レコードの繊細な音溝から芳醇な音楽を読み取っているのは、カートリッジの針先(スタイラス)です。 その先端の形状によって、再生される音色は大幅に変化します。 スタイラスの種類とそれぞれの特徴について、オーディオライターの炭山アキラさんに解説していただきました。
丸針、楕円針、”超”楕円針
現代のレコード用スタイラスで最も基本となる形状は、先端が円錐形となっている「丸針」で、円錐の先端は球形に研磨されており、球の半径は0.7milが主流です。 mil(ミル)という単位は、日本ではレコード針くらいでしか見かけることはほとんどありませんが、1milが1/1000インチ=0.0254mmですから、0.7milは0.02mm弱となります。
一方、SP盤を楽しもうとすると、0.7milの針先では細すぎて役に立ちません。 一般的には、3mil(約0.08mm)の曲率で研磨された専用の針先を用います。 オーディオテクニカにもVMシリーズとAT-VM95シリーズにSP対応の製品が用意されています。
レコード針の先端形状には、いろいろなものがあります。 いずれも円錐形の丸針よりも音溝との追従性を良くすることで、音楽を忠実に再現するため開発されたものです。
丸針を除いて、最も普及しているのが「楕円針」と呼ばれるものです。 針先の先端を前から見た方が平たい形の楕円に研磨することで、音溝と針先が接触する面積を大きくし、より安定した音楽再生を目指したものです。
丸針に比べると、楕円針は概して高音方向へよく伸びた周波数特性を示すことが多く、「より現代的な音」という評価が下されることもあります。 一方、丸針に比べるといくらか早めに針先が摩耗してしまう傾向もあり、注意が必要です。
楕円針をより突き詰めた格好の「超楕円針」と呼ばれるものも、過去にはありました。 一般的な楕円針よりもさらに平たい楕円断面に研磨した針先で、楕円針よりも一段と伸びやかで解像度の高い音が再生できた半面、寿命が短くなってしまう傾向も進みがちで、大きく普及する前に次世代の針先が登場しました。
ラインコンタクト針のいろいろ
その次世代針先というのは、一般に「ラインコンタクト針」と呼ばれるものです。 ラインコンタクト針は非常に複雑な形状に針先を研磨することで、音溝へ大きな筋状に接することを可能としています。 そのおかげで音溝からさらに忠実な音楽信号を読み取ることができるようになり、また接触面積が増えることで単位面積当たりの針先への負担が軽くなり、寿命を大幅に伸ばすことも可能になっています。
ラインコンタクト針といっても非常にたくさんの種類があり、オーディオテクニカで採用されているだけでも3種類を数えることができます。
オーディオテクニカのカートリッジに、最も広く用いられているラインコンタクト針は「マイクロリニア(ML)針」で、半世紀ほども前に日本で開発されたものです。 音は高域方向へさらに伸び、全体に俊敏で目覚ましい音楽表現と、針の穴を通すような高解像度が持ち味です。
最近よく用いられるようになったラインコンタクト針に、「シバタ針」があります。 名前から分かるように、日本の柴田憲男さんというエンジニアが開発した針先形状です。 歴史は意外と古く、1970年代に日本オーディオ各社から4チャンネル・ステレオが発表された頃、方式によっては40kHzまで再現できないと正しい4ch再生ができなかったことから、高域を伸ばすことを狙って開発された針先です。
現代のカートリッジに用いられているシバタ針は当時のものから開発が進み、一段と再生帯域が広く高解像度になっていますが、面白いのは聴感上低域がドスッと太く、力強く聴こえることです。 高域を伸ばすために開発された針先なのに、その副産物として低域のパワーが出てきたのですから、レコード再生って面白いものですね。
オーディオテクニカのカートリッジに採用されているラインコンタクト針にはもう一つ、その名も「特殊ラインコンタクト針」があります。 これについてはあまり詳細が発表されていないのですが、私が音を聴いた限りでは飛び離れて情報量が多く、どっしり安定したステージの上で生きいきと身を翻すような音楽が展開する、思わず音楽の世界へ引き込まれて抜け出せなくなるような音です。 他の針先に比べると高価なのが玉に瑕ですが、これだけの音楽再生が可能になるのなら、十二分に値打ちがあるなと感じることのできた試聴でした。
オーディオテクニカ以外の社が採用しているラインコンタクト針も、結構な数が存在しています。 「フリッツ・ガイガー」、「ヴァン・デン・ハル」、「レプリカント」、「SAS」などなど、それぞれに音質的な特徴を持つ、面白くて深い世界です。
それでは、ラインコンタクト以外の針でレコードの音は万全に楽しめないのでしょうか。 いえいえ、決してそんなことはありません。 ごく普通の丸針だって、例えばロックを図太く活発に鳴らすにはむしろ向いているといってよいものですし、ステレオ初期のジャズにはむしろ、積極的に丸針を選びたくなることも多いものです。
楕円針はある種、今となっては “偉大なる中庸” の風格が漂うように、私は感じています。 古今東西のあらゆるレコードへ、1本で最も対応させやすいのは、楕円針ではないでしょうか。
それらに対してラインコンタクト針は、レコードのクオリティが高いほど、そして情報量が多いほど、その持ち味を存分に発揮してくれます。 私たちのようなオーディオマニアにとって、なくてはならない相棒といえる針先です。
しかし、ラインコンタクト針は他にない注意点もあります。 あまりにも効率的に音溝へ接するため、音溝の奥へ溜まった微細な埃を掻き出してしまう傾向があり、針先が汚れやすいのです。 せめて片面を再生し終えたら、粘着式のスタイラス・クリーナー(オーディオテクニカならAT617a)で針先をきれいにしてやりましょう。
針先のお掃除の方法はこちらの記事をご参考ください
Words:Akira Sumiyama