日本の伝統楽器・箏。その繊細で奥深い音色は、時代を超えて多くの人を魅了し続けてきた。しかし、日本の文化に根付いた楽器でありながら、日常の中で触れる機会はそれほど多くなく、その魅力を深く知る機会も限られているのが実情かもしれない。そうした中で、国内外で活躍し、箏の可能性を広げる演奏活動を続ける山野安珠美さん。箏との出会いから、楽器の魅力、海外公演での手応え、そして伝統を未来へとつなぐ思いまで、じっくりと話を聞いた。
自由で可能性に満ちた楽器、箏との出会い
山野さん、本日はよろしくお願いいたします。まず、山野さんの音楽との出会い、そして箏を始めたきっかけについて教えてください。
母が箏の先生をしていたので、物心ついた時から箏の音が身近にありました。小学生の頃はピアノも習っていて、そちらの道に進もうかと考えた時期もありました。でも、家にはいつも箏があって、母のお弟子さんたちと一緒に演奏する機会が年に何度かあったんです。

ピアノも演奏されていたんですね。最終的に箏を選んだ決め手は何だったのでしょう?
ピアノは基本的に一人で練習し、発表会やコンクールもソロで演奏することが多いですよね。一方で、箏は合奏の楽しさがあって、箏同士のアンサンブルもあれば、尺八と一緒に演奏することもできる。そういった点に魅力を感じました。どちらも好きでしたが、中学2年の夏頃に母と相談して、箏一本でやっていこうと決めました。その後、沢井忠夫先生*が東京から月1回福岡に稽古にいらしていると聞いて、習いに行くことになったんです。
*沢井忠夫(1937年–1997年):現代箏曲の発展に貢献し、多くの革新的な作品を生み出した。妻の沢井一恵とともに「沢井箏曲院」を設立し、後進の育成にも力を注いだ。
沢井先生に習おうと思ったのは、どんな理由からですか?
母は自身が見たり聴いたり学ぶことが好きな人で、何事もとことん追求するタイプだったんです。私が本気でやりたいなら、良い先生に学ぶのが一番だと考えて、沢井先生のもとで学ぶ機会を作ってくれました。
山口から福岡まで通うのは大変だったのでは?
新幹線で通っていましたが、沢井先生のご指導は本当に楽しくて、大変だと感じたことはなかったですね。山口の田舎に住んでいた女学生としては、博多や天神に行けるだけでワクワクしていたのもあります(笑)。
先生に学んだことで音の世界が広がり、自分にとっては新しい発見と体験の連続でした。
現代邦楽界を牽引してこられた先生の背中を追いながら、「この楽器はなんて自由で、可能性に満ちているんだろう」と感じたのを覚えています。
その後は東京の大学に通いながら、引き続き沢井先生のもとへ通われていたんですね。
はい。在学中に沢井忠夫先生が亡くなられ、その後は沢井一恵先生に教えていただくようになりました。先生のもとには多くの内弟子さんがいて、お稽古に行くと楽器の準備をしてくださったり、東京のことを色々と教えてくれたりしました。そんな姿を見て、私も内弟子になりたいと思うようになり、大学在学中も稽古場へ通い、仲間と合奏練習に明け暮れる日々を過ごしました。同時に、ライブハウスなどでの演奏活動もするようになりました。
もうその頃には、プレイヤーとしての活動もされていたんですね。
そうですね。学生の頃から、先生の海外公演に同行させていただいたり、演奏の機会をいただくことがあったので、自然と「プレイヤーとしてやっていけたらいいな」という気持ちはありました。
箏の魅力とは。調弦が生み出す無限の音色
先ほど箏は合奏ができることが魅力、とおっしゃっていましたが、改めて箏という楽器の魅力はどんなところだと感じていますか?
箏は曲ごとに「琴柱(ことじ)」と呼ばれる可動式の駒を移動させることで調弦を変えていく必要があります。コンサートで多くの曲を演奏する場合、都度調弦を変えるのは大変なこともありますが、調弦を変える自由があるのは箏ならではの面白さです。作曲家が調弦を考える場合もあれば、演奏者が自分で考える場合もあります。琴柱をどこに配置しても良いので、色々な音が鳴るのが面白いんです。ピアノの音の並びは世界中同じだけれど、箏は音の並びが変わることで、少し掻き鳴らすだけでまったく違う世界が生まれます。

