素晴らしいサウンドを提供するリスニング・バーとして、必ず名前が挙がるのがSHeLTeRだ。 その評判はいまでは海外にも広まっている。 日本のジャズ喫茶などにインスパイアされた、良いサウンドでじっくりと音楽を聴くというスタイルは海外のリスナーも虜にしているが、SHeLTeRはそのメッカと位置付けられている。
クラブやDJバーの集まる都心からは少し離れた東京都八王子市で、SHeLTeRは1989年のオープン以来、独自の上質なサウンド空間を作り上げ、落ち着いた雰囲気と提供される良質なお酒も、多くの人を魅了してきた。 いまもサウンドのアップデートに余念のないSHeLTeRのオーナー、野嶌義男氏に、そのこだわりの機材について話を伺った。 38cmコーン型ウーファーとホーン型ミッドレンジを搭載したJBLの大型スピーカーシステム、EVEREST DD55000がSHeLTeRの顔だ。 独自の改造を施したこのスピーカーを中心に、SHeLTeRのサウンドを支える機材や環境、その変遷についても詳しく語っていただいた。
できる限り良い音で
SHeLTeRはスタートした当初から、現在のようなリスニング・バーのコンセプトだったのでしょうか?
今のリスニングに近いかもしれないですね。 結構かかっていたのはロックでしたが、でも雑多な感じでいろいろやってました。 月に1回か2回ぐらいしかパーティはなかったんですよ。 パーティといっても、いろいろかかるオールジャンルですね。 あとは、ほとんどバー営業でした。
良い音で聴かせるということも当初からですか?
そうですね。 システムは全然違うんですけど、できる限り良い音で、というのはありました。
都心から少し離れていることで、違うスタンスを維持したいということもあったのでしょうか?
実際、その当時から、都心から来てくれるお客さんも多かったんです。 せっかく来てくれてるから、本当に楽しんで帰ってもらうには、ちゃんと音を聴かせることだと思ったんですね。 それで、あまり都心のクラブではやってないようなことをやり始めてみたんです。
そもそも音響関係に興味はありましたか?
ないっていうわけでもないんですけど、音の方でいま一緒に手伝ってくれてる溝口(卓也)が来てくれるようになって、そこからですね。 のめり込んだのは。
それはいつ頃ですか?
20年ぐらい前になりますね。 彼が「本当にこんな音でいいんですか、納得してるんですか」みたいな感じで店に入ってきて(笑)、それから今に至るんですけどね。
いきなり喧嘩腰で来られたのですか?
そうなんです(笑)。 でも、そこから本当に音は良くなってきましたね。 元々、溝口はオーディオが大好きで、カーオーディオの方から来てるんですが、ノイズとか、電気的なことにすごく特化してて、それで電気を叩き込まれましたね。 普通だったら、みんなアンプ買うところをノイズカットトランスを買っちゃうとか(笑)。
改造のためにJBL DD55000をもう1セット購入
電源から入るわけですね。 SHeLTeRに来るとまず目立つのは、JBLの大型スピーカーですが、これも当初からですか?
これはJBLのDD55000っていう、85年のJBLのフラッグシップモデルなんですが、その前はバックロードの大きめのスピーカーを使ってました。 それをちょっと変えようかとなって、システムを全部変えたときがあるんですね。 それも20年くらい前です。
DD55000をなぜ選んだのですか?
出たときから好きだったんですよ。 クワガタみたいなホーンの形が。 それで、どうしても一回買っておきたいと思って買ったんですが、ノーマルのウーファー1504Hが4つ打ちみたいな連続した音に弱いんです。 3発くらいウーファーを飛ばしました(笑)。 JBLの人に相談したら、一応耐入力はあるけど、打ち込みの音とか連続した入力に弱いんだそうです。 SRシリーズのユニットに入れ替えた方がいいというので、SR系の耐入力の高い2226Hにしたんですよ。 だけど、当然ながら簡単には繋がらない。 改造するとその間、音を出せなくなるので、もう1セットDD55000を買ったんですよね。 それで、そっちを改造して一気に入れ替えたんです。
ウーファーだけ入れ替えたのですか?
いや、中を全部変えたんですよ、抵抗とか。 中の線材を全部シルバーにしたり。 だから、このDD55000はノーマルではないんです。 ノーマルのナチュラルな感じの良さもすごい知ってるんで、ノーマルにしたいんですけどね。
改造はそれで完了したわけですか?
まだまだやる予定はあるんです。 改造してそれなりに低域が出るようになってから、箱が揺れるんですよね。 そうするとその振動がすごい邪魔で、いまいちクリアな感じがしなくて、それはもうずっと思ってて、そろそろもう本当にやろうと、年内にできればと思ってるんです。
その対策はもう準備されているのですか?
