2025年4月18日から3日間にわたって開催される「スター・ウォーズ セレブレーション ジャパン 2025」。世界中の『スター・ウォーズ』ファンが集うこのビッグイベントが日本で開かれるのは、実に17年ぶりとなる。
この記念すべき機会にあわせて、オーディオテクニカは『スター・ウォーズ』との限定モデルを発表。その中でもひときわ異彩を放つのが、わずか10台限定で製作されたヘッドホン『ATH-AWSW DV』だ。福井県の越前漆と蒔絵を用いた木製のハウジングに、「ダース・ベイダー」をモチーフとした絵柄が一点一点手作業で描かれている。

蒔絵という伝統技術と最新の音響機器を融合させたこのヘッドホンは、どのようにして生まれたのか。今回、蒔絵を手がけた蒔絵師・耕雲さんのアトリエを訪ね、ものづくりの現場を取材した。
現地には、プロジェクトの中心メンバーであるオーディオテクニカの製品企画担当・中村圭吾さん、そして絵柄の元となるデザインを手がけたTGB design.の小宮山秀明さんも同席。それぞれの視点から語られた言葉を通して、この特別なヘッドホンが形になるまでの舞台裏に迫る。
日本の伝統技術で『スター・ウォーズ』を表現するという挑戦


伝統工芸が今も息づく、福井県・池田町。山々に囲まれたこの静かな町には、冬になると雪がしんと積もり、まるで時間の流れまでゆるやかになるような空気が漂う。
その一角に、蒔絵師・耕雲さんのアトリエがある。数々の作品が生み出されてきたこの場所で、今回のモデルに施された蒔絵も、じっくりと時間をかけて制作された。

プロジェクトが動き出したのは2023年。立場も専門も異なる担当が、試行錯誤を重ねながら2年近くの月日をかけてひとつの製品に向き合い続けてきた。そのはじまりから完成に至るまで、当時のことを振り返ってもらった。
このプロジェクトが始まった経緯について教えてください。
中村:ディズニーさんとは、以前にも別の作品でご一緒したことがあり、今回「スター・ウォーズ セレブレーション」の日本開催が決まったタイミングでお話を始めました。17年ぶりの日本開催ということで、せっかくなら何か特別なことをやりたいと考え、こちらから日本の伝統工芸とヘッドホンを掛け合わせた製品のご提案をしました。

『スター・ウォーズ』は、キャラクターのデザインやストーリーの構成に日本文化の影響が色濃く見られる作品です。私たちオーディオテクニカも、日本で生まれ、1962年の創業以来音づくりを大切にしてきたメーカーとして「自分たちにしかできないことは何か?」を改めて考えました。
海外からの来場者も多く見込まれるイベントなので、 “本物の日本” を体験していただけるようなものを届けたいという想いがあり、その中で日本の伝統工芸である蒔絵に着目しました。

音へのこだわりという点では、『スター・ウォーズ』の楽曲が持つ奥行きや重厚さを最大限に引き出せるよう、今回のモデルには特別なチューニングを施しています。木のヘッドホンを30年近く作り続けてきたオーディオメーカーとして、見た目だけでなく、音の面でも本当に満足していただけるものにしたいという想いはプロジェクト当初からずっとありました。
どのようにプロジェクトが進んでいったのでしょうか?
小宮山:プロジェクトが本格的に動き出し、最初に取りかかったのがデザインの方向性です。初回の打ち合わせでは、こちらから10案ほどのラフを提出し、それをベースに議論を重ねていきました。過去の蒔絵作品を調べながら、『スター・ウォーズ』のモチーフをどう落とし込んでいくか、さまざまな角度から模索していったんです。

「スター・ウォーズ」を蒔絵の技術で表現するというチャレンジはどうでしたか?
耕雲:学生時代から『スター・ウォーズ』のファンだったので、まさか自分がその世界に関われるとは思っていませんでした。とても光栄でしたし、楽しく取り組めましたよ。ただ、やはり苦労も多かったですね。

中村:『スター・ウォーズ』の世界観、日本の伝統工芸、そしてオーディオテクニカの音響技術…この三つの異なる要素をどうバランスよくひとつにまとめるかが、一番難しかったですね。それぞれの個性を損なわず、ひとつの製品として成立させるために、細かな調整を何度も繰り返しました。
小宮山:最初は『スター・ウォーズ』のビジュアルをできるだけ忠実に再現しようとしたのですが、それでは蒔絵らしさが活きないことに気付いたんです。逆に蒔絵の表現に寄せすぎると、キャラクターの輪郭がぼやけてしまう。両方の魅力をどう引き出すか、バランスの取り方にはとても苦労しました。

