今、世界的な再注目の最中にあるアナログ・レコード。 デジタルで得られない音質や大きなジャケットなどその魅力は様々あるが、裏面にプロデューサーやバックミュージシャン、レーベル名を記した「クレジット」もその1つと言えるだろう。
「クレジット」――それは、レコードショップに並ぶ無数のレコードから自分が求める一枚を選ぶための重要な道標。 「Credit5」と題した本連載では、蓄積した知識が偶然の出会いを必然へと変える「クレジット買い」体験について、アーティストやDJ、文化人たちが語っていく。 あの人が選んだ5枚のレコードを道標に、新しい音楽の旅を始めてみよう。
Tony Higginsが考える「アナログ・レコードの魅力」
実際に触り、見ることができるレコードの物理的な側面が魅力的です。 レコードには永続性がありますが、デジタルにはそれがなく、幻のようなものだと感じます。 特にデジタル音源に反対しているわけでなく、色々と役に立つ面もあります。 しかしレコード盤のスリーブ・アート、インサートや追加コンテンツなどは、デジタルとは比べようもない魅力です。
棚からアナログ盤を見つけてスリーブから取り出し、レコードを眺め、ターンテーブルに置いて頭出しをしたら、ステレオのコントロールを調整する。 そんな儀式的な側面もレコードの魅力です。 レコードがプラッターの上で回転し、トーンアームが横切るのを見ることで、音と真の視覚的なつながりが生まれます。
また、レコードをかけることには社交的な面があって、友人同士で音楽を聴きながらレコードのスリーブを渡して見て、読んでもらえます。 デジタル・ファイルを手渡すことは出来ないですよね。 スリーブ・アートは重要なんです。 レコードは、聴覚、触覚、視覚、嗅覚など多くの感覚を刺激します。 そう、私はレコードの香りも楽しみます。 デジタルではそれはできないです。 いや、まだですが。
Tony Higginsが「クレジット買い」した5枚のアナログ・レコード
レコードに載っているクレジット情報はいつもチェックしています。 そうしなかったら、誰が手掛けたのか知ることが出来ないですよね? レコードによって、特定の演奏家、プロデューサー、レーベル、スタジオまで探し出せるのです。 デジタルではそのような情報は失われがちですが、ミュージシャンやそのサウンドとスタイル、ソングライターやプロデューサー、あるいはそれらの組み合わせがわかるようになると、多くの場合(常にではないけど)スリーブからそのレコードについての手がかりを得ることができます。
楽器編成も手がかりになります。 例えば、フェンダー・ローズのエレクトリック・ピアノとパーカッション、ベースが入った70年代中盤から後半のジャズ・アルバムであり、曲名に「サンバ」や「ダンス」の言葉が入っている場合、幾つかのまともな曲が収録されている可能性が高いです。
Brian Auger’s Oblivion Express 『Second Wind』
このバンドは、ブライアン・オーガー(Brian Auger)が60年代にジュリー・ドリスコル(Julie Driscoll)と組んだ、トリニティ(Trinity)の後に結成したバンドです。 トリニティのアルバムはすべて持っていたので、その後に続くプロジェクトに興味を持っていました。
『Second Wind』は、私が最初に手に入れたオブリビオン・エキスプレス(Oblivion Express)のアルバムです。 ブライアン・オーガーが素晴らしいキーボード奏者であることは既に知っていましたが、オブリビオン・エクスプレスはトリニティとは異なるグループでした。 よりロック感が増していて、ラインナップもまったく違っていました。 そしてそのスリーブには、オーガーのハモンド・オルガンとスピーカーの改造に関する様々な情報が載っていて、興味をそそられました。
参加しているミュージシャンも素晴らしくて、その中で私が最も注目したのはドラマーのロビー・マッキントッシュ(Robbie McIntosh)でした。 彼の名前は、1973年にオブリビオン・エクスプレスを脱退した後に加入したアヴェレージ・ホワイト・バンド(Average White Band)のメンバーとして知りました。 だから彼が素晴らしいドラマーであることは知っていたのです。 同様に、ギタリストのジム・ミューレン(Jim Mullen)も知っている名前でした。 そんな訳で、本作は素晴らしいアルバムだと確信したのです。 それに、エディ・ハリスの曲「Freedom Jazz Dance」のカヴァーも入ってます。 『Second Wind』は、今でも私のお気に入りのジャズ・ロック・フュージョン・アルバムの一枚です。
John Surman / John Warren『Tales Of The Algonquin』
このアルバムは、私が1990年代初頭にブリティッシュ・ジャズにのめり込んでいた頃に手に入れた、自分にとっては2枚目となるジョン・サーマン(John Surman)のアルバムです。
その当時、ブリティッシュ・ジャズの主要なプレイヤー達の名前を覚え始めていた頃で、本作では多くの人たちが参加していたことがクレジットから判明しました。 アラン・スキッドモア(Alan Skidmore)、ジョン・テイラー(John Taylor)、ケニー・ウィーラー(Kenny Wheeler)、ハリー・ベケット(Harry Beckett)などなど。
また、Deramレーベルはマイク・ウェストブルック(Mike Westbrook)のアルバムをリリースしていた、ジャズにとって興味深いレーベルです。 その一方で、サイケ・ポップやプログレも出していたので、このレーベルが面白いことは知っていました。
それから何年も経った2023年に、幸運にもこのアルバムの再発盤をデッカ・ブリティッシュ・ジャズ・エクスプロージョン・シリーズのために監修することができ、プロデューサーのピーター・エデン(Peter Eden)、ジョン・サーマン、そして全曲の作編曲を担当したジョン・ウォーレン(John Warren)のインタビューも行いました。