はい、もう用意してます。 箱の振動を止めるのに外側に木を貼ったりとか、これも鳴らしながらじゃないとできなくて、あんまりやり過ぎて振動を止めすぎても駄目で、1年かけて箱を触りながら試してます。
上部に付いている小さいツィーターは?
あのスーパーツィーターJBL UT-405は後付けですね。 別にこれ専用ではなく、改造もしてないです。 スーパーウーファーとどっちにしようか考えてたんですけど、やっぱりハイだなと思ったんです。 そうしたら、ローも出てくるようになったんです。 クラブ系だとみんなローを攻めると思うんですが、自分は逆ですね。 実は、溝口と自分と亡くなった升(靖典)の3人でSSSPと称してSHeLTeRのサウンドを構築するプロジェクトを組んだんですけど、その升のスーパーツィーターなんですよね。 SSSPは結成して25年になります。
ケーブルのために管を設置
ハイを攻めることで、ローも出てくるというのは面白いです。 アンプはAccuphaseですね。
そうですね。 AccuphaseのP-550で、これは改造はしてなくて、メンテナンスに3年に1回ぐらい出してますね。
これを選んだ理由は?
まずブリッジできるっていうことと、セパレート・アンプ(プリ・アンプとパワー・アンプ)でほしかったんです。 その前はAccuphaseのプリメイン・アンプで鳴らしてるときがちょっとあったんですよ。 全然それで鳴っちゃうし、Accuphaseの粘り気というかパワーはすごいなと思ったんです。 それだったらセパレートでもほしいな、と思って切り替えてたんです。
アンプはなぜスピーカー近くの天井付近に設置してあるのですか?
本当はDJのブースの辺りに置こうと思っていたんですけど、スピーカーケーブルで延ばすのか、RCAケーブルで延ばすのかで結構もめて、ノイズもあるので、スピーカーケーブルを短くしてRCAケーブルで延ばした方が安全なんじゃないかってなったんです。 それでアンプをスピーカー近くの天井に置いて、ケーブルはこういう管に通して全部やってったんですよ。 この管1本にRCAケーブルが1本ずつ入ってるんですね。 中も全部シールドしてあって、干渉がないようにしてあります。 ただ、自分としてはアンプをここに置いたのは失敗だと思ってるんです。
なぜ失敗なのですか?
何かあったときに下ろすのが大変なんですよ。 一人じゃ下ろせなくて。 今となっては、ちょっと下ろして置きたいですね(笑)。
なるほど(笑)。 次はターンテーブルですが、これは定番のTechnics SL-1200mk3。 ただ、土台が木で覆われるなど、かなり改造が施されてますね。
はい。 これはノーマルのプラスチックとゴムみたいなところは全部排除したかったんです。 音がマットになってしまって、良い響きを全部消してしまうので。 それで、木工職人の原田(道夫)さんという、木製のカートリッジも作っている方がやられている「木まんま工房木こり」にお願いして、特注で作ってもらいました。
実際、ノーマルからはかなり音が変わりましたか?
変わりましたね。 材質は欅で、他にも何種類か作ったんですよ。 その中で、これにしたんです。
トーンアームも変えてますね。
はい。 SMEの3009 S2 improvedです。 これはノーマルと比べると空気感とかが、全然違います。 うちでやってくれてるDJはみんなすぐ違いが分かりますね。 あと、ターンテーブルシートは、Acoustic ReviveのRTS-30です。
SL-1200の元のターンテーブル本体や操作性は良かったわけですね。
DJ用としてはとても使いやすいと思うんです。 ダンスパーティだと、やっぱりピッチコントロールが必ず必要になってくるんですよね。 パーティによって毎回入れ替えるのも大変だし、できたら1台で何とかできないかなってこの形にしたんですよ。
箱だけになったBozakのロータリーミキサー
それから、DJ用のミキサーですが、これはBozakのロータリーミキサーですね。
もうこれは全然オリジナルじゃないですね。 まず、(フォノ入力用の)フォノカードが一切入ってなくて、電源も全部外にしちゃってるし、ラインミキサーとして使ってます。
ターンテーブルを繋げるフォノイコライザーは?
ターンテーブルの下のここにあります。 PhasemationのEA-200で、これを選んだのはMCカートリッジとMMカートリッジは簡単に切り替えられるのと、安いので、これはもう最高ですね。 それまでは昇圧トランスを使ってて、まあ昇圧トランスの良さもあるんですけど、意外に面倒だし繊細だから、ノイジーになっちゃうときもあるし、それでフォノイコの方がいいなと思い始めたんです。
Bozakはアナログのロータリーミキサーの操作性だけ残しているということですね。
でも、実はそこも変えてて、ロータリーポットも東京光音電波のものに変えてあるんです。
Bozakは入れ物、形だけということですか?
