オーディオテクニカのスマートフォン専用アプリ「Connect」。 『ATH-TWX9』や『ATH-SQ1TW2』をはじめとする、完全ワイヤレスイヤホンに欠かせない存在だ。 そもそもイヤホンアプリは購入してから使うため、よくわからないという人も多いだろう。 一言で表すなら、イヤホンの動作状況や電池残量などをスマートフォン上で確認でき、管理・操作できるもの。
前回は、初めてのアプリ開発と初めてのローンチ、そして自社開発への挑戦について担当者の大島克征さんに語っていただいた。 今回もConnectアプリのデザインや開発、実装やリリースした後の状況解析などの仕事に携わる彼にインタビュー。
そんなアプリ開発秘話を紐解く連載の第3話目は、多くの人に使用されている目玉機能のひとつ「イコライザー機能」の実装について。 新しい仕事に挑戦する開発ストーリーは、いつだってビジネスマンの心に響くはずだ。
イコライザー機能の実装
周波数帯域の音の出力を調整できるイコライザー。 オーディオ界隈ではおなじみの機能と言えますが、2020年発売のワイヤレスイヤホン『ATH-CKR70TW』で初採用となりましたね。
ええ。 「どんなイコライザーにしようか」という話を、企画担当と詰めることからスタートしました。 特定の周波数帯域ごとにスライダーを並べるような「グラフィックイコライザー(以下、GEQ)」にするのか、それとも周波数帯域をはじめ、複数のパラメータを設定できるような「パラメトリックイコライザー(以下、PEQ)」なのか。 いくつかの選択肢を検討していましたね。 そもそもイコライザーは、前モデル『ATH-CKR7TW』発売後にお客様からのご要望も多く、アプリ立ち上げ当初からのアイデアも溜まっていたので、新製品のATH-CKR70TWでは目玉機能になるだろうと確信がありました。
ATH-CKR70TWは “原音忠実” をコンセプトに持つ「Sound Reality」シリーズ製品でもあります。 どのイコライザーを採用するかの考え方の前提として、このコンセプトについても意識する必要がありました。 同時に、イヤホンが持つ、高いポテンシャルを活かすためのイコライザーにしたいという想いも強かった。 最終的な判断として、GEQで提供することに決めました。 ATH-CKR70TWのイコライザーは「音の味付けを楽しむ」機能と位置付け、音の傾向が極端に変わらないような設計を目指していきます。
さらに、プリセットについても音の専門メーカーである自社で作り、ユーザーは好みに合わせてそれを使う、という思想で開発を進めました。 ジャズとかロックとか音楽ジャンル向けを提示せず、ドンシャリとか高音向けとか、音の傾向だけを用意しました。 ユーザーは、スライダーの増減のみで音の変化を楽しんでいただくことができますよ。
パラメトリックイコライザーへの発展
続いて2021年には、ワイヤレスヘッドホン『ATH-M50xBT2』でPEQが実装されています。
ATH-M50xBT2は、日本よりも海外での販売がメインとなる製品。 なので、オーディオテクニカ海外販社の意見も吸収する必要がありました。 この時期からグローバルでのやり取りも増えましたね。 また、スタジオマンやエンジニアなど音のプロの人はもちろん、一般の方にもプロライクな製品体験をしてほしい、という企画背景を持つ製品でもあります。 そのため、PEQはこれまでとは異なり、プロの方にも満足いただける仕様を目指すことと、一般の方にもイコライザーの世界を楽しんでいただけること、両方のアプローチを試みることになります。
GEQの5つのバンドは、理論上決まっている周波数帯域の中から、適切な帯域を均等に選択していました。 一方、PEQは20Hzから20000Hzまでレンジがある中、自由に動かさなければいけません。 スマートフォンの画面サイズの制約もあるので、1Hzずつ描画することも難しい。 そこで、社内の有識者にどんな粒度で周波数を設定できるようにするかの相談をしました。 「ここはシンバルの帯域だから必要」「この帯域を削ってしまうと、Aをしたい人ができなくなる」などのアドバイスをもらって調整しました。
なるほど。 デザインの方も会社のブランドガイドラインに沿ってモノクロで表現しています。 難しい印象がありますが、いかがでしょう。
黒と白だけで表現するのが難しくて……。 下の画像の点線部分が最終的な波形です。 その波形と合わせて、5つのポイントそれぞれの帯域への影響も表現したい。 結果的に、各ポイントの特性は半透明のグラデーションで重なり部分も見えるように工夫しました。 デザインの外注先には何度もリトライをお願いしましたし、私たち開発チームが実装する際も難しい部分はありましたね。