子どもたちに教えるときも、「好きなように音を並べたら、世界で一つだけの自分の音の世界ができる」と話しています。初めての曲は五線譜を見て、どの調弦に合うか、演奏しやすいか、実験を繰り返すように調弦を考えます。また、左手で弦を押さえることで音を変える奏法があり、それをどのように使うか考えるのも面白いです。
先ほど箏について「自由で、可能性に満ちている」と話していたのは、そのようなところなんですね。
そうですね。箏は、ピアノのように豊かな音色やオーケストラの響きを、一台でどう表現するかを考えられる楽器だと思います。音量や音の数では及びませんが、例えば、余韻が消えていく繊細な響きは、箏ならではの魅力です。こうした要素をどう音楽に織り交ぜるか、自分で工夫できるのが面白いですね。
13絃の箏のほかにも、17絃、20絃*、25絃といった多絃楽器がありますが、私は13絃の箏だからこそ、「限界があるからこそ生まれる工夫」や「不可能を可能にする面白さ」があると感じています。どれだけ弾いても、新しい発見が尽きることはありません。
*20絃箏は実際には21本の絃を持つが、「20絃箏」という名称で呼ばれている。

限界があるからこそ面白い、というのは奥深いですね。
そうなんです。先日も新しい作曲家の作品を演奏しましたが、時には無理難題を突きつけられることもあります。でも、「やってやろう」という気持ちが、自分の引き出しを増やしてくれるんです。自分ひとりでは辿り着けない発想や表現に出会いながら、楽器の可能性をもっと広げていける。そうして成長できるところが、箏の面白さだと思います。
山野さんは、箏のために書かれた楽曲だけでなく、さまざまなジャンルの曲も演奏されていますよね。そういったときも、やはり箏ならではの表現を追求されているのでしょうか?
ええ。例えば、クラシックの演奏家と共演する際に、ピアノ譜をそのまま再現するのは難しいですし、それならピアノで演奏した方が絶対に良い。だからこそ、ピアノの魅力を活かしつつ、箏ならではの表現をどう加えるかを考えます。既存の奏法を応用したり、新しいアプローチを試したりしながら、箏の響きを生かした形にしていくんです。

当初は純粋な古典音楽を学ばれていたと思いますが、コラボレーションや新しい取り組みをしようという気持ちは、演奏活動をしていく中で徐々に芽生えてきたのでしょうか?
演奏の機会をいただく中で、一つの演奏が次のご縁につながり、気づけば自然と幅が広がっていった、という感じです。私自身、あまりハングリー精神が強いタイプではなく、どちらかというと流れに身を任せる方なのですが、周りの方々が機会を与えてくれることで、いろいろな挑戦をさせてもらっています。
与えられたことに対して、「嫌だな」と思うことがないんですよね。もちろん好みはありますが、どんなジャンルでも新しい発見がありますし、取り組んでみると面白さを感じることがほとんどです。特に、この17年ほどの間に活動してきたAUN J クラシック・オーケストラ*での経験は、そうした姿勢を育てる大きなきっかけになったと思います。
*AUN J クラシック・オーケストラ:「1000年続く和の音を、1000年先まで伝えたい。」をコンセプトに、2008年に和楽器のみで編成されたユニット。リーダーの井上良平を中心に、和太鼓・三味線・箏・尺八・篠笛、それぞれの第一人者である邦楽家7人が集結。分かりやすく、誰もが楽しめるコンサート、楽曲を提供している。
世界を舞台に、箏の可能性を広げる
AUN J クラシック・オーケストラとして、また個人としても世界各国で演奏されていますが、これまで海外にはどのくらい行かれましたか?
若い頃から全て合わせると、40ヶ国くらいですかね。
そんなに多くの国で演奏されているんですね!海外で演奏する楽曲は、現地の人のリクエストがあるのでしょうか?
AUN J クラシック・オーケストラの場合は、グループとしてのスタイルが確立されているので、基本的にはそのレパートリーを演奏することが多いです。個人で呼ばれる場合は、古典邦楽や現代邦楽を演奏することもあれば、現地のミュージシャンとのコラボレーションもあります。例えば、日本の楽曲を一緒に演奏したり、逆に現地の伝統曲に私たちが参加することもあります。公演のスタイルも国によってさまざまで、賑やかなライブのようなコンサートを求められることもあれば、クラシックのような雰囲気を求められることもありますね。
現地での反応はいかがですか?日本での演奏と比べて、違いを感じることはありますか?
海外の方は感情表現がストレートなので、反応がとても分かりやすいです。例えば、静かに聴かせるようなクラシック寄りのプログラムでは、演奏後の静寂をじっくり味わったあとに、大きな「ブラボー!」が飛んでくることもあります。そういう瞬間は、演奏がしっかり届いたんだなと実感できて嬉しいですね。
初めて箏を聴く方がほとんどなので、「楽器の一つ」として先入観なく聴いてくれるんですよね。だからこそ、音そのものに興味を持ってくれたり、純粋に楽しんでくれるのは海外ならではと感じます。

