カートリッジの針先(スタイラス)はレコードの音を読み込む重要なパーツ。 その素材、そして針先が繋がるカンチレバーの種類によっても、音質は大きく変化します。 今回はその材質ごとの音の違いについて、オーディオライターの炭山アキラさんに解説していただきました。
スタイラスの先端の形状とその特徴についての解説はこちら:音を奏でるダイヤモンド。カートリッジの針先、スタイラス【前編】〜オーディオライターのレコード講座〜
硬さか、重量か。 針先の素材と音の伝わり方
丸針と楕円針には全体がダイヤモンドでできた無垢針と、チタン製円柱の先端へ微細なダイヤを埋めた接合針があります。 音溝へ接するのは接合針でもダイヤの面ですから、大きな違いはなさそうに思われがちですが、聴き比べると結構大きな音の違いがあって驚かされます。 接合針の方が何となく音が生気に欠け、やや乱雑な感じになってしまうことが多いのですね。
なぜそういうことになってしまうのか。 ダイヤモンドという素材はご存じの通り世界で最も硬い物質で、チタンも金属の中では硬い素材ですがやはりダイヤにはかないません。 同時に、音の伝わる速度もダイヤが圧倒的に速く、これが音質差となって耳へ届くものと考えられます。
また、ダイヤに比べてチタンの比重が高い、即ち針先として重いという要素も見逃せません。 肉眼で見えるかどうかという大きさですから、実際の重量は微々たるものですが、やはり振動する片持ちの棒(カンチレバー)の先端にある物体が重いと、どうしても動作に影響を与えてしまうのです。
針先のカタチはエンジニアのこだわりの現れ?
無垢針には円柱形と角柱形の針先があります。 マイクロリニア針などでは、正方形断面の角柱からさらに角を落とした八角形断面の角柱が用いられています。 角柱の方がより高価なカートリッジへ用いられる傾向がありますが、円柱が素材として劣っているというわけではなく、カートリッジの開発エンジニアがそれぞれの針先をどう活用したいかで選択している、ということではないかと推測しています。
角柱の針先には、さらに正方形断面と長方形断面があり、また長方形断面の場合、短辺を前にするか長辺を前にするかでまた設計方針が変わります。 長方形断面の方が正方形よりさらに軽くできる半面、どちらを長辺にするかによって縦方向か横方向かどちらかの踏ん張りが利きにくくなる傾向があります。 そのあたりをどういう塩梅で利用するか、カートリッジ開発エンジニアの腕の見せどころなのでしょうね。
ご存じの人も多いと思いますが、オーディオテクニカのVM型カートリッジには、交換針を替えることで同じボディを使いながら数多くの針先を試すことができる製品群があります。 最初の方で少し話題に挙げたVMシリーズとAT-VM95シリーズです。
特にAT-VM95EやAT-VM95Cはオーディオテクニカの多くのプレーヤーに純正装着されていますから、もし当該の製品をお持ちだったら、ぜひともいくつか交換針を用意して、その日の気分で取り替えて楽しんでみて下さい。 レコードの愉しみが大きく広がることは請け合いですよ。
アルミ合金、ボロン、ダイヤモンド。 カンチレバーの素材の違い
カンチレバーにも、カートリッジと同じようにいろいろな種類の材質や形状があります。 最も一般的に用いられるのはアルミ合金ですが、一口にアルミ合金といっても混ぜ合わせる金属の種類やその配合によって膨大な種類があり、その中から錆びにくい種類を中心に、素材が選ばれていきます。 例えば硬いと音がシャッキリする半面共振が大きくうるさい音になりがちだし、柔らかいとノイズっぽさは消せても音に芯がなくなりがち、ということになりますから、難しいものですね。
他によく用いられる素材というと、ボロンがあります。 とても硬く音の伝わる速度が速い優れた素材ですが、陶磁器に近い物性の素材なので、加工が難しく折れやすいというのが難点です。 それを乗り越え、あえて高級カートリッジに採用されるのだから、それだけ優れた素質を持つ素材ということがいえるでしょう。 オーディオテクニカではAT-OC9XMLから上級の大半のカートリッジに使われています。
他にもカーボンや木材、ステンレス、ベリリウムなど、さまざまな素材のカンチレバーがありますが、中でも最高の特性を持つものは、やはりダイヤモンドです。 アナログの全盛期、カンチレバーにダイヤを採用する高級カートリッジが結構な数ありました。 オーディオテクニカでも、1981年登場のAT1000がそうでしたね。
ダイヤモンド製のカンチレバーを採用したカートリッジは、一時はほとんど見られなくなっていましたが、2022年に突如としていくつもの社から登場してきて驚いたものです。 オーディオテクニカからはAT-MC2022という限定モデルが登場していますよ。
Words:Akira Sumiyama