NYを拠点に、世界各地のシーンを独自取材して発信するカルチャージャーナリズムのメディア『HEAPS Magazine(ヒープスマガジン)』が、Always Listening読者の皆さまへ音楽にまつわるユニークな情報をお届けします。
最近もっとも話題をさらった音楽関連のニュースの一つは、第67回グラミー賞で達成されたビヨンセ(Beyoncé)の快挙だろう。2月2日、米国ロサンゼルスで開催された同授賞式において、彼女のアルバム『Cowboy Cater』は年間最優秀アルバム賞を獲得。ビヨンセ自身、初の受賞だ(これまで99回のノミネートと32回の受賞歴だが主要部門では初)。そして、最優秀カントリー・アルバム賞も受賞。黒人女性の受賞はこれが初となった。昨年は近年において「カントリー」という音楽ジャンルが人の口端に上った年だった。インディーミュージシャン等も、近年こぞってカントリーを楽曲やアルバムに取り入れている。
いろんな意味で話題に。カントリーはだれのもの?
カントリーミュージックの “突然の大浮上” は、日本においても例外ではなかったはず。2024年3月、東京・渋谷のタワーレコードで予告なしに開催されたサイン会によって、想定以上の話題をさらった「ビヨンセ来日」。この時、彼女が携えたニューアルバムこそ『Cowboy Cater』だった。同アルバムに先駆けてリリースされたシングル『TEXUS HOLD‘EM』はビルボードのカントリー・チャートで初登場1位となり、その後、黒人女性としては初の快挙となる連続首位を記録していた。

米国では今回のグラミー受賞がさらなる拍車をかけ、カントリーミュージックの話題は絶えない。これより遡る2016年、ビヨンセは自身のアルバム『Lemonade』に収録したカントリーのジャンルである「Daddy Lessons」をカントリー・ミュージック・アワードのステージで披露したが、白人のカントリーミュージックファンからブーイングを受けている。『TEXUS HOLD‘EM』は、カントリーを流す一部のラジオ局からは音源の配信を拒否されるといった出来事もあった。
カントリーを「白人の音楽」と考えるリスナーが多いこともあり、その歴史的背景を含めて「カントリーは一体、誰のものなのか?」が大きな論点となっている…と、いろいろあるが、今回はまず「ジャンルについての成り立ち」と「カントリー再燃まで」をみていきたい。
カントリー?ブルース?フォーク?…ん、ウェスタンも?
カントリーとブルースは同じルーツを共有している。フォークは、基本的にはカントリーの親ジャンルっぽい位置付け。カントリーはフォークの一形態だが、フォーク=カントリーとは限らない。フォークは地方性・地域性の強さ、また時代によっては政治的なメッセージを強めている楽曲も多いことからも、わけて認識したほうがよい。
いまカントリーとされているものの成り立ちには、2つの大きな要素がある。どちらも「労働を通して生まれた歌」だ。
1つは、19世紀のイギリス産業革命による綿花需要の拡大の影響で、特に米国南部のプランテーション農業に黒人奴隷が使役されており、その過酷な労働環境のなかで生まれた、祈り・歌・踊りの文化だ。主な楽器は西アフリカに由来するバンジョー。労働歌であるワークソング、讃美歌のスピリチュアルズなどは「プランテーションソング」といわれる。ワークソングのうち、一人の労働者または集団によって即興で多われるフィールド・ハラー(農園の叫び)は、後にブルースとして発展していく。
もう1つは、スコットランド、アイルランド、イングランドからの、米国のアパラチア地方*の山脈への入植民による歌の文化。スコットランド民謡やアイルランド民謡、フィドル(バイオリン)を使った伝統音楽が持ち込まれた。これらは「アパラチアン・ミュージック」「マウンテン・ミュージック」と呼ばれる(ここに東欧の移民が持ち込んだヨーデルなどの要素も融合していく)。開拓者たちの過酷な労働や生活を歌った。
これらが山岳地で融合。また、19世紀中盤にはバンジョー、バイオリン、打楽器などを携えた劇団ミンストレル・ショーが誕生。当時の黒人たちの境遇などをテーマに白人等が演じた**ことで、音楽が広く届くようになるが、奴隷制度解放後には歌の内容が書きかえられ、アフリカン・アメリカンの存在がなくなり、白人中心の民謡になっていったことも、後のカントリー=白人に大きく寄与していく。