海外で印象に残っているエピソードはありますか?
20代のはじめ頃、ロシアでソロ演奏をしたときのことは今でも忘れられません。ある日、沢井先生から「一人でロシアに行ける?」って聞かれて、「わからないけど、行きます」と。ロシア語なんてまったく話せなかったんですけどね(笑)。でも、せっかくの機会だったので、とにかく飛び込んでみようと。
それまで日本で演奏するときは、「ちゃんと弾かなきゃ」「間違えちゃいけない」っていう意識が強かったんです。でも、ロシアでは誰も自分のことを知らないし、何も気にせず、純粋に音楽を楽しんで演奏できました。そうしたら、お客さんの反応がすごく温かくて、「ああ、音楽ってこうやって伝わるんだな」って実感できたんです。
海外での経験は、日本での演奏にも影響を与えましたか?
かなり影響があったと思います。海外で演奏して、「自由でいいんだ」って思えるようになったんです。若い頃は、きっちり弾くことが一番大事で、「ミスしちゃいけない」っていう気持ちが強かったんですけど、海外の経験を通して、もっと音楽を楽しんで、自分らしく表現することの大切さを感じました。楽譜をそのまま再現するんじゃなくて、自分の音を乗せる。それができるようになって、演奏がもっと面白くなりましたね。
箏の魅力を次世代へ
日本では、箏というと「お正月の音楽」や「敷居が高い」といったイメージを持つ人もいるかもしれません。そうした人たちには、どのように箏を聴いてもらいたいですか?
実は最近は状況が変わってきていて、お正月に「春の海」すら流れなくなり、それを知らない人も増えてきました。昔は子どもたちが当たり前のように知っていた「さくら」の曲も、今は知らない子が多いんです。そうなると、「箏といえばこれ」という定番のイメージが薄れつつあるのかなと感じます。
でも一方で、TikTokなどのSNSを通じて、これまでの世代が経験できなかった新しい形で箏と出会える時代にもなっています。そういう意味では、箏に触れる機会が増えているのはとても素晴らしいことですよね。「敷居が高い」と感じているのは、もしかすると私たち大人だけで、若い人たちは意外とそうは思っていないのかもしれません。
なるほど。新しい音楽や文化に出会う形が以前と変わってきているんですね。
ありがたいことに、近年はJ-POPやゲーム音楽など、いろんなジャンルに和楽器が取り入れられるようになりました。そうやって身近なところから和楽器に触れる機会が増えたのは、本当に良いことだと思います。最初から難しいものを提示されると、なかなか興味を持ちにくいですよね。でも、親しみやすい音楽を通じて和楽器を知ってもらえれば、そこから「もっと聴いてみたい」「深く知りたい」と思ってもらえるんじゃないかと思います。
例えば『この音とまれ!』という高校の箏曲部を題材にした漫画・アニメがあって、その影響もすごいです。作中に出てくる曲が実際のコンクールで演奏されたりして、学生さんや若い方が「この曲を弾きたい!」って挑戦する姿をよく見ます。今は部活動が盛んになってきたことに加え、若い人向けのコンクールも増えていて、若い世代の関心はむしろ以前より高まっていると思います。今まで「和楽器は難しそう」と思っていた人たちが、ゼロベースで興味を持ってくれるようになったのは大きいです。
先入観が無い方が新鮮な気持ちで受け入れられるんでしょうね。
そうですね。立派なホールで演奏するのも楽しいですが、子ども向けの学校公演や、近い距離で聴いていただけるコンサートは、そういったことを伝える大切な機会だと思っています。子どもたちの反応って、本当に予想がつかないんですよ。「そんなふうに聴こえるんだ!」と驚かされることも多いです。そういう発見があるのも楽しいし、子どもたちが純粋に楽しんでくれるのが何より嬉しいですね。

