アナログ製品に限らず、ひとつの製品には多くの人が携わっている。 たとえば野菜の直売所にいくと、そこに並ぶ野菜にはプロフィールが書いてあり、産地や生産者の顔を見ることができる。 作り手の顔が見えると、その野菜がここに届くまでのストーリーが想像できて、なんだか「温かさ」を感じる。

イヤホンやマイク、ヘッドセットなどさまざまな音響機器を製造販売しているオーディオテクニカ。 その歴史はアナログカートリッジの製造・販売からスタートし、創業の1962年から現在まで多くの製品を展開してきた。 この連載ではその作り手にフォーカスを当て、バックストーリーを発信していく。

今回はカートリッジやケーブルなどを製作するホームリスニング開発課の森田 彩に話を聞く。 彼女はこれまでにさまざまな製品を生み出しており、直近ではカートリッジAT-ART20の開発を担当。 幼少期の話、オーディオテクニカに入社するまでに感じていたこと、そして現在の仕事のことまで、アナログを紡ぐエンジニアのストーリーをご紹介しよう。


昔から身近に音楽がある生活だった

まずは、森田さんの子どもの頃の話を聞かせてください。

幼いころから音楽に触れてきました。 遡るとスタートは幼少期から通いはじめたヤマハ音楽教室で、小学生になると親の影響でギターを触るようになりました。 小学4年生のとき、トランペットに興味を持ち吹奏楽部に入ったのですが ”手が長い” という理由でトロンボーン担当になったのを今でも覚えています。

なんだか運命的な出会いでしたね!

中学生になると吹奏楽部に入部し、変わらずトロンボーンを任されることになりました。 当時を振り返って最も印象的なのは、小澤征爾先生に指揮を振ってもらう経験ができたことです。

それは貴重な経験…!高校に進んでからも、吹奏楽を続けたんですか?

高校時代は、吹奏楽部ではなく友人と組んだバンド活動にいそしみながら、バンドの追っかけをしていましたね。 そこから大学生になり、ウッドベースが弾いてみたいという理由で、ビッグバンドジャズサークルに入ったのですが、人口の少ないトロンボーン経験者だということが知られ、またしてもトロンボーンを担当することになりました。 こう考えると、トロンボーンとの密度が濃い音楽遍歴ですね(笑)

やはりトロンボーンとは運命の出会いだったんですね(笑)


大学生活を終えていよいよ社会人として働き始めると、自由に過ごせる時間がグッと減ります。 音楽と過ごす時間はどのように変化しましたか?

社会人になっても数年は、友人のバンドにサポートで入ったりしていました。 あとはロックフェスも好きで、大学生の時からコロナ前まで毎年、ARABAKI ROCK FES(アラバキロックフェスティバル)に参戦。 ACIDMANやTHE YELLOW MONKEYのような世代のロックやSpecial othersのようなインスト系のバンドも好きでよく聴いていました。

開発者として音楽と向き合う現在

新卒で入社してから今年で13年、現在30代の一児の母です。 今現在は商品開発部 ホームリスニング開発課という部署で主にアナログカートリッジを設計しています。


子どもの頃から楽器の演奏やライブを通して音楽を愉しんでいたとのことですが、もともと音響機器の設計ができる仕事に就くことを目指してキャリアプランを考えていたのでしょうか?

大学の専攻は量子力学だったので目に見えないものを研究していましたが、長く働くうえで目に見えるモノづくりをしたいと思っていました。 具体的に何が作りたい、というよりは「0から100まで自分が関わってモノづくりがしたい」「できれば自分の手掛けた製品が手に取れる B to C が良いな」といった考えです。

はじめは旅行が好きだったので、飛行機や新幹線などの製造に関わる仕事に就くことを考えましたが、大きな会社ゆえ、やりたいと考えるモノづくりとはと違ったため諦めました。

なるほど。 そんな中で、オーディオテクニカを選んだのはなぜでしょうか。

モノづくりを設計から量産まで担当できる規模の製造業に興味があって、オーディオテクニカの規模がぴったりだと感じたので入社を決めました。

ちょうど就職活動の時期が東日本大震災の時で、研究室推薦などが後ろ倒しになったため、自分の好きな音楽に関係する仕事ができる会社を先に受けてみよう、受かったらラッキーという気持ちで試験に臨みました。 特に私は当時メインで必要とされていた機構設計も電気回路も大学の専攻ではなかったので、体当たりで気合を買ってもらって入社できたような気がします(笑)


そうだったんですね。 実際に働き始めて、「0から100まで自分が関わってモノづくりがしたい」という目標は実現できていますか?

国内外問わずオーディオショップに行けば、レコードの聴けるお店に行けば自分が設計した製品が並んでいる、下手したら好きなアーティストのMVに使われているという今の状況は、入社当時にぼんやり思い描いていた目標に届いているのかなと思います。

自分が手がけた製品を販売店で実際に手に取ることができて、自分が全く知らない人が街中で使っているのを見かけることができる(かもしれない)、というのはその製品に携わった人にしか味わえない感動ですよね。





きっかけはレコードの音に感動したこと

直近ではカートリッジAT-ART20の開発を担当されていましたね。 入社当時からカートリッジやレコードに関連するものをつくってみたいと考えていたんですか?

