今、世界的な再注目の最中にあるアナログ・レコード。デジタルで得られない音質や大きなジャケットなどその魅力は様々あるが、裏面にプロデューサーやバックミュージシャン、レーベル名を記した「クレジット」もその1つと言えるだろう。
「クレジット」――それは、レコードショップに並ぶ無数のレコードから自分が求める一枚を選ぶための重要な道標。「Credit5」と題した本連載では、蓄積した知識が偶然の出会いを必然へと変える「クレジット買い」体験について、アーティストやDJ、文化人たちが語っていく。あの人が選んだ5枚のレコードを道標に、新しい音楽の旅を始めてみよう。
Kaoru Inoueが考える「アナログ・レコードの魅力」
レコードについての最初の記憶は、4〜5歳の頃、母の地元である天城湯ヶ島の祖父母の家に居候していた時に、そこにあったポータブルのレコード・プレイヤーで「黒猫のタンゴ」の7インチを繰り返し聴いていたというものです。レコードはそれしかなかったのか?記憶にあるのはレコードが回っている光景と音に耳を奪われていたことだけで、もしかしたらそのちょっとしたエキゾ初体験に心奪われ、好んでかけていたのかもしれない。いずれにしても、音が鳴る装置としてのレコードを面白がって遊び道具にしていたと思います。
小学校の高学年の頃、ゴダイゴというグループが松本零士原作の「銀河鉄道999」のテーマを歌いヒットしていたのを買ってもらって、少しずつ音楽に興味を持っていったんだと思います。中学に入って間もなく、YMOとの出会いですっかり音楽にハマり始めますが、自分の小遣いで初めて買ったのは、当時カセット・メーカーのCMソングとして一世を風靡していた、山下達郎の「RIDE ON TIME」でした。レコード好きはこのあたりからスタートです。
その後、日英のパンク、ニュー・ウェイブに傾倒し、輸入盤店へ行ったり国内のインディー・レーベルを追いかるようになり、レコードとライブ・ハウス通いにほとんど金を使うようになりましたが、金を持っているわけではないので当時隆盛した貸レコードをかなり利用していた記憶があります。そして、大学時代にDJカルチャーに出会い、自分のいわゆる黒歴史として10代後半に買っていた国内インディーのレコードのほとんどを売却しました(笑)。まあでもレコード好きからDJへは当然、地続きに自然に繋がっている。ちなみにその売却した和インディーものは後々買い戻したり、執念としてDJプレイしたりしたものもあります。
00年代中盤くらいから、DJセットをデジタル化していく過程でレコードをほとんど買わなくなる期間が10年くらいありました。DJが仕事になっていくと、定期的にレコードを売却しないと居住空間がエラいことになっていきますよね。その期間に断捨離思考で思い切って全て処分しようかと考えたこともありましたが、「レコード」というくらいなので、自身にとっても様々な記憶・記録が染み付いていて、そこまでは実行出来ない。あと音楽制作の観点で、レア・グルーヴ〜サンプリング文化に多大な影響を受けていたクチなので、サンプリング待ちのレコードが山ほどあるとか考え始めると、全く処分できない(笑)。
ということで長くなりましたが、処分はしつつも自分にとっての精鋭レコード達は無事引き継ぎながら、いまだによくレコードを買っています。やはり最大の魅力は、リアルのライブラリー性かなと。デジタル・データ化、サブスク化の反動、そして最初の記憶、回る「黒猫のタンゴ」由来のフェティシズム、というのも個人的なものとしてあると思います。
Kaoru Inoueが「クレジット買い」した5枚のアナログ・レコード
Diga Rhythm Band『Diga』
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20代の頃に六本木WAVEという、現在の六本木ヒルズのあたりに存在した大型レコード店の先駆けのようなショップで、先代から引き継いでワールド・ミュージック・コーナーのバイヤーをやっていたのですが、当時のDJのお客さんが興味を持つように、また、自分のDJ用に、サンプリングに使えるように、等々クレジットなどの情報から試しに仕入れて当たれば多めに発注して販売、または自分で購入、というのをよくやっていました。ワールド・コーナーなので民族テイスト、パーカッシヴ、アフリカン、ブラジリアンとかラテンなどが定番、そんな中でも特段オブスキュアで記憶に残るのがこれです。後々になってそれなりにDJクラシック化してますね。
23 Skidoo『Urban Gamelan』