融合した音楽が異なるジャンルを決定的に二分したのはレコード会社の施策だ。いわゆるレイス(人種)コードとよばれるもので、かなり省略し端的にいえば、黒人が歌い黒人に届けるものが「ブルース(フォークブルース)」、白人が歌うものを「カントリー」***とした。つまりブルース、フォーク、カントリーとは、「音楽をどう区別するか・打ち出すか・誰に届けるか」という、音楽ビジネスのマーケティングによって分けられてきたジャンルであるといえよう。
今回のビヨンセの快挙は、語られてきていないカントリーミュージックの背景にあった黒人たちの存在を知らせることにも大きく寄与しており、その点でも評価されている。
もう1つ混同されがちなのがウェスタン。ウェスタン&カントリーなどのジャンル表記も多く、またラジオ局でも併せて取り扱われることも多いので、無理はない。ウェスタンミュージックはカントリーミュージックの一種とされるが、厳密にはそこにアメリカ西部・カナダ西部の「高原の労働者」の要素があることから、明確には別、とする見方も多い。
*テネシー州・サウスウェスト・バージニア州にあるアパラチア山脈
**黒人に対する差別的な内容が多分に含まれたものだった
***カントリーミュージックとは1940年代以降の呼び方で、もとはヒルビリーというジャンル名
再注目。ワーナーレコードのCEO「いまはカントリーの時代」
ふう…ジャンルの話だけでなんとも長くなったが。では、なぜ、いま、カントリーミュージックの人気が再燃しているのか。
そういえば昨年、音楽フェス「コーチェラ」よりも、カントリーフェスティバル「ステージコーチ」の方が先にチケットを完売したことが話題になった。とまあ規模も3対1なので単純に比較するのはやや乱暴な気もするが、8万5千枚のチケット完売は同カントリーフェスの新記録として注目された。
これに限らず人気カントリーミュージックのアーティストのライブの売れ行きがだいぶいいと報告されている。ワーナーレコーズ所属のアーティストには、数年前には1,200人のキャパで演奏していたが、現在は6万5,000人のスタジアムで連夜満員となる公演をおこなうアーティストもおり、同社のCEOであるアーロン・ベイシャック(Aaron Bay-Schuck)氏は「いまはカントリーミュージックの時代だ」と述べている。
カントリー人気の急増には、カントリーファンがストリーミングという音楽フォーマットを受け入れたことも大きな要因だとされる。もともと、カントリーはリスナーの年齢層が高めであり、ラジオやCDを好んでいたが、フォーマットの拡大で若いリスナーが増加しつつ、また比例して若手カントリーシンガーが力を伸ばしている。なかには過去5年で700%もカントリーミュージックのストリーミングが増加したエリアもあるほど。
そして、近年、もともとはカントリーミュージックのジャンルではなかったアーティストたちの多くが、カントリーの要素を取り入れ、他のジャンルとのクロスオーバーが継続的に起きていることも大きい。
2000年代からの、いわゆる近年のフォークの流れもざっとみてみよう。
2000年代
ここで生まれたのが「ブロ(Bro)・カントリー」というサブジャンル。男らしさをテーマにした楽曲が流行し、歌詞には「トラック」「ジーンズ」「ビール」「ガールズ」などの言葉が頻出。もともとカントリーは、農村・田舎といったものをテーマにしていたが、ここで一気に現代化したといえる。代表的なアーティストはフロリダ・ジョージア・ライン(Florida George Line)、トーマス・レット(Thomas Rhett)で、ポップやEDMの影響を取り入れて新しい方向性を示している。特にフロリダ・ジョージア・ラインeは、黒人ラッパーのネリー(Nelly)とコラボした楽曲『Cruise』を発表。広い音楽ファン層にアピールした。
黒人のカントリー・シンガーも登場する。ダリアス・ラッカー(Darius Rucker)は、90年代後半に人気を博したロックバンド、フーティー・アンド・ザ・ブロウフィッシュ(Hootie & the Blowfish)の活動休止後に、ソロでカントリーミュージックのアルバム『Learn to Live』をリリースした。
そして、あの人の登場。テイラー・スウィフト(Taylor Swift、今回のグラミー賞でもビヨンセへのお祝いスピーチをしましたね)。2007年に、カントリーの天才的な歌い手としてデビュー(後にポップスへ転向)。

