷的なメロディ。寂しさにも、温もりにも寄りすぎない。その後ソロでも活躍することになる杉村尚美の純な歌声も、その絶妙なバランスに寄与している気がします。1曲目「花一輪(パート1)」の歌い出しには、それこそ冒頭で述べた体の中がドキドキするような感覚を覚えました。
Beatrix Potter 「The Tale Of Peter Rabbit, The Tale Of Mr. Jeremy Fisher & The Tale Of Two Bad Mice」
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クレジット探しにとりわけ根気がいると個人的に思っているWindham Hill Records(ウィンダム・ヒル・レコード)カタログからの1枚です。まず表面クレジットにピアニストでありコンポーザーのふたり、ライル・メイズ(Lyle Mays)とアート・ランディ(Art Lande)、裏を見るとベーシストのマーク・ジョンソン(Marc Johnson)と名前を発見できます。
ピーターラビットシリーズの中でもECMプレイヤーが集結している1枚。そしてナレーションを務めるのが大女優メリル・ストリープ(Meryl Streep)。子どものための録音物と銘打っている通りに、柔らかな打鍵と運指、耳心地が滑らかな演奏。そこに表情豊かなナレーションが加わり物語が展開していく。しばしばDJツールとしても使用されるナレーション作品ですが、これはしっかりと聴き入ってしまう、コンテンポラリージャズ作品としての楽曲性の高さを有しています。
Michael J. Blood 『As Is』
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アーティスト自体の匿名性が高く、唯一エンジニアだけがクレジットされているレコードというのも謎解きのような魅力があります。今でこそ正体が詳らかにされてきたマンチェスターのマイケル・J・ブラッド(Michael J. Blood)による2022年デビューフルアルバムです。マスタリングを担当しているのが同じくマンチェスターを拠点にする電子音楽ユニット、デムダイク・ステア(Demdike Stare)のマイルズ・ウィッタカー(Miles Whittaker)。もちろん内容の高さや話題性が前提にありますが、そのクレジットも指標にして店に仕入れをし自分自身も購入した思い出深い一枚です。音としても2000年代以降のマンチェスターの流れを汲む、耽美な翳りを帯びたインダストリアルサウンド。そこにNYのソウルやシカゴのマシンバイブス、US系譜のエッセンスが加わりスウィートに聴こえてしまう不思議なアウトプット。ハウスにもテクノにも括れない、ロマンチックなグロテスク。シーンのミュータント的なおもしろさも感じる作品です。
Akie
大阪の中古レコード店 ”raregroove” での約2年の勤務を経て、同じく大阪にある “newtone records” に入店し、現在に至るまでレコードバイヤーを務めている。関西を拠点にDJ活動を開始。現在は東京に拠点を移し活動。バイヤー、DJ共にオールジャンルを扱っている。ブリストルのレーベル〈do you have peace?〉よりミックステープをリリース。
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Edit: Yusuke Ono