「アナログ」と聞いて何を想像するかはひとそれぞれだが、ひとつ言えるのは、私たちの感性を刺激し、有意義な時間を与えてくれるモノだということ。 そして、あわよくば、それらは私たちの未来への視座までも高めてくれる。 ひとの数だけあるそれぞれの「アナログ」が、明日を緻密に描き、方向づけているとしたら。
今回は、2023年11月18日〜19日に青山ファーマーズマーケット内で開催される蚤の市「Analog Market 2023」でシェフがつくる魚料理とコラボレーションするマーケット出店農家さんの野菜を見に畑へと赴き、彼らが考える「アナログ」についてお話を伺いながら、農家さんの「ON」と「OFF」を覗かせていただいた。
東京都青梅市で農家を営む「Ome Farm」の太田太さんに、「農」が教えてくれる自然との向き合い方、彼が集めている「アナログレコード」の魅力、そして、理想の未来像について語ってもらった。
農家のアナログ空間。 〜コーヒーとレコードと、時々、ルッコラ〜
太田さんは、いつからアナログレコードを集めているんですか?
太田:中学生の頃からかな。 親の影響もあって、ダンスリー・ルネサンス合奏団や坂本龍一を知って。 残念ながら亡くなってしまったけど、実はOme Farmの前身の会社でお店を出す時に、一度お会いしたことがあるんです。 2017年にDavid Bowie(デヴィッド・ボウイ)の大回顧展「DAVID BOWIE is」という追悼イベントがあって、カフェでレストランのオペレーションを試していたんだけど、そこにゲストで坂本さんが来ていて。 楽屋に挨拶へ行けると聞いて、思わずCDを持っていきました(笑)。 でも、全然こっち向いてくれないし、ずっと壁を見つめていて、ものすごいオーラで。
結局、挨拶はできたんですか?
太田:「今回このプロジェクトでレストランを担当する者なんですけど、実は、自分らが本当にやりたいのは農業のプロジェクトで、「Farm to Table」ではなくて、「Farm and Table」なんです。 」と話を切り出したら、スッと振り返って「これからの時代はそっちだよね、僕は応援するよ」と言ってもらえて。 レコードを持ってきたらよかったと思いながらも、17歳のときに買ったCDを34歳が震えながら手渡して、盤面にサインしてもらいました(笑)。
このレコードは、今日見せないとなと思っていて。 こういう中世音楽も最高だね。 Tabulatura(タブラトゥーラ)とかもすごく好きで。
古楽演奏集団で知られる中世ルネサンス期の音楽を坂本龍一が再現したという『the End of Asia』。 「14世紀イタリア」「16世紀スペイン」。 すごいテーマ設定ですね。 いつもこの部屋に集まって音楽を聴いているんですか?
太田:いい音楽は全部アナログで入手しているんです。 ジャズがまた高くて(笑)。 最近はクラシックとフラメンコを仲のいい料理人と一緒に買い漁っていて。 すぐ横のキッチンで穫れたての野菜と一緒に料理しながら、みんなで食卓を囲んでレコードを聴いています。
この円卓がまた素敵ですね。 『the End of Asia』のジャケットみたい。
太田:本当だね。 円卓がまたいいんですよ。 ちょっとコーヒーとルッコラをこっちに持って来れる?
デカっ!白菜みたいじゃないですか(笑)。 ものすごい存在感ですね。
太田:瑞々しいでしょ。 シャキッシャキだよ。 とりあえずコーヒーでも飲んでください。 ここに来たらみんなコーヒーを飲むんです。 それから畑へ行って、夜はみんなで夕飯を食べる。 泊まることもできるので、遅くまでワインを飲んだりして。
硬いパンがあるけど食べる? スペイン風(笑)。 スペインとか何でニンニクスープがあるのかなって考えたら、硬いパンを煮込むからなんだよね。
今朝は日が昇る前に青梅まで車で来たのですが、普段はカーテンを開ければ眩しい光が入ってくるけど、徐々に空が明るくなってきて、そのレイヤーが気持ちよくて。 電気をパチッと点けるのとはわけが違いますよね。
太田:朝は本当に気持ちがいいからね。 畑も最高で、もう農業自体がアナログそのものなんだよね。 どこの農場に行っても収穫表(※1)というのがあって、地域や環境は違えど、みんなやっていることは同じ。 単一農家も、うちみたいな多品目農家も。 ここは自然に人が集まってくるし、みんなで食を中心に囲むことができるのが最高なんです。
※1 収穫表:オーダーを元に、その日に収穫する作物を記載したリスト。
硬いパンを解すような温かい空間ですね。 ちなみに、ここにはどんな方が泊まりに来るんですか?