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日英のパンク、ニュー・ウェイブにどハマりしていた10代後半、ドイツのノイバウテン(Einstürzende Neubauten)というバンドが金属製の廃材を集めて、メタル・パーカッションと称して使っていたり、当時よく都内にライブを観に行っていたサディ・サッズ(Sadie Sads)というバンドがやはり使っていたりと、メタル・パーカッションに異様に興味を持っていた頃に出ていたレコードで、リアル・タイムより少し遅れて貸レコード屋のレンタル落ちとして投げ売られていたのを買った覚えがあります。もちろん彼らもこのアルバムで廃材メタルを調整してタイトル通り都市のガムランに見立てるという凄いことをやってのけている。ただ都市ガムランを思い切りやっているのはB面で、A面はエスニックなファンク、ダブ。これがまた強烈で衝撃でした。昔飼っていた猫に小便をかけられて一部変色したジャケも、今や思い出深いです。
Family Of Percussion & Archie Shepp『Here Comes The Family』
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ジャイルス・ピーターソン(Gilles Peterson)が立ち上げたレーベル、Talkin’ Loud(トーキング・ラウド)の初期作で、ガリアーノ(Galliano)のデビュー作の冒頭、本作のタイトル曲が思い切りサンプリングされて出てくるんですが、当時は確かアーチー・シェップ(Archie Shepp)の曲を使っている、くらいしか情報がなくて、少し後になって某ショップのアーチー・シェップのコーナーでこのタイトル、安値で発見して即買いしました。シェップはむしろゲストで、主役はドイツのファミリー・オブ・パーカッション(Family Of Percussion)。ここにもメタル含む様々なパーカッションがクレジットされており、それもやはり決定打で全編良いです。
John Abercrombie『Gateway』
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渋谷にレコード・ショップが密集していた90年代に、新譜を買いによく行っていた某ショップで、ある日大音量でエバーハルト・ウェーバー(Eberhard Weber)の「The Colours Of Chloë」がかかっていて、何これ??と思わず聞いて教えてもらってから、ECMへの興味が一気に芽生えたと思います。その時は店のスタッフに「これはさっき僕が買ってきたやつなので売れないんですけど…」と言われ、CD時代なのですぐCDを買い求めて愛聴してましたが、そのジャケットで使われている絵もヤバいなと。後にそれがエバーハルトの奥様であるマヤ・ウェーバー(Maja Weber)の絵であることを知り、エバーハルト以外で彼女の絵が使われている本作まで辿り着きました。まあこれは一曲目が死ぬほどかっこいいジャズ・ロックというのもありますが。
Various Artists『Amarcord Nino Rota』
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DJカルチャーにどっぷり行くちょっと前に、桑原茂一さんが手がけられていた日本音楽選曲家協会とディクショナリーというフリー・ペーパーに傾倒していた頃、当時大学生で、前衛的な映画と共にフェリーニの作品を好んでいたので、フェリーニ(Federico Fellini)作品の専属作曲家と言っていい、ニノ・ロータ(Nino Rota)に捧げられたコンピで、ハル・ウィルナー(Hal Willner)というプロデューサーとしてちょっと話題になっていた人物による、マニアックなジャズ・ミュージシャンのキュレーションというのが決め手で買いました。これと選曲家協会が記憶の中で被るので、ディクショナリーで紹介されていたのかもしれません。
Kaoru Inoue
井上薫・DJ/音楽家。ギタリストとしてのバンド経験を経て89年Acid Jazzの洗礼と共にDJカルチャーに没入。94年にChari Chari名義で初の楽曲をリリース。以降、本名やその他様々な名義での楽曲リリース、リミックスを国内外のレーベルで手がけ、大小問わずクラブ、屋外レイヴ・パーティー、またその他様々な場でDJとして活動を続けてきた。近年はダンス・ミュージックに限らずジャズ、アンビエント、バレアリック、エクスペリメンタルなど様々な音楽を独自の審美眼で繋いでいくDJスタイルが好評を博している。
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Edit: Yusuke Ono