1962年に創業したオーディオテクニカは、その長い歴史とともに時代の開発者が試行錯誤を繰り返し、60年以上にわたり音とモノづくりにこだわり続けている。 ここでは、2018年のサービス開始から5年半ほど経ち、飛躍的な進化を遂げたオーディオテクニカのスマートフォン専用アプリ「Connect」の開発秘話を紐解いていく。
Connectは、『ATH-TWX9』や『ATH-SQ1TW2』をはじめとする、完全ワイヤレスイヤホンに欠かせない相棒だ。 シンプルなデザインと使いやすさが好評で、オーディオテクニカイヤホンの一翼を担っている。
アプリ検討が始まったときからすべてに関わる現役担当者、商品開発部の大島克征さんに、Connectにまつわるエトセトラと立ち上げ当初の話を聞いた。
Connectとは?
そもそもイヤホンのアプリって何だろう、と思う人も多いはず。 大島さん、Connectアプリとは何か、またができるか教えてください。
Connectは、オーディオテクニカのBluetooth製品の設定を行うアプリです。 Bluetoothのイヤホン・ヘッドホンは、有線でつなぐものと違って、スマートフォンから受信したオーディオを再生するための「ファームウェア」が動いています。 イヤホン・ヘッドホンのボタンやタッチセンサーで音楽の再生や停止を行えるのは、内部のファームウェアがそのように処理しているからです。
本アプリは、イヤホン・ヘッドホン内のファームウェアと連携し、現在の設定を見えるようにしたり、本体のボタンだけではできない、複雑な設定を行うためのツールになります。 コンパニオンアプリという言い方でも呼ばれていますね。
なるほど。 Connectという名前は、どのように決めていきましたか。
どんなアプリかを直感的にわかる名前にしたい、という想いがありました。 造語も検討しましたが、商標などの兼ね合いもありますので一般的な単語で命名することに。 社内からは「Pair」「Access」「Cross」なども候補に上がりましたね。 中でも、イヤホンとのペアリングをサポートすることから「Pair」が有力候補でしたが、当時のAppStoreやGoogle PlayStoreで検索すると、似たような名前のマッチングアプリばかりが出てきまして(笑)。
いろいろな意見が出ましたが、候補のひとつ「Connect」が残っていました。 ただ、Connectをストア検索すると電子機器の接続アプリが多くヒットします。 ほかのアプリと混同してしまうのでは?という懸念もありました。 でも、逆に考えるとユーザーにとっては親しみのある言葉であり、直感的にできることをご理解いただけそうな気がします。 また、意味としてもConnect=製品とつながる、ユーザーとつながる、これだ!ということで社内の意見がまとまったため、この名前で進めることになりました。
Connectで、気持ちを整えられる
これまでは製品の機能を支えるオプション的な存在から、今では製品に魅力を加える存在となったConnect。 最新対応モデルでは、どんなことができるのでしょう。
先述したファームウェアとの連携機能に加えて、昨年発売した完全ワイヤレスモデル『ATH-TWX7』で初採用となった、イヤホンだけで気持ちを整えることができる「サウンドスケープ機能」が使えます。
イヤホンを、音楽を楽しむだけではなく、もっとライフスタイルに寄り添うものにしたい、というアイデアから「癒しの音をイヤホンで再生する機能」の開発を進め、ATH-TWX7で身を結びましたね。 この機能は、製品ファームウェアの仕様に合わせるものではなく、アプリで完結できるもの。 そのため、どんな音源を収録するかなど、全体的なコンセプト作りから参画しています。 コンセプトが固まってからサウンドエンジニアに依頼して、オーディオテクニカのマイクロホンを使用し、いろいろな場所で自然の音などをいくつも収音していきました。
サウンドスケープ機能は、リラックスや集中のための音源として、30秒から1分くらいの音をループ再生させる仕組み。 アプリが動作している間はずっと再生できるようになっています。 なので、ループしていることに気がつかないような音源にしたかったのですが、不要な鳥の声やセミの声がどうしても入ってしまいます(笑)。 あまりにも特徴的な「ちゅんちゅん」などはある程度カットしたり、不規則なループになるように音源を組み合わせたりしてもらうなど、サウンドエンジニアと細かい調整を何度も行いました。
イヤホンで癒されるのは良いですね。 自然な音のほかに、どのような音がありますか?