太田:畑でイベントをやる時や、仲のいい料理人たち。 前に青山ファーマーズマーケットで偶然出会った総合格闘家のJuan Archuleta(フアン・アーチュレッタ)選手とかも泊まりにきました。 アスリートってすごいのが、試合前のブラッドテストで食べたものから抗生物質のようなケミカルが出ないようにクリーンフードを探していて、それでマーケットにも来たみたいで。 でも、鹿肉とかエルクを探していたみたいだから、「知り合いの猟師に連絡しようか?」と聞いたら、「ホテルに鹿肉を届けてほしい」と言われちゃって。 都内某高級ホテルのスイートですよ(笑)。 それで後日、猟師仲間とのBBQに誘ったら本当に来てくれて。 試合後に二週間も泊まっていきましたよ。
アスリートの食に対する考えや責任感というのは、並外れたものがありますね。
太田:野菜や卵。 アスリートにとっても食が最も大事と言ってもいいし、Ome Farmの野菜で身体を作ってるアスリートが活躍するのは純粋に嬉しいですよね。 だからアスリートにこそうちの野菜を食べてほしいんです。 食べれば分かってくれると思うし、ファーマーズマーケットでも ”ジャケ買い” じゃないけど、野菜の姿形を見て買ってくれるお客さんも多い。 Juanは、最後は堆肥をつくるワークショップにも参加してくれたし、一緒に猪を解体したり、鶏を捌いたりもしました。 世界チャンピオンが猪の首を落とすところがまた最高で(笑)。
食に責任をもつことと、実際に食材を自分の手で捌くことって、かなり近いことかもしれませんね。 僕は怖くてできないですけど、少なくとも学ぶ姿勢だったり、実際に自分の手を動かしてみることが大事な気がします。
太田:それがアナログじゃないですか。 デジタル農業って、きっと管理はできるんだろうけど、自分の手が土から離れてしまったら学ぶ姿勢や食に責任をもつことから離れてしまう気がするんだよね。 最後は人間の感覚が必要だと思うし、どうやって自分の美学や哲学を語ればいいか分からなくなってしまいそう。
太田:レコードの魅力って、CDの0と1の羅列とは違って、さっきの夜明けのレイヤーと一緒で、0と1の間にも情報がつながっていて、そこに針をブッ刺して鳴らしてるから、会場の反響とか人の熱気も針に返ってくる。 そういう立体的な心地良さがあって、食べることの妙味とすごく似ているというか。 ファーマーズマーケットに出る意味も人のリアクションが跳ね返って来るところにあるんです。
「Analog Market 2023」では、Ome Farmの野菜がシェフの作る魚料理とコラボレーションするということですが、太田さんの畑も見せていただけますか?
東京の畑に潜む「うまさ」と「解像度」。
食べることの妙味というのは、食べる行為にもレイヤーがあるということでしょうか?
太田:例えば、無音状態のなか一人でボーッと携帯を眺めて食べるのと、好きな音楽をかけながら仲間と噛み締めて食べるのとでは、同じものでも美味しさも栄養の吸収さえも変わる気がしない? うちの農場は出荷場に常に音楽がかかってるから、無音なんて考えられないけど。
植物も振動だったり、音を受け取っているかもしれないですね。
太田:そうそう。 昔から農業者の音楽に「種まきの音楽」というのがあって、うちも種蒔きするときにドイツとかハンガリーの音楽をかけているんだけど、スタジオジブリの『おもひでぽろぽろ』でもかかったりしていて。 最近は、チーズにはヒップホップがいいみたいで、A Tribe Called Quest(ア・トライブ・コールド・クエスト)の曲が一番美味しかったという記事もどこかで読んだな(笑)。
「Analog Market 2023」のイベント当日に食べられるのは、この畑のどの野菜になりますか?