もともと何か特定の製品をつくってみたい、といったことはなく、なんとなく「音の入口に関わりたいな」というふんわりした気持ちでした。 そんななか入社後のレコード試聴体験で自分がイメージしていた音質をはるかに超える高音質がレコードから聴こえてきたことに衝撃を受け、その翌日の社内式典で全社員を前に「レコードの音に感動したのでカートリッジがやりたいです!」と宣言してしまいました。 そこから「あなたがカートリッジがやりたい子だね」と社内で噂になり、今の部署にたどり着きました。

これまた運命的な出会い!


新卒で入社してから13年の間にたくさんの製品に関わってきたと思います。 特に思い入れが強い製品はありますか?

印象深い製品はたくさんありますが、初めて設計から量産までひとりでやり切ったなと思うのは AT-VM95シリーズ。 この製品以降、私が手掛けているものは自分色がどんどん濃くなっていきます(笑)

ひとりで!

オーディオテクニカだからこそできる、と思うことは私の職種に限っていえばカートリッジを自分の思う「いい音」を実現するために設計し、製品化ができること。 さらにその製品が世界中で発売されるということだと思います。

オーディオテクニカでは製品開発の担当はひとりに任されるんですか?

ヘッドホンなどは部門がいくつかあって、アプリや機構など担当が分かれたりしていますが、私が所属しているホームリスニング開発課では、入社後のOJT期間が終わると、それぞれプロジェクトの難易度に応じて独り立ちしていきます。

責任がある反面、自分に裁量がある。 やりがいがありそうですね。 とはいえ、製品を実際にカタチにするにはたくさんの人が携わります。 AT-VM95シリーズはどのような過程を経て製品化されたんですか?

オーディオテクニカの製品はグローバルに展開しており、カートリッジやレコードプレーヤーは特に欧米で非常に人気です。 そこでさまざまなエリアの市場を分析しながら、製品を生み出すため国内外のメンバーで構成されたアナログプロダクトチームがあります。

そのチームが思い描いた “市場で売れる” カートリッジの仕様や価格があるので、まずはそれを実現する設計開発を行います。 そこから生産部とも折衝し、最終的には目標通りの日程でIFA(ドイツの国際コンシューマー・エレクトロニクス展)での発表を実現しました。

海外との連携もある中で、目標通りの日程を実現するのは簡単なことではなかったと思います。 特に頑張ったことや、印象的だったことは何かありましたか?

全6種類のシリーズであり新規金型も多く、カートリッジの肝であるコイルの設計や針先形状に適した音質設計など盛りだくさんでしたが、設計担当の枠を超えた他部署とのつながりを持って発売を実現できたと思っています。 また、VMカートリッジの50%強の売上金額を今も保っており、全社でプロジェクトの結果報告がされたときにSpecial thanksで名前を入れてもらっていたことも、頑張って良かったな、報われたな、と思ったことを記憶しています。


音楽の疲れは、音楽で解消!

仕事をしていて一番楽しい瞬間、あるいは苦しいと感じる瞬間はどんな時ですか?

取り組んでいる業務の中で一番楽しいと思えるのは、自分が狙った音になるよう設計をして、試作・試聴をした際に思った通りの音「これだ!」という音が出たときですね。 とても気持ちが良いです。

反対に産みの苦しみももちろんたくさんありますが…。 試聴は最長でも2時間が限界です。 いろんなジャンルの音楽を試聴するので、流石に疲れちゃいますね。

いくら音楽が好きでも、集中しなければいけないし疲れてしまいそう。 そんな時はどんな気分転換をしていますか?

もうダメだなとなった時は、好きなロックやジャズをゴリゴリかけてリセットします!

いいですね!それでは最後に、森田さんの今後の目標を聞かせてください。

アナログレコードが一過性の流行ではなく、文化として日本の若者にもっと根付いてもらいたいなとずっと思っています。 ”おしゃれだな” という切り口でもいいですし、私のように ”音に感動して沼にハマっていく” でもいいと思います。 そのためのユーザーの興味関心を引くような製品・モノづくり、市場づくりをしていきたいと思っています。



エンジニア 森田さんのとある1日

7:00 出勤(我が子をお見送り)
8:00 会社到着、ゆっくりお茶を入れながら準備する
8:30 午前 業務スタート
3Dプリンターに新設計部品をセットしたり、新製品の試聴評価など
午前中は気分がシャキッとしているので評価する時間を設けることが多い。 評価中は独り言が多く人には見られたくない…
12:45 ランチ(社食)
13:30 午後 業務スタート
3Dプリンター取り出し/勘合確認などしながら設計データ修正
日によって打ち合わせや会議もあり、午後はガッツリ集中して設計や試作をすることが多い
16:15 時短退勤(我が子のお迎え)

Engineer:Aya Morita
Photos:Hinano Kimoto
Edit:May Mochizuki
Words:E.SUKIKO