山野さんはご自身でCDをリリースしたり、多くの収録に参加されていますが、音作りで大切にしていることはありますか?特に、箏の収録はどのように行われているのでしょうか?
箏の収録は難しくて、毎回試行錯誤しています。初めてのライブハウスや、海外で初めて会う音響スタッフと演奏する時は、まず「箏そのものの音を聴いてほしい」と伝えるようにしています。できるだけ楽器本来の響きを再現してもらいたいんです。事前にCDなどを聴いてもらって、イメージを共有することもありますが、会場によってはそのままの音がベストとは限りません。響きがぼやけてしまうこともあるので、マイクを使って音の輪郭をはっきりさせたり、少し「化粧をする」ような感覚で調整することもあります。
マイクの位置はどうやって決めていますか?
箏のサウンドホールは下側にあるので、そこを狙うか、上から拾うか、響きが出ているポイントを探すか、いろいろな方法があります。音響さんによってやり方が違いますし、一緒に演奏する楽器や会場の響き方によっても変わります。ライブ会場だと、上からマイクを立てると他の音を拾いやすくなるので、横に近づけたり、ピックアップを使ったりすることもありますね。

インタビュー前に生演奏を聴かせていただきましたが、楽器全体が響いているのを感じました。この音をそのまま収音するのは大変そうですね。
そうなんです。箏は糸(弦)の音だけじゃなくて、胴全体が響いているのが大事なんですよね。限られたサウンドチェックの時間の中で、どう理想の音に近づけるかを音響さんと相談しながら調整しています。
伝統と新たな挑戦。時代を超えて箏が愛されるために
最後に、和楽器や日本の伝統音楽の未来については、どのように考えていますか?
100年後も200年後も、変わらず演奏され続けてほしいと思っています。でも、音楽は時代とともに変化していくもの。伝統を大切にしながら、現代のエッセンスを取り入れていくことが大切なんじゃないかなと思います。
箏の歴史を振り返ると、江戸時代から続く中で楽器自体は大きく変わっていませんが、その時代ごとに新しい挑戦がありました。例えば、当時の演奏家が「うたを伴う作品が多い中、器楽曲をつくってみよう」「他の楽器と合奏してみよう」と試みた先に、今の箏の音楽があると思います。つまり、その時代ごとに生きている人たちが自由に挑戦した結果として、現在の形があるんですね。

これから先も、箏の楽曲や演奏スタイルが変化することはあるかもしれません。でも、それも一つの流れとして受け入れていいのではないかと思います。最終的には、原点に立ち返るものだとも感じています。いろいろな試みがある中で、「やっぱりここが大切だったんだ」と気づく瞬間があるんですよね。
だからこそ、もっと多くの人に箏の演奏を楽しんでもらいたいし、聴いてもらいたい。私自身も、若い世代が新しいことに挑戦している姿を見ると、とても刺激を受けます。そうやって、時代を超えて箏が愛され続けることを願っています。
山野安珠美
やまのあずみ

沢井忠夫、沢井一恵の両氏に師事。NHK邦楽技能者育成会第44期修了。平成14年度文化庁新進芸術家国内研修員。平成19年度山口県芸術文化振興奨励賞、平成28年度エネルギア音楽賞等受賞。海外でのオーケストラとの共演、ソロリサイタルをはじめ、ドイツ「シュレスヴィヒ・ホルシュタイン音楽祭」等欧米各地での音楽祭参加、文化庁・国際交流基金の派遣による演奏ツアー、和楽器奏者八人によるAUN Jクラシックオーケストラでのモン・サン・ミッシェルやアンコールワット等世界遺産など、これまでに凡そ40カ国で公演。国内においても様々な可能性を求め、ジャンルの異なる演奏家との共演、ラジオパーソナリティーをはじめ、『題名のない音楽会』『にほんごであそぼ』等TV・ラジオへの出演、新作歌舞伎やフラメンコ公演等舞台音楽、CD録音への多数参加、作編曲など、幅広い音楽活動を展開。並行して、アウトリーチ活動、後進の指導等、邦楽の普及にもつとめる。
現在、沢井箏曲院師範、和歌奈会主宰。AUNJクラシックオーケストラ、Dual KOTO×KOTO、箏カルテット螺鈿隊メンバー。(財)地域創造公共ホール音楽活性化事業支援アーティスト。
Release information
澪 –mio-

ソリストとしても、和楽器ユニットAUN J クラシック・オーケストラのメンバーとしても、世界中を「箏の音色」で魅了する山野安珠美の初ソロアルバム。沢井忠夫作曲「鳥のように」をはじめ、箏の奥深い響きと魅力を存分に味わえる全6曲を収録。
Words & Edit:Tom Tanaka
Photos:Hinano Kimoto
Cooperation:E.Sukiko