アンティークの照明や陶器、作者不明のアートピース、100年モノの塩壺……。
時代も生まれた国もバラバラなそれらの個体に「音楽を鳴らす」という新たな役目を与えるべく改造は行われた。 限りなくアート作品に近いこれらのスピーカーがユーザーに与えるのは、ハイエンドシステムの世界とは真逆の体験である。
「すべての音楽がフラットに綺麗に鳴るスピーカーではなくて、筐体が辿ってきた歴史に思いを巡らせて、そのスピーカーにしかないツボを探すように音楽をかけたくなる。 そういう “偏り” のようなものと一緒に音楽を楽しむ体験がこの “OBJECT” でやりたかったことなんです」
そう語るのは、この奇天烈なスピーカー “OBJECT” の制作者であるSAMPO Inc.の村上大陸(りく)さんだ。
現在、balance nakameguroで開催中の「Cosmic Domain」は、山梨県北杜市を拠点に活動する移動式ライフ建築コレクティブSAMPO Inc.と祐天寺のヴィンテージセレクトショップSEIN(セイン)によるプロダクト “OBJECT” の展示会である。
SEINが集めてきた癖のあるアンティークアイテムを、SAMPOのメンバーたちがスピーカーに改造する。 セラミックに穴を空けたり、土壺の内側のデコボコを削ってなめらかにしたりした後に、ユニットを組み込んでサウンドチェックを繰り返す。 そうするうちに、一点もののスピーカーは独特な響き方をしはじめる。 大陸さんいわく「アイテムが持つ歴史が音のなかに現れるようになる」のだそうだ。
「ここに展示されているスピーカーの材料として使われているのは、例えば1970年代のユーゴスラビアの照明や、作者不明のフランスのアートピース、明治時代の長野県の寒天屋で使われていたらしいニガリの壺など。 それぞれが永い時を経てここに流れついたんだと思うと、それらをスピーカーに改造するという行為は彼らにとって一種の “進化” なんじゃないかと思えてくるんですよね。 役目を終えたはずのものが、音を鳴らすことで自分の歴史を語り、個性を表現し始めるんですから。
実際、フランスで作られた陶器を使ったスピーカーにはフランスの音楽が、日本の土を使った壺のスピーカーには日本の音楽が合うんですよ。 そういう合わせ方って食やお酒では当たり前にやりますけど、スピーカーでもそういう楽しみ方があってもいいかなって」
大陸さんの原体験になっているのは、かつて小型ラジオで聴いたヒット曲や商店街のスピーカーから流れるBGMのようなもののなかにある言葉では表現しづらい良さ。 小型のBluetoothスピーカーでもリッチなサウンドが鳴らせる現代だからこそ、ウェルメイドじゃない響かせ方を求める気持ちが強くなっていったのだという。 そんな衝動と、古物を加工し分解するなかで発見する歴史への憧憬が結びついたことで、OBJECTという魅惑的なプロダクトが生まれた。
展示会場は工房も併設しており、会期中も新作をつくり続けているのだとか。 ふらっと覗きにいけば、一心不乱にアンティークや小道具と格闘している彼らの姿を見ることができるはずだ。
5/28には展示しているすべてのスピーカーを鳴らすDJパーティーも開催される。 普通の音響体験では飽き足らなくなった人は、ぜひ中目黒へ。
Cosmic Domain
会期:2023年5月19日(金)〜5月29日(日)
場所:balance nakameguro(東京都目黒区青葉台1丁目15-1 AK-1ビル B1F)
営業時間:14:00-21:00/祝日は12:00-21:00
Photos:Keisuke Tanigawa
Words:Kunihiro Miki