ASMR(Autonomous Sensory Meridian Response 自立感覚絶頂反応)、通称「脳がとろけそうな音」。 肌にも効くって、どういうこと?もはやソーシャルメディア上の “病みつきコンテンツ” にはとどまらない、ASMRの現在地をみていきたい。
NYを拠点に、世界各地のシーンを独自取材して発信するカルチャージャーナリズムのメディア『HEAPS Magazine(ヒープスマガジン)』が、Always Listening読者の皆さまへ音楽とウェルネス、ウェルビーイングにまつわるユニークな情報をお届けします。
音は肌にも関係する?
石鹸を削る、氷を食べる、水を注ぐ、指のタップ音、波の音——などなど品を変えては流行り続け、なんとなくいまさら感のあるASMRを、改めて「気になる」と思ったきっかけは、「ASMRを顔に取り入れよう」という新たな美容トレンドに関する調査だった。
…マユツバ系?と思いつつさらに調べてみると、最新の研究結果や肌医療専門家のコメントなどを根拠として引用した、音によってストレス状態が緩和されることでコルチゾールが減少することから、肌のよい状態をもたらせるとの見解だった。 湿疹や乾癬(かんせん)、吹き出物などの皮膚疾患がASMRで軽減できる期待があり、ASMRはいまや心と脳への作用だけでなく「音と心の繋がりによってもたらされる “肌の調和” は、次の美容トレンドたり得る」とまで述べられていた。
ASMR誕生前。 2007年の掲示板「この謎の感覚」議論
ASMRは「Autonomou Sensory Meridian Response」の略で、自立感覚の絶頂的な反応を意味する。 もっと平たくいうと、これによってもたらされる脳の高いリラックス状態、のこと。 上述した例の他にも雨の音や咀嚼音、何かをハサミで切る音、ページをめくる音など、なんらかの音を聴いているうちにリラックス状態やある種の快感を得る現象のことをいう。
韓国で流行しグローバルに人気になったモッパン(食事をする様子を動画に収めたもの。 感度のいいマイクで咀嚼音を拾うものが主流)など、日常的に目にする動画コンテンツもその一つとされる。 いまでは、動画の一部に取り入れたり(例えば、最近では料理動画。 出来上がった料理の表面を叩いたり削ったりして一部ASMR要素を入れるなど)、静止画の背景にハイクオリティのサウンドを流すコンテンツも増えている。
せっかくなので、簡単にこの爆発的人気コンテンツの歴史をおさらいしたい。 ASMRの歴史は2010年にASMR大学(ASMR UNIVERSITY ASMRについて調査し助方供するウェブサイト)の設立者である、アメリカの医療ITコンサルタント、ジェニファー・アレン(Jennifer Allen)によってASMRという言葉がつくられたことがはじまりとされるが、実はそこから遡って2007年には、健康関連のオンラインコミュニティ(SteadyHealth)の掲示板で「この謎の感覚なに?わかる人」というディスカッションボードが投稿され、多くの人が共感したりさまざまな議論が交わされたりしていた。 ASMR大学によれば「ASMRに関する初期の議論」との位置づけ。 元祖モッパンコンテンツも2000年代後半に韓国人ストリーマーによって投稿されている。
ASMRという言葉が誕生して以降、情報やコンテンツを共有するコミュニティが誕生しはじめ、研究団体なども発足、その知名度が飛躍的に高まっていく。 「この/あの感覚、ASMRっていうんだ!」という反応が多く寄せられたことから、新しいものの誕生というより多くの人が感じていた感覚に名前がやっとついた、という方が正しい。 2015年にはユーチューブ上でのASMRの検索数が前年と比較し200パーセント以上に増加、そこから破竹の勢いで人気を増していった、という流れだ。
ただの“のほほん動画”とは違うの?