音の種類としては13個を用意しています。 自然の音は癒しだけでなく、周りの環境を遮断する「マスキングノイズ」としての効果もあります。 ほかにも「ホワイトノイズ」と呼ばれる無機質な音も収録されていますので、今の気分や状況に応じて使い分けることができますよ。 音を表すアイコンのデザインも検討を重ねましたが、最終的にシンプルで視覚的にわかりやすいものにまとまりました。
これまでのアプリは、製品のファームウェアでできることが主体でした。 それを表示したり、コマンドを送ったりするためのインターフェイスだったわけです。 しかし、サウンドスケープ機能は、スマートフォンアプリの音楽再生機能なので、開発がアプリ単体で成立するもの。 その機能で製品の魅力を作れたということは、大きな一歩だと思っています。 今後も、スマートフォンアプリ単体での開発・改善にも力を入れていきたいですね。
「Connect」アプリ始動
Connect誕生から5年以上経ちました。 少し時間を巻き戻して、アプリ立ち上げ時のお話を聞かせてください。
私はそもそも、コンシューマー(民生品)担当ではなかったんです。 PRO製品、例えば会議システムのユーザーインターフェイス(以下、UI)仕様や設計を外部の協力会社と進めるような仕事をしていました。 2017年前後に、まだ黎明期だった完全ワイヤレスイヤホンの開発を始めるにあたり、イヤホン本体ボタンの少なさから「スマートフォンアプリが必要になる」と、コンシューマー企画担当から声が上がり始めます。 アプリのデザインと開発を外注するにしても、どこにどんな仕様でお願いするのか。 さすがに企画担当が並行して行うよりも、慣れている人間が進めた方が良いだろうということで、私に白羽の矢が立ちました。
PROからコンシューマーの担当に切り替わったんですね。
ええ。 UI仕様書作成に伴って、デザイナーにUIのデザインしていただくことが、私のメイン業務に変わりました。 私はPRO製品で付き合いのあったデザイン会社へ、実現したい機能のためにどのようなUIが必要になるか相談を持ちかけました。 一方で、当時社内にはスマートフォンアプリの開発経験者がおらず、開発自体も外部委託を行う必要がありました。 委託先の選定には私は関わっていませんでしたが、開発委託はオフショア(海外委託)開発を行なっているソフトウェア会社に決まっていました。 この時点で、外注先はデザインとアプリ開発、2つの会社にお願いすることになります。
デザインと開発が別の会社とはいえ、相関関係があるため双方の確認を取って進めなければなりません。 例えば「Aという動作をデザインで表現したい」といった場合に、開発上では「Aはできない」となるとデザインも進みません。 こうなると、ソフトウェア会社にどんな開発環境でやるのか、どんなフレームワークを使うのか、も確認する必要が出てきました。
デザインの方は順調だったのでしょうか?
スケジュールに余裕はありませんでしたが、PRO製品の担当から手が離れることでデザインも進めていきました。 営業サイドへの確認は企画担当者、アプリのデザイン・開発の窓口業務は私、という座組みで社内調整しながら立ち回ることになりましたね。 当時はBluetoothイヤホンの専用アプリもまだ少なく、参考にするものがあまりない状況だったため、関係者でブレストして、社内から意見を吸い上げながらどこまで実装できるか考えていきました。
中でも苦労したのは「白を基調にしたデザインしたい」ということ。 ブランドガイドラインに基づき、カラフルなものはNG。 そして、他社アプリと被らないようなシンプルデザインを命題にして進めました。 そもそも私は、デザインツールで自らデザインするスキルはない状態でしたから、デザイナーとのやり取りの中で、試行錯誤を繰り返すしかありませんでした。
社内でヒアリングしたアプリのイメージを、デザイナーに伝えるのが難しい時は、口頭説明だけなく手書きでイメージを作り、より正確なインプットを試みました。 さらに、未経験だったAdobe Illustratorなどのツールも本やWebから学び、受け取ったデータを社内で簡易的に見せて相談する、といったデザイン調整のやり取りもできるようになりました。
デザインと同時にアプリ開発も進めていきますが、そのお話はまたの機会に。
イヤホンに欠かせないアプリという存在
iPhoneにヘッドホン端子が搭載されなくなってからしばらく経つが、逆に端子がなくなったことで、Bluetooth技術を活用したワイヤレスイヤホンは、アプリとともに毎年進化を続けている。 今ではイヤホンの性能=アプリの使い勝手に直結すると言ってもいいだろう。
気になった方は、今すぐアプリをダウンロード!と言えないのが、イヤホンアプリの特徴でもある。 まずは下記の専用アプリConnect対応モデルを是非チェックしてほしい。
Words & Edit:Yagi The Senior