太田:魚との相性もバッチリのコリアンダーやディル。 芯取り菜も美味しいし、あとは、カブね。 鍋にしてもステーキにしても、もう味も乗って最高なんですよ。 最近どこに行ってもみんな美味しそうな写真をSNSにバンバン上げてるけど、美味しそうにご飯食べてる人が減った気がしていて、それが残念なんだよね。 情報を上げることが目的になってしまって、本来の食に意識が届いていないというか。 「うまそう」と思える感覚が大事だし、そういうセンサーが弱っちゃってるんじゃないかな。 「うまい」が一番の理由なのに。
海外では「カワイイ」なんて言葉が使われているようですが、最近は「うまみ」という言葉も浸透しているようです。
太田:俺には「カワイイ」なんてセンサーはないね。 「うまそう」かどうかだけ(笑)。 みんな転んだら痛いとか、血が出てかさぶたができるみたいな当たり前のことを忘れてしまっていないかと心配になりますよ。 歩けば脚に種がくっついてくる。 自然はもっとしたたかで、地続きな精緻さがある。 みんな畑に来ればいいのにね。 空気も新鮮だし、動物性肥料を使ってないから匂いもいいでしょ?
畑のいい匂いがします。 鳥のさえずりや日の角度。 濃い緑と淡い緑のレイヤーもきれいだし、朝の畑って気持ちがいいですね。 太田さんは、元々アパレル業界にいたそうですが、農業を始めたきっかけは何だったんですか?
太田:娘が疾患を抱えて生まれたから、食から見直そうと思ったのがきっかけです。 さっきも話したけど、前身の会社があって、そのタイミングで農業を一から始めて。 農場のチームも農業経験者はいなくて、画家やメッセンジャーだったりするんだけど、最初の数年は本当に大変でした。 だけど、食べるものだけはあったから、それで頑張れたというか。 そのあとは、なぜか会社が農業から撤退することになり、チームを見捨てるわけにもいかないし、何より娘の回復を目の当たりにして気づいた食の大切さを広めることに使命感を感じて、独立(事業買取)を決心しました。
青山ファーマーズマーケットに出店されたのは、どうしてですか? 国内外の人気レストランのシェフたちがOme Farmのブースを訪れるのを見かけますし、太田さんの英語やスペイン語、イタリア語がよくブースから飛び交っていますよね。
太田:東京の人が東京を盛り上げたいと思うのは自然なことだと思うんです。 ニューヨークのマーケットにニューヨークの郊外から農家がやって来るのがリアルでいいじゃないですか。 土曜日に150人分、日曜日に100人分。 それで一気にはけてしまうけど。
距離が近い、すなわち新鮮。 分かりやすいですよね。 昨年、神田にオープンした「Ome Farm Kitchen」はどうですか?
太田:おかげさまで盛況いただいていますよ。 毎日外国人だらけ。 「ここに来るためだけに日本に来たんだ」って言う人もいるぐらいで。 農業者が料理してもいいし、料理人が畑をやってもいい。 そんな時代になったと思うし、それを受け入れてくれるのが東京の魅力だとも思うから。 ファーマーズマーケットには食材を売りに行ってるけど、人とコミュニケーションしに行ってる感覚なので。
この農場には野菜以外に鶏も蜂も住んでいて、堆肥も自分たちで作りながら循環が生まれていると思いますが、日々この場所に足を運ぶなかで変化はありますか?
太田:同じような風景でも、よく見ると常に変化しているし、異なっているからこそ畑の姿にはいつも感動がある。 そんな場所から集まってきた作物で埋め尽くされるマーケットだから、同じように解像度があって。 東京にそんな場所があること自体嬉しいですし、もっと盛り上げていきたい。 通いながら時の経過を楽しめる場所が、自分にとってのアナログだと思っています。
太田太
Futoshi Ota
Ome Farm代表。 東京で農薬を使用せずに野菜を育てながら、養蜂、養鶏まで広げた循環型の農業を展開する。 トップシェフからの信頼も厚く、国内外からも畑への訪問は絶えない。 毎週末、青山ファーマーズマーケットに出店しながら、2022年には神田に「Ome Farm Kitchen」をリニューアルオープン。 「Farm and Table」を体現しながら、東京における農的カルチャーにニュースタンダードとしての一石を投じている。
Ome Farm
〒198-0003 東京都青梅市小曾木4丁目2873
Ome Farm Kitchen
〒101-0041 東京都千代田区神田須田町2-8-19 パレドール神田 101号
OPEN:11:30〜15:00(Lunch)、18:00〜22:30(Dinner)
Photos:Shintaro Yoshimatsu
Words & Edit:Jun Kuramoto(WATARIGARASU)