今、世界的な再注目の最中にあるアナログ・レコード。 デジタルで得られない音質や大きなジャケットなどその魅力は様々あるが、裏面にプロデューサーやバックミュージシャン、レーベル名を記した「クレジット」もその1つと言えるだろう。
「クレジット」――それは、レコードショップに並ぶ無数のレコードから自分が求める一枚を選ぶための重要な道標。 「Credit5」と題した本連載では、蓄積した知識が偶然の出会いを必然へと変える「クレジット買い」体験について、アーティストやDJ、文化人たちが語っていく。 あの人が選んだ5枚のレコードを道標に、新しい音楽の旅を始めてみよう。
haruka nakamuraが考えるアナログ・レコードの魅力
音楽をかけることを「再生」と言いますが、パワーアンプをつけてアナログレコードの盤面に針を落とし、振動を増幅させてスピーカーから鳴らす行為はまさに「再生」と言える気がします。
例えば昔、阿佐ヶ谷のヴィオロンでSPレコードを聴く会にチケットを払って参加した時や、名曲喫茶ライオンなどで爆音のレコード再生と向き合った時はまるでライブを体感しているような、目を閉じると、いにしえの時代の今は亡き演奏者たちが蘇ってそこで弾いているかのような、今もずっと記憶に残っている時間です。
20代前半の頃は僕も、渋谷・宇田川町界隈でレコードを探し求めて歩き回っていた、星の数ほどいた探訪者の1人でした。 Guinness Records、Tribe Records、CISCO、DMR…。 その後、Nujabesこと瀬葉淳さんやCafe Apres-midi(カフェ・アプレミディ)の橋本徹さんと出会って、レコードを人生の傍に置いて大切にしてきた先輩たちの、溢れる情熱、沸る熱量に触れたのです。
瀬葉さんの鎌倉スタジオで、壁一面、天井まである棚にぎっしりと並んだレコードの山を目の当たりにした時は圧倒されました。 その奥の部屋にもまだまだたくさんありましたが、「これでも、かなり少なくなったんだよ」と彼は言っていました。 瀬葉さんはよくライブなどでも「みんなJAZZをやろう、レコードで聴こう!」と語りかけていましたね。
そんな先輩の背中を見て自分の作品も出来るだけレコードで届けられたらと思い、1stアルバムまで遡ってほとんどのアルバムをレコードでもリリースしました。 今は配信の時代かもしれませんが、相対的にアナログなレコードで音楽を楽しんでくれる方もやっぱり増えていて、ジャケットなどを部屋に飾ってくれているInstagramの写真などを見ると、とても嬉しくなりますし、フィジカルのプロダクトをデザイン含めて気持ちを込めた形で制作することを大切にしたいというアナログ的な考えは、変わらず持ち続けたいと思います。
昔は趣味的にDJもしていたので、家でも練習するために2枚使い用のターンテーブルを並べていましたが、今は北海道の暮らしの中でのレコードライフを愉しんでいます。
昔から敬愛して、ライブの音響スピーカーとしても使わせて頂いているTaguchiのスピーカーの音で実に心地よく、1枚ずつゆっくりと、丁寧に鳴らしながら。
Keith Jarrett『The Melody at Night, with You』
クレジットの興味としてはレーベルが「ECM」であったこと。 このアルバムを聴いた時間は、僕にとっては幼少で辞めていたピアノを十数年ぶりに再び弾こうと思うきっかけの1つとなりました。
キースの作品の中では「パリ・コンサート」の1曲目、日付がそのままタイトルになっている40分ほどの即興演奏曲が、おそらく僕が最も繰り返し聴いた曲なのですが、このアルバムはまた特別です。 病後のキースが奥様のために、叙情的なスタンダード・ナンバーだけでピアノソロを自宅録音したという、なんとも味わい深い音。 その音色はアナログ・レコードで聴くに相応しいピアノだと思います。 個人的な想いと共に大切にしている方も多いようで、例えば蔵前にある珈琲店の蕪木など、好きなお店に行くと静かなボリュームで、ずっと、永遠に流れていて、その場をそっと暖かく包んでくれるような、時が止まってしまったかのような、きっといつまでも聴かれ続けるであろう普遍的な音楽。 よーく聴くと、アルバムから受けていた印象よりピアノタッチが特別に繊細というわけでもなく、芯の力強さもあり、静かな音量で聴いてもメロディに込められた慈しみのようなものがしっかりと伝わってくる。 ずっと指針としているピアノです。
Nujabes『Modal Soul』
クレジットの話で言うと発売から20年以上経って、さらに際立ってくる「Reflection Eternal」にはピアノニスト巨勢典子さんの名前があります。
発売当時、HMV渋谷の1階に入ってすぐのコーナーで大々的に展開されていて、試聴機のヘッドホンで聴いて、その場から動けなくなってしまった記憶をよく覚えています。 音楽に衝撃を受けて、立てなくなって座り込むほど長い時間そこで聴いてしまい、迷わず購入し帰宅して夜通し聴き込みました。 特に「Reflection Eternal」という曲は、まさにその頃、20代の前半あたりに、デモ音楽をひたすら制作していた時代に思い描いていた理想的な音楽で、打ちのめされました。 気になっていた巨勢典子さんが弾かれたピアノだということが後になってわかり、今では連絡を取るようになりました。 お互いの作品の感想を伝え合ったり。
幸運にもNujabesさんと音楽を共に制作するという、奇跡的な何年かの時間が訪れてくれて、このアルバム「modal soul」に出会ったことで自分自身の音楽人生は大きく変わったと言えます。 人生において、そのようなアルバムはこの1枚だけです。
