音楽作品の傾向や内容を形容する時によく使われるけど、何となく意味が掴みにくい言葉たちの解説シリーズ、今回は「現代音楽」と「ポスト・クラシカル」です。 これらの言葉もよく使われますが、なんとなく意味が分かるようでいて捉えがたい言葉ですよね。 今回もそんな言葉たちの解釈を、音楽家、録音エンジニア、オーディオ評論家の生形三郎さんに解説していただきました。
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時代で括るか、作品の内容で括るか
「現代音楽」という言葉は、文字通りに受け取ると「現代の音楽全般」を指す言葉のように思えますが、皆さんもお察しのように、実はそうではなく、曖昧ながらも「ある程度、特定の音楽」を指す言葉として使われています。
一般的に言う「現代音楽」とは、具体的には、次の2つの意味合いを持っています。 一つは時代区分としての意味で、 “西洋クラシック音楽の流れを汲んだものの中で、なおかつ、第二次世界大戦後の音楽” を「現代音楽」と分類する場合が多いようです(年代は分け方によって前後します)。 よって、作曲年だけを見て年表的に分けた括りとなるので、こちらはより広義な意味での「現代音楽」になるでしょう。
そしてもう一つは、作品の質を表す言葉としての「現代音楽」です。 これは先の記事で紹介した「アヴァンギャルド」にも大きく関わるのですが、簡単に言えば「アヴァンギャルドな作曲姿勢で作られた音楽」を指します。
例えば以前にご紹介した、1940年代に創始されたミュージック・コンクレートは、ど真ん中で「現代音楽」に分類されますし、ジョン・ケージ(John Cage)の「4分33秒」(1952)も現代音楽の代表例のひとつです。
こちらの「現代音楽」に括られる音楽も、やはり、西洋クラシック音楽の流れを汲んだものの土俵の中での話に限られるのが一般的と言えます。 その意味で、皆さんが普段目にするテキストや説明で使われる、狭義の、カッコ付きの〈現代音楽〉という表現は、ほぼこちらの意味を指しているといって間違いないでしょう。
アヴァンギャルドから現代音楽へ、その間の「ポストモダン」
革新的で新しい音楽を追求した「アヴァンギャルド」な作品は1960年代後半に入ると行き詰まりを起こしてしまい、やがて、かつての音楽表現へと回帰する「ポスト・モダニズム」、「ポストモダン」と呼ばれる潮流が広がっていきます。 完全な回帰ではなくむしろ新たな表現も含みますが、スティーブ・ライヒ(Steve Reich)らに代表される「ミニマル・ミュージック」もその一つですね。
この動きにともなって、以降はアヴァンギャルドな作曲姿勢だけではない作品が多く登場し、様々なものが雑多に混在する状況となるのです。
難解で普通の様相ではない音楽、「現代音楽」
よって、クラシック音楽の文脈の中で作られた、第二次世界大戦以降の音楽であっても、「現代音楽」と呼ぶには適当ではない作品も多くある、ということです。 この辺が、この言葉の定義を曖昧かつ難しくしている部分と言えます。
現代音楽なのか、そうでないのかは、厳密には制作した本人の意図やスタンスも含めての判断になるでしょう。 ですが、内容を端的にいってしまえば、「難解」で「普通」の様相ではない音楽といえるかも知れません。
比較的新しいジャンル「ポスト・クラシカル(ネオクラシック) 」
まさにその流れでいうと、現代のクラシック音楽の一部に含まれながら、狭義の「現代音楽」には基本的には分類されない(例外もあるかもしれませんが)もののひとつが「ポスト・クラシカル」と呼ばれる音楽ジャンルです。
「ポスト・クラシカル」も現代音楽同様に曖昧な定義の言葉ですが、2000年代に定着しはじめた比較的新しいジャンルです。 簡単に言うと、クラシック音楽的な響きとポップス的な響きやエレクトロニカの制作アプローチが融合した折衷的なもので、アンビエントでチル要素を持ったもの、激しくはないがビート的な要素を持ったもの、ミニマル・ミュージック的な要素を含んだもの、または映画のサウンドトラックのような、楽器の編成や使われ方的にクラシックっぽいけど曲としてはポピュラー音楽に近いものなど、実に広範な音楽を括る言葉と言えます。
また、別の呼び方として「ネオクラシック」(新古典主義としてのNeoclassicismとは別)と呼ばれる場合もあるようです。 ポスト・クラシカルの代表的作曲家の一人として、マックス・リヒター(Max Richter)の作品を聴いてみましょう。
アンビエントっぽいポスト・クラシカルの最近の例としては、アンビエントの記事でもご紹介したロジャー・イーノ&ブライアン・イーノ(Roger Eno & Brian Eno)の『mixing colors』があります。
また、アプローチの特徴としては、フィールドレコーディングの記事で紹介したような自然音や環境音を音楽に組み込んで使用したり、録音的なアプローチでは、ソフトペダル(弱音ペダル)を踏みっぱなしにして演奏するピアノの、ハンマーのごく近距離にマイクを置いて収録した独特かつ繊細な音を用いたりと、音響的なアプローチを持つ作品が多いことも特徴の一つでしょう。 例えば、特徴的なピアノのサウンドが実現されたニルス・フラーム(Nils Frahm)の作品 がそれです。
ポスト・クラシカルも、新たなジャンルの創造という意味ではアヴァンギャルドです。 例外もあると思いますが、基本的には全く新しい音楽表現を追求するというよりも、既にあるジャンルを越境したりその中間にあるようなものを目指し、あくまで従来的な音楽形態を拠り所とした、聴き易く心地よい曲が多く、基本的に「現代音楽」とはスタンスや目的も異なると言えます。
以上、今回は、なかなか定義が難しい「現代音楽」と「ポスト・クラシカル」の解説でした。
Words:Saburo Ubukata