中村:蒔絵はどの工程も手作業で、非常に時間と手間がかかります。『スター・ウォーズ』と蒔絵というこれまでに前例のない組み合わせで、いわば答えのない問いに向き合う中、何度も修正をお願いすることになって、耕雲先生には大変な思いをさせてしまったと思います。それでも毎回、真摯に対応してくださって、こちらも最後まで妥協せずに細部までこだわることができました。その地道な積み重ねが、今回の仕上がりに生きています。
新たな技法で描き出す「ダース・ベイダー」の内面世界
制作工程は何段階くらいあるものなのでしょうか?
耕雲:作品によりますが、大まかに分けても7〜8工程はありますね。図案を描いて、漆で下絵を描いて、金や銀を蒔き、貝を貼り、塗りと研ぎを繰り返して、最後に磨き上げるという流れです。



一つの作品が完成するまでには、どれくらいの時間がかかりますか?
耕雲:使う技法や時期によっても異なりますが、今回は下地から仕上げまで含めると、2ヶ月半から3ヶ月ほどかかりました。
素材についても伺いたいのですが、今回は貝殻なども使われていましたね。
耕雲:はい。今は貝殻を使うことが多いですね。ただ、貝殻は表面に荒さがあるので、アウトラインをきれいに出すのが難しい素材でもあります。それでも今回は、作品の雰囲気とうまく合ったと思っています。ほかにも「切金(きりがね)」といって、金を薄く延ばしたものを細かく切って貼り付ける技法や、真珠を半分にカットして貼る技法などもあります。


今回、ハウジングの両面で絵柄が異なりますが、それぞれコンセプトも異なるのでしょうか?
耕雲:そうですね。赤と黒で表現したシルエットの面は、これまでにない技法を取り入れた挑戦的なものに。反対の面は、蒔絵の伝統的な技法を使用した、蒔絵自体の魅力がダイレクトに伝わるものにしました。
中村:どちらも、完成までに相当な試行錯誤を重ねました。同じ蒔絵という技術を使いながらもそれぞれに込められているのは、長い歴史に裏打ちされた伝統と、さらなる進化を感じさせる革新。その両方が、一台のヘッドホンの中にしっかりと息づいているんです。


シルエットの面で、これまでにない技法を使った理由を教えてください。
耕雲:今回描いた「ダース・ベイダー」は、作品の中でも特に悲しみと葛藤を抱えたキャラクターだと思っています。そんな彼の、内なる光と闇をどのように表現するか。なかなか納得がいく答えを出せず試行錯誤を繰り返す中で、墨流しという技法にたどり着きました。


漆でこの濃淡を出すのは簡単ではないのですが、「ダース・ベイダー」の持つ深みや重厚感を表現するには、この方法が合うかもしれないとふと思いついたんです。墨流しの技法を背景に使うのは僕にとっても初めての試みで、正直どんな仕上がりになるのか読めない部分もありましたが、結果として自分の狙っていた雰囲気を形にできたと思います。
偶然性が生み出す独特の模様が、「ダース・ベイダー」の姿がはっきりと見えるというよりも、暗闇の中に静かに佇んでいるような、そこに「存在している」と感じられるような気配を出せたのではないかと。映画の中で、彼の姿が見えないまま、あの独特の呼吸音だけが聞こえてくる…その印象的なシーンを思い浮かべながら描きました。
小宮山:完成品を見たときは、本当に驚きました。想像を遥かに超えた仕上がりでしたし、異なる文化が交わることで新しい美しさが生まれるということを、あらためて実感できた瞬間でした。

“メイド・イン・ジャパン”の情熱を世界へ
構想から2年近くということですが、完成を迎えていかがでしたか?
小宮山:完成に至るまでには、本当にさまざまな苦労がありました。それでも最後まで丁寧に向き合い続けることができたのは、関わった全員がこのプロジェクトに深い想いを寄せていたからだと思います。立場も専門も異なるメンバーが、お互いの考えや技術を尊重し合いながら、一つのものをつくることに真剣に向き合ってきた。その積み重ねが、この製品にしかない表情を生み出してくれたと感じています。

中村:今回のヘッドホンは、ハウジングの製作から組み立て、音響設計まですべて国内で行っています。日本の職人たちが一つひとつ丁寧に仕上げた “メイド・イン・ジャパン” の製品です。そこに蒔絵の技術が加わることで、『スター・ウォーズ』の世界観を日本ならではの形で表現できたと思います。このヘッドホンを通して、日本のものづくりの魅力が少しでも世界に届けば嬉しいです。
ATH-AWSW DV
時を超えて受け継がれる意匠、奏でる音の宇宙。
日本の伝統美と音響技術が輝く至高のウッドモデル

「スター・ウォーズ セレブレーション ジャパン 2025」のオーディオテクニカブースのみで販売。
Words & Edit:Tom Tanaka
Photos:YUKI HORI