イコライザーをSNSでシェアできる
その後、イコライザーをSNSでシェアできる機能も加わりましたね。
ええ。 ”自宅でいい音が楽しめる” がコンセプトの開放型のワイヤレスヘッドホン『ATH-HL7BT』で、二次元コードでシェアする機能を採用しました。 企画チームと私たちアプリチームで検討して「例えば、Aというアーティストはどんなイコライザーで聴いているのか」を知ることができれば、きっと真似したくなるよねと。 それがSNS上に公開されていれば、いつでもAの曲を聴くときはこのイコライザーで聴き込む、といった聴き方・遊び方ができると考えました。 アプリ上でイコライザーも保存できますからね。 今後もさらなる活用を探っている機能のひとつです。
心地良い重低音を目指して
『ATH-CKS30TW』では、さらにイコライザーが発展していきましたね。
このモデルは企画担当から「低音が心地良い、いい感じの重低音を作りたい」という要望がありました。 既存のイコライザーにある「Bass Boost」では足りないと。 どういったプリセットを用意するかがポイントになります。
企画時点で、アプリではPEQとGEQのイコライザーいずれも対応できる状況でした。 ただし、PEQは多少難しいパラメーターを扱ってでも、オーディオの調整を細かく行いたいお客様に向けたコンセプトを持つ製品に絞っています。 ATH-M50xBT2やATH-HL7BTのほか、60周年記念モデル『ATH-WB2022』が該当製品になりますね。 これら以外の製品ではGEQを採用する、という考えに基づいて整理しています。
この考え方から、ATH-CKS30TWはGEQにする予定でした。 しかし「いい感じの重低音を作りたい」というお題目に対して、80Hzや250Hzなど周波数帯が決まっているGEQの5バンドでは、そのような音作りが実現できそうにありません。 とはいえ、音作りのためにPEQを使えるようにするのはユーザーの調整が難しすぎる。 そうなると、新規で重低音の5プリセットを扱える見せ方が必要になります。 最終的に、PEQのパラメータでプリセットを作り、ユーザーにはパラメータを見せないという、今までにないアレンジでまとめていく方向となりました。
新しい設定画面を作ることになるわけですね。
作成されたプリセットから選ぶだけではなく、ユーザーが好みに合わせて選ぶことはできるようにしたいと思っていました。 ただ、理想の音作りのための複雑なパラメータをそのまま調整しなくても済むようにする必要があります。
そこで、ユーザーが行える調整の考え方を変えて、プリセットを選択後に、そプリセットの強弱をさらに選べる、という案を出しました。 ユーザーができることは減ってしまいますが、元の「重低音重視のプリセットを用意したい」という条件も満たせて、ユーザーにも使いやすくシンプルになったと思います。
さらにイコライザーのデザインも、もう1段階変わった印象がありますね。
ユーザーにパラメータを見せないことにしたため、音の傾向を言葉だけではなく何か可視化したいという考えから、チャートで示す方法も採用しました。 アプリ画面のわかりやすさに加え、アプリ画面が店頭やECサイトの販促物に使われることも意識して、グラフィカルな要素を多くしたい意図もありましたね。 特許庁に意匠出願しているこの画面は、重低音のためイコライザーを目指してデザインと開発を進めたものでしたが、結果としては周波数やゲインなどのパラメータにあまり慣れていない、オーディオに初めて触れるような方にもイコライザーを楽しんでもらえるものになったと自負しています。
次は、完全ワイヤレスイヤホンのフラッグシップモデル『ATH-TWX9』のアプリ開発のお話を伺います。 多機能を極めた本製品をどのように進めていったのか気になりますが、またの機会に。
終わりのない新たな挑戦の連続。 だから開発秘話は面白い
ひとつの製品ができるまでに、さまざまな人やモノ、お金が動いている。 そして、製品が発売された後も課題が生まれる。 1962年に創業したオーディオテクニカは、その長い歴史とともに時代の開発者が試行錯誤を繰り返し、60年以上にわたり音とモノづくりにこだわり続けている。
気になった方は、下記の専用アプリConnect対応モデルを是非チェックしてほしい。
Words & Edit:Yagi The Senior