そうですね。 箱だけ使ってて、もうBozakのロゴも消えてなくなっちゃってるし(笑)。 あと電源も外に出してますし、ノイズカットトランスを置いてます。
ノイズカットトランスの効果は実際どうなのでしょうか?
まずパワーがありますね。 最初ノイズカットトランスに変えたときは、アンプ1台変えちゃったぐらいの感じがありました。 全然変わってしまったんですよ。
あと、カートリッジですが、僕もDJで参加させていただいたECMのレコードだけをかける「ECM FIELD」では、DENON DL-103のMCカートリッジでしたね。
今日はちょっと持ってきてないんですが、あの時はDL-103でした。 あと、いま使ってるこれはSHURE V-15 Type IIIで、ラインだけ変えてるくらいですね。 清水くん(Chee Shimizu)がやってる「SCI-FI」では、GRADO Reference3を使ったりもしてます。
クラブ・ミュージック寄りのパーティではどのカートリッジを使うのですか?
SHURE M44Gですね。 一番汎用性がありますからね。 針は中電のを使ってます。 中電3675E+木まんま工房木こりwood&wood神代欅をレギュラーカートリッジにしたいです。
木製のカートリッジシェルやカバーはどう音が変わるのでしょう?
柔らかい感じになりますね。 高円寺のEAD Recordが結構前からM44Gとウッドの組み合わせメインで始めたんですよ。 ただ、最近の自分があんまりウッドという感じではなくなってきてて、ポイントで入れたいなと思ってるんですよ。 鈍っているというのとは違うんですけど、もうちょっとパキッとした音でもいいかなと。 全然、現状で悪くはないんですけど、追求の過程として一度ウッドを外してみてもいいのかもしれない。 この間のDL-103はカバーまで全部ウッドにしたんですが。
飽くなき探求ですね。
そうですね。 飽き性ってわけじゃないんですけど、何かのきっかけなんですよ。 「あれ、こんなかったるい音だったかな」と思ったりとかするんです。 終わらないです(笑)。
SHeLTeRのスタイル
SHeLTeRの今後についてはどう考えていらっしゃいますか?
楽しんでもらえる場所の提供しか考えてないですね。 お客さんが楽しんでいるのを見れば、自分ももちろん楽しいですし、自分が楽しんでいればお客さんも楽しいという、その両方ができる感じでやれたらというくらいです。
SHeLTeRのようなリスニング・バーや日本のジャズ喫茶への海外からの関心はこの数年高いですよね。
海外のお客さんはすごく多いです。 最近また増えてきましたね。 コロナの始め、2020年はちょうどオリンピックの年だったから、大変な年になるだろうなと思うぐらい、平日でも何人も来て、ヨーロッパの人がほとんどだったんですけど、アルゼンチンやブラジルなど南米から来てくれた人もいましたね。
海外から来られた方で、印象に残っているエピソードはありますか?
ニューヨークから来た人が「リスニング・バーを作る」と言って帰って、その後何回かメールでやり取りしたんですけど、多分もう出来ていると思います。 「スピーカーも何々と何々を考えてたけどどっちがいいかな?」みたいなことを訊かれたりもしましたね。 あとは、ロンドンのBrilliant Cornersのブレーンの方たちは今も結構来てますね。
Brilliant Cornersは海外のリスニング・バーの先駆的な存在ですよね。 SHeLTeRが提示してきたようなリスニングというスタイルは着実に海外にも定着しているように感じます。
音楽って自然に身体が動くもんだと思ってるから、爆音にするとか、あえてキックを強調するとかしなくいいし、ループ・ミュージックじゃなくてもいいし、そんなにトランシーにしなくてもいい。 うちはこのスタイルでいいのかなって思うんです。 八王子はちょっと遠いし、名所って高尾山ぐらいしかないですけどね(笑)。
SHeLTeR
SHeLTeRは東京の西端、八王子で1989年から営業している、純度の高い音質と美味しいお酒を提供しているDJバーです。
ディスコ、クラブ、サロン、スタジオ、ラボ、など、様々な名称や既存のイメージに捕らわれない、常に革新的かつ居心地の良い自由な空間を目指しています。
SHeLTeR is a DJ bar, located in Hachioji-Tokyo. We are highly focused on providing both quality of music and tasty alcohol to our customer since 1989. Our aim is to create a space where is innovative, cozy and openminded without captured by any existing name nor image such as disco, club, salon, studio, lab, etc…
Words: 原 雅明 / Masaaki Hara
Photo: Mitsuru Nishimura