Judee Sill『HEART FOOD』
ジュディ・シル(Judee Sill)の音楽と出会った頃、このレコードを探していました。 クレジットに纏わることではなくて申し訳ないけれど、その当時クラムボンがカバーしていて、とても嬉しくなりました。 素敵なカバーだったな。
バッハを思わせる音楽性や聖書的な歌詞と彼女らしいギターやピアノ、そして美しいアレンジで、何度聴いても飽きることなく新しい発見があります。 長い間、聴き続けているアーティストです。 何年か前に「Kiss」という曲をライブでカバーしたこともありました。 美しく流れる彼女のピアノの旋律を耳で追いかけ、紐解いていく作業は実に愉しかった。 対話をしているような。 このアルバムには収録されていないけれど、彼女の歌う「Blackbird」なんかも好きです。
はて、どこで聴いたのだったかな。
Meshell Ndegeoecello『Omnichord Real Book』
故郷・青森で暮らしていた幼少の頃、近所の銭湯の息子と仲良くなり、毎日のようにその銭湯に通い、風呂洗いを手伝ったりしていました。 中学生になり僕はギターで、彼はベースを選びました。 バンドを組んで、放課後に車庫で練習して、夜は銭湯へ。
そして僕は15歳で上京して、彼も高校卒業後に東京へ。
東京でもまたバンドを組んで、毎週、深夜のスタジオ練習。 バイトなどを掛け持ちし、辛い時にはこのミシェル・ンデゲオチェロ(Meshell Ndegeoecello)とクリス・デイヴ(Chris Dave )のセッションライブ映像を繰り返し見て、音楽の素晴らしさを再確認することで、勇気をもらっていたのです。
彼はベーシストとして、ミシェル・ンデゲオチェロをとても敬愛していた。 時が経って酒場で「あなたの青春の音楽は?」と尋ねられた時にミシェルのその動画を見せたら「これのどこが青春なの?」と笑われましたが、紛れもなく僕らには青春の音楽だったわけです。 まあ、伝わらないか。 (笑)
やがて僕らのバンドは解散し、彼は青森に戻りました。 さらに時が経って、僕も北海道へ。 引越し祝いに青森から一枚のレコードが届きました。 それが、このミシェルのアルバムでした。
そういう意味で、クレジットとは言えないけれど、このアルバムには見え隠れする幼馴染の名前があるのです。 僕にとっては。 どこにも書いてないけれど。
青葉市子『アダンの風』
「お、この音は」と、録音された音の質感で聴き分けることが出来るエンジニアさんが葛西敏彦くん。 彼の録音はこのアルバムだけではなく、他の作品でも葛西くんの音だと、わかる気がします。 あたたかいような、風が吹いているような、温度を感じる音です。 偶然にも青森出身の同郷というご縁もあり、北の原風景を共有してるからなのか、イメージする音を言葉で言わずとも共有出来る感覚があり、昔から僕のレコーディングもよく担当して頂いてきました。
制作過程を共にすると、彼が音に真摯に向き合って、ひとつひとつのプロセスを大切にしている様々な姿勢がよく見えます。 アナログなテープレコーダーでレコーディングしようと発案してくれたり。 音のミックスなどでは、こちらの見えていなかった新しい角度の風景を見せてくれたり。 長く信頼しているエンジニアさんです。 このレコードのアルバム発売記念ライブも見届けましたが、その時もライブPAをしている葛西くんの姿を見つつ、感慨深いものがありました。
haruka nakamura
青森出身 / 音楽家
15歳で音楽をするため上京。 2008年1stアルバム「grace」を発表。 それまで主にギターを弾いていたが、2ndアルバム「twilight」以降、ピアノを主体に音楽を作るようになる。 ミュート・ピアノソロアルバム「スティルライフ」「Nujabes Pray Reflections」など、いくつかのオリジナル・アルバムを発表。 最新作は蔦屋書店の音楽を制作するプロジェクト「青い森」で、2023年夏より1年を通して4枚の作品を製作中。 ジャケット写真は全て川内倫子。 THE NORTH FACEとのコラボレーション「Light years」ではカセットテープでリリースするなど話題に。 初期作品からほぼ全てのアルバムが、時を経てもリクエストがありアナログレコード化されるなどして再発売を続けている。
2020年より自主レーベル「灯台」を立ち上げ「灯台通信」で手紙のように自身の言葉を伝える発信を行う。 2022年末に東京都写真美術館で行われた、敬愛する星野道夫の写真展での演奏会「旅をする音楽」は自身にとっても記念すべき公演となった。 北海道にある馬だけが取り残された無人島「ユルリ島」を舞台としたMVや、ナチュラルワイン「BEAU PAYSAGE」とのコラボワイン、画家ミロコマチコとのライブペインティング、minä perhonenのコレクション映像音楽やライブ、写真家・川内倫子、料理家・細川亜衣などとのコラボレーションなど多岐に渡る。 杉本博司「江之浦測候所オープニング特別映像」、国立近代美術館「ガウディとサグラダ・ファミリア展」などの映像音楽を手掛け、NHKスペシャル「サグラダ・ファミリア2023〜ガウディ 100年の謎に迫る〜」、NHK土曜ドラマ「ひきこもり先生」「ひきこもり先生2」、Hulu「息をひそめて」、TVドキュメンタリー「安藤忠雄・次世代へ告ぐ」、TVアニメ「TRIGUN STANPEDE」主題歌、CM任天堂「どうぶつの森」「ポカリスエット」など様々な音楽を担当。
長い間、旅をしながら音楽を続けていたが、2021年より故郷・北国に帰り音楽をしている。
Edit: Ayumi Kaneko