果たしてASMR(脳の高いリラックス状態)は、ASMR的、つまり意図的に音を起点にした特定の動画でもたらされるものなのか。
これについては高頻度でアップデートされ続けていて、昨年発表されたルール大学ボーフムによる研究では、「ASMR(脳の高いリラックス状態)は本当に “ASMR動画” でこそ誘発されるものなのか?」を改めて検証していた。 ソーシャルメディア上の類似性がありつつも異なる超人気リラックス系動画コンテンツ「ウォーキングツアービデオ(町歩きを淡々と流すだけ)」と比較し、影響はどのように確認できるかを検証。 結果は、やはりASMR的な動画によって、人はより脳の高いリラックス状態を得られると明らかにしている。
ペプシにロゴ、企業とASMR、そしてASMR高級スパ
ASMR効果を「没入感」として企業が動画広告に取り入れているケースも増えている。 ちなみに昨年人気だったものは、ピザハットとペプシの広告動画。 ピザを作る過程を生地を捏ねていくところから始め、最後出来上がった熱々ピザのおともに冷たいペプシをグラスに注ぐ、というもの。 ASMRを取り入れた広告は消費者の注目を惹きつける可能性が高く、最新の調査では「ポジティブな感情を引き起こす一つの要因」でもあると報告されている。
企業によるASMRの取り組みにおいては、筆者の個人的な好みではLEGOの取り組みが特によかった。 同社のレゴブロック新シリーズ「Insect Collection(虫コレクション)」を発表する際に、レゴのブロック音で再現した虫の音をプレイリストで公開。 カブトムシの羽の音やカサカサと動く音でなかなか面白い(ちなみに45分間つづく…!)。
昨年暮れには、米国ニューヨーク州のマンハッタンにASMRスパなるものも登場していた。 1時間162ドル(約26,000円)でASMRセッションを体験できるという…。 これは音というより、音や香りにつつまれた環境でブラシをはじめとするさまざまなツールを使って、頭、首、顔を優しくタッピングしていくというものだった。 身体的に効果を感じやすいマッサージではなく、優しいタッピングだからこそ得られるリラックスの “感覚体験” を施術の特徴としている。 めっちゃ体の凝りがほぐれたという明確な効果よりも「なんかよくわからないけど、心地いい」を求める人に向けていることは、興味深い。
ASMR元祖は80年代
最後に、ASMR元祖として名高い、80年代にはじまりカルト的な人気を博したとある米国のテレビ番組を紹介して終わりたい。 『The Joy of Painting(ボブの絵画教室)』という明快なタイトルの同番組は、米国の人気テレビ司会者でもあった画家ボブ・ロス(Bob Ross)が油絵の描き方を紹介するもので、1983年から94年にかけて計403回放送された。 日本でも90年代にNHK BSのお昼に放映されている。
アフロと髭がトレードマークで、絵を始める前は米国空軍に20年在籍しておりその時の境遇や経験を生かし独自の『ボブ・ロス画法*』を生み出した、ボブ・ロスの絵画番組。 だが、この各回30分の番組の語るべきは、絵の教えではない。 ずばり、彼の穏やかな語り口とブラシや画材が立てる音。 「ね、簡単でしょ?」「(木も一本じゃかわいそうだから)お友達を周りに描いてあげよう(Happy Little Tree)「失敗ではない、ハッピーなアクシデントなだけだ(We don’t make mistakes, just happy little accidents.)」など、終始優しい。
*多忙な軍務の合間に絵を描くことは至難であるなか、モチベーションの維持やクオリティ確保のために編み出した技法。 「ウェット・オン・ウェット」という手法を用いて、未乾燥の塗膜に描画、油分の多い絵の具を下塗りし、時間を短縮する方法。 わずか30分以内に油彩画を完成させる描き方。
ボブ・ロスが設立したボブ・ロス社の推計では、実際にテレビを見ながら絵を描いている視聴者は全体の3パーセント程度にすぎないという結果が出ている。 つまり、絵の手法を学ぶ絵画教室というよりは、癒しの音を聞く番組となっていたということだ。
2021年には、ボブ・ロスに迫るドキュメンタリー作品がNetflixで公開されていた。 ここ近年ASMRの隆興によりボブ・ロス人気も再加熱している。 YouTube公式チャンネルの登録者は589万人。 ボブ・ロスをトリビュートするASMRアーティストも後を絶たない。 元祖にして最新の人気コンテンツでもあるのだ。
ASMRが肌に効くのかどうかはちょっと不明だとしても、眠れない夜にはボブ・ロスの優しいブラシ音とテンポやさしいおしゃべりを流してみるのはいいかもしれない。
Word:Newton Indigo(HEAPS)