このアルバムは、当時の最高のブリティッシュ・ジャズを捉えた素晴らしいビッグバンド・ジャズ・アルバムです。 ジョン・ウォーレンは過小評価されている作曲家です。 彼が参加しているアルバムはどれも素晴らしいですよ。
市原宏祐『デパーチャー / イントロデューシング 市原宏祐』
本作は非常にレアなアルバムですが、音楽的にも実に素晴らしいです。 サックス奏者の市原宏祐がフィーチャーされたポスト・モーダル・バップ・アルバムで、伴奏は天才キーボード奏者で作曲家の佐藤允彦がプレイしています。 佐藤が全収録曲の作曲と編曲を担当しているので、その情報だけで面白いセッションであることが分かります。
リズム・セクションは、70年代初期のプログレッシブ・ジャズやジャズ・ロックの名盤の多くに参加している寺川正興がベースを担当。 ドラムにはジョージ大塚が参加しています。 彼もまた、60年代から70年代にかけての日本のジャズ界における重要人物です。
これだけの名前が並んでいるので、素晴らしいアルバムに違いないと察知しました。 そしてその期待は裏切られませんでした。 。 また、ジャケットのアートワークも見てほしいポイントです。 モノクロの写真が実によく撮れており、「これはヘヴィーなレコードだ」と叫んでいるようです。
Miles Davis『In A Silent Way』
音楽自体を変容したレコードです。 もともとこのアルバムはカセットテープで持っていましたが、大学時代に初めてレコードを購入しました。 本作のすべてが高水準であり、信じ難いくらい素晴らしすぎる作品です。 表紙に使用された写真は有名なカメラマンであるリー・フリードランダー(Lee Friedlander)が撮影した物で、それで興味を持ったことを覚えています。 彼は、ジョン・コルトレーン(John Coltrane)のアルバム『Giant Steps』や『My Favourite Things』の写真も撮ったことで知られていたので、それも素晴らしい繋がりでした。
本作に参加したメンバーは、その後の10年間にわたりジャズ・フュージョンの路線図を描いた夢のようなラインアップです。 どのプレイヤーも、マハヴィシュヌ・オーケストラ(Mahavishnu Orchestra)、ウェザー・リポート(Weather Report)、トニー・ウィリアムス・ライフタイム(The Tony Williams Lifetime)、ヘッド・ハンターズ(The Headhunters)、リターン・トゥ・フォーエヴァー(Return to Forever)といった様々なグループで活躍したり、自分のバンドを率いたり、素晴らしい音楽を創り出したりすることになるのですが……それらのゼロ年目、スタートがこのアルバムで、ここですべてがリセットされたのです。 ハービー・ハンコック(Herbie Hancock)、チック・コリア(Chick Corea)、ウェイン・ショーター(Wayne Shorter)、デイヴ・ホーランド(Dave Holland)、ジョー・ザヴィヌル(Joe Zawinul)、ジョン・マクラフリン(John McLaughlin)、トニー・ウィリアムス(Tony Williams)。 極めて刺激的な作品です。
Robert Palmer『Sneakin’ Sally Through The Alley』
ロバート・パーマー(Robert Palmer)のデビュー・ソロLP。 1980年代までは、私は彼の初期のソロ作品を知らず、当時大ヒットしたポップスの曲しか聴いていませんでした。 このアルバムがザ・ミーターズ(The Meters)をバック・バンドに迎えていることに気づいたのは、2000年代半ばになってからでした。 それだけでなく、アレン・トゥーサン(Allen Toussaint)が書いた楽曲もあり、それならチェックする価値があると思いました。 その上、このLPはそれほど高くないのです。
アルバムのエンディング・トラック「Through It All There’s You」はサイケデリックに近い、スローでファンキーなジャムです。 何度かDJでかけたことがあります。 ある日プレイした時にDJスピナ(DJ Spinna)がこの曲は何だと聞いてきたこともあります。 超お薦め盤です。
Tony Higgins
音楽/アーティスト/マネージメント、音楽プレス、プロモーションのバックグラウンドを持つトニーは、2018年以来、共同監修者である友人、マイク・ペデンと共に、既に高い評価を得ている、70年代から80年代にかけて出ていた日本のジャズのレア音源を集めたコンピレーションとアルバム・シリーズ「J Jazz」を監修して、UKを代表するディスコ/ジャズ/ファンク・レーベルBBEと緊密に協力し、再発してます。 これまでに4枚のコンピレーションと19枚のリイシュー・アルバムをリリースし、今後も続々とリリース予定があります。 近日発売の書籍『J Jazz: Free and Modern Jazz Albums from Japan 1954-1988』は400ページの大判フル・カラーのディスク・ガイドであり、日本で作られた最も影響力のある貴重なジャズ・レコード500枚を紹介しています。
トニーのレコード・コレクションは40年以上に渡り蓄積され、ジャズ、ファンク、ソウル、レゲエ、ラテン、ディスコ、ヒップホップ、ハウス、そしてサイケ、ロック、フォーク、ポップスまで網羅しています。 また、1930年代から1950年代にかけてのジャンプ・ブルース、ブラック・ロックンロール、ブルース、ジャズの78シェラック盤を収集し、DJとしても活動しています。
Edit:原 雅明 / Masaaki Hara
Translate: Ken Hidaka