オーディオのサウンドを簡単に変えられる方法のひとつにケーブル交換があります。 「ケーブルで音が変わる」というのはオーディオの世界では常識となっていますが、今のように浸透するまでには先人達の飽くなき探究心による、発見と試行錯誤があったのは想像に難くありません。 この興味深いオーディオケーブルにまつわる話を、『ディープすぎるオーディオケーブルの世界』と銘打ち、オーディオライターの炭山アキラさんに語っていただきます。
「ケーブルで音が変わる!」を発見した巨匠、江川三郎 氏
マニアックなオーディオの世界では、接続ケーブルはそれだけで一大ジャンルを成しています。 持ち運ぶのに台車が必要な重量のスピーカーケーブル、ほんの数cmしかないのに数十万円もするシェルリード線、世の中にはそんな物凄い世界が存在するのです。
それじゃ、そんな凄いケーブルを使わないとちゃんとした音楽は聴けないの?と不安になられた人もおいでかと思いますが、もちろんそんなことはありません。 ああいう遥かなハイエンド・ケーブルの世界は、それらを必要とする特別な世界がある、というくらいに考えておいて下さい。
そもそも今から40年以上前、1970年代の後半頃まで、ケーブルで音が変わるなどということは、業界で全く認識されていませんでした。 その頃までのオーディオ機器は、いわゆるハイエンド・コンポーネンツでも、その辺の扇風機やドライヤーなんかと変わらないような電源コードが付いていましたし、高級スピーカーでも今の目で見ればヘナヘナと細く頼りないケーブルでアンプと結ばれていたものです。
それが常識だったオーディオ界にあって、「ケーブルで音が変わる!」といい始めた人がいました。 2015年に亡くなられた実験派オーディオ評論の巨匠・江川三郎さんです。
時は1970年代の後半、江川さんはモーターの巻き線などに用いられる「マグネットワイヤー」と呼ばれる銅線でスピーカーをつないだところ、ビックリするほど良い音で音楽が鳴り響いたのだそうです。 「一体これは何が起こったんだ!」と、江川さんは研究を始めます。 その結果、いろいろなことが分かってきました。
オーディオブームに乗って高音質ケーブルが浸透
まず、マグネットワイヤーというものは巻き線に使う導体ですから、1本ずつエナメルで絶縁された線でした。 ラジオ周波数以上の高周波を電線へ流す時、撚り線の1本ずつを絶縁すると、導通が向上することが知られています。 これを「表皮効果」といい、そういう処理が施された線を「リッツ線」と呼びます。 江川さんは、測定には表れていなくとも、表皮効果が20kHz以下の可聴周波数にも効いてるのではないか、と仮説を立てました。
また、マグネットワイヤーは過酷なモーター内の巻き線へ使われることから、しなやかな性質を持つ「無酸素銅」という純度の高い銅線が使われています。 この純度の高さが音質に好ましい影響を与えるのではないか。 江川さん2つめの仮説です。
当初は「そんなバカな」と一笑に付され、あるいは業界内部でも胡散臭い目で見られていたという「ケーブルによる音質向上効果」は、実際に江川さんが実演をしたら誰にでもすぐ分かるくらい違ったものですから、あれよあれよという間にオーディオ業界へ浸透していきました。
何と、リッツ線と無酸素銅導体は、それから半世紀近くを経た現代にあっても、なお高音質オーディオケーブルを支える基礎技術・素材の一つとして生き続けています。 江川さんの発見がどれほど大きなことだったか、ここから偲ぶことができますね。
折しもオーディオは大ブームの頃で、ここを商機と大手からガレージまで、数多くの業者が高音質ケーブル市場へ参入します。 江川さんの “大発見” からしばらくは、前述のような事情でしたから、特に小規模な社はほとんど必ず「高音質無酸素銅リッツ線」を謳っていたことを記憶しています。
ところが、無酸素銅とリッツ線がそろえば必ず高音質ケーブルになるかといえば、世の中そんなに単純ではありません。 私も駆け出しのオーディオマニアだった頃、当時は大きなオーディオ売り場があった家電店のワゴンで特売されていた「高音質無酸素銅リッツ線」スピーカーケーブルを買い込み、 “高音質ケーブル” を初体験しましたが、その音質はまことに芳しくないものでした。 いわゆる「オマケケーブル」より聴感上のレンジが狭く、音がふんわりと柔らかく、一向にこちらへ飛んでこないのです。
今思えば、その原因は大体分かります。 そのケーブルは、非常に柔らかいゴムと思しき心材に、+とーのリッツ線を編組(へんそ)構造で巻き付け、その外側に透明のこれまたごく柔らかい塩ビシースをかぶせた構成でした。 心材とシースの柔らかさが音へ乗った上、導体を編組線とすることである程度のシールド効果が発生し、ノイズに強くなる半面、高域方向が若干抑え気味になってしまったのではないか。 私はそう推測しています。
Words:Akira Sumiyama
Edit: Kosuke Kusano