2010年代
ここで一度、揺り戻しも。60年代、70年代のような “リアルなカントリーミュージック” が戻ってくる。先ほどあげた新しい歌詞のワードなどはこぞって消えた。
新しいスター、ザック・ブライアン(Zach Bryan)の登場はカントリーの再評価にも繋がった。リスナーから共感を得るような素朴な楽曲をリリースし、そこに続くように新しいカントリーミュージックのアーティストが登場していく。
2012年には、テイラー・スウィフトの『We Are Never Ever Getting Back Together』が大ヒット。カントリーとポップの境界を越える曲もいくつか存在し、全米チャート(Billboard Hot 100)で1位を獲得。カントリー・チャートでもほぼ10週間1位を維持して話題になった。
2018年には、先述のフロリダ・ジョージア・ラインとポップシンガー、ビービー・レクサ(Bebe Rexha)のデュエットソング『Mea n to Be』が大ヒット。これは、カントリー、ポップ、R&Bの境界を大きく曖昧にしたとされる。グラミー賞の最優秀賞カントリー・デュオ/グループ・パフォーマンス賞にもノミネートされた(カントリー音楽かどうかについては議論に)
2020年代
30年ぶりのカントリーブームが本格的にやってきた2020年。先述のザック・ブライアンやオリバー・アンソニー(Oliver Anthony)の成功に触発されて、ビヨンセやラナ・デル・レイ(Lana Del Rey)、ポスト・マローン(Post Malone)などのポップアーティストがカントリーミュージックをリリースしていく。
昨年2024年には、カントリーを取り入れたポップシングルが数多くヒットしている。ポスト・マローン(Post Malone)とモーガン・ウォーレン(Morgan Wallen)のコラボ曲『I Had Some Help』、ダーシャ(Dasha)『Austin (Boots Stop Workin’)』、ノア・カーン(Noah Kahan)『Stick Season』、ビヨンセ『Texas Hold ’Em』などが代表的だ。


インディーシーンでも
有名アーティストだけでなく、インディーミュージシャンにもカントリーを取り入れているアーティストは少なくない。
インディーロックシンガーとして絶大な人気を誇るミツキ(MITSKI)が2023年にリリースしたアルバム『The Land Is Inhospitable and So Are We』は、それまでのインディーロックや宇宙的なシンセサイザーとは一転し、カントリーだった。彼女自身「最もアメリカ的なアルバム」「新しい方向性」とし、業界とリスナーいずれからも非常に高い評価を受けている。

時系列が前後するが、他にもオルタナティブ/インディーシンガーのエンジェル・オルセン(Angel Olsen)。オルタナティブ、フォーク、ロック、ポップ、サイケデリアなどのジャンルを探求してきた彼女は、6作目となるアルバム『Big Time』(2022)でカントリーの要素を取り入れている。自身のセクシュアリティの公表や両親の死を経験する中で、カントリーというジャンルこそ最もふさわしい表現方法だとしている。
インディロックグループのボーイジーニアス(boygenius)*は、米カントリーミュージックバンド、ザ・チックス(The Chicks)の『Cowboy Take Me Away』(1999)を2018年にカバー。オリジナルの情熱的で明るい雰囲気とは異なり、静かでメランコリックなアレンジが施されたバージョンとして大きな人気を集めた。
*デビューアルバムで第66回グラミー賞6部門ノミネートされた大注目のバンドだが、2024年2月より活動休止中。

もともと盤石。エルヴィス・プレスリーやマイケル・ジャクソンをもうわまわる
あくまで、カントリーミュージックの注目すべき動向は “再燃” だ。米国内の音楽市場では、ずっと不動の支持と経済的な影響力をもっている。音楽リスナーを対象にしたジャンル別の消費傾向調査(2024)では、ロック(43%)、アーバン(ヒップホップ、R&B等)、ポップ(37%)、カントリー(37%)だ。カントリー歌手で最も稼ぐといわれるガース・ブルックス(Garth Brooks)のアルバム総販売数は1億4,800万枚で、これはエルヴィス・プレスリー(Elvis Presley)やマイケル・ジャクソン(Michael Jackson)のそれをうわまわる。
なんせ国の音楽であり根強いファン層がいるので、人気が続いていることは米国のリスナーからすれば「そりゃそう」なのかもしれないが、新しい大きい流れとしては次の2つが見てとれる。「カントリーと他ジャンルとの融合」「カントリーというジャンルによるアーティストの進化」だろう(それによって古参との間で物議を醸し続けているわけでもあるが…)。アメリカにおける音楽のあらゆるジャンルのルーツがそこにあるとすれば、いま、原点回帰やルーツ回帰の流れからすればなんら不自然ではない。強調したいのは、ただの回帰ではなく、カントリーミュージックというジャンル自体が進化しているという点。そして、カントリーミュージックを通してさまざまなアーティストがあらたな方向性にチャレンジし、新しい解釈と表現を生み出している点だ。歴史的な背景の見直しもあいまって、これからどんな楽曲が登場するのか引き続きみていきたい。
※カントリーの成り立ちや派生の仕方については読み解き方で違いがでます。今回は複数の、信頼性の高い海外大手紙/米国教育機関/図書館などの公的機関の公式サイトの情報を複数参照し、対照しています。
Words:HEAPS