「アナログ」と聞いて何を想像するかはひとそれぞれだが、ひとつ言えるのは、私たちの感性を刺激し、有意義な時間を与えてくれるモノだということ。 そして、あわよくば、それらは私たちの未来への視座までも高めてくれる。 ひとの数だけあるそれぞれの「アナログ」が、明日を緻密に描き、方向づけているとしたら。
今回は、2023年11月18日〜19日に青山ファーマーズマーケット内で開催される蚤の市「Analog Market 2023」でシェフがつくる魚料理とコラボレーションするマーケット出店農家さんの野菜を見に畑へと赴き、彼らが考える「アナログ」についてお話を伺いながら、農家さんの「ON」と「OFF」を覗かせていただいた。
小田原でオリーブ農家を営みながら西洋野菜を育てる「Green Basket Japan」の加藤かいさんに、「農」が教えてくれる自然との向き合い方、彼が思う「アナログ」の魅力、そして、理想の未来像について語ってもらった。
オリーブの枝先に見る、そう遠くない未来。
加藤さんは青山ファーマーズマーケットに毎週末休むことなくご出店されていますが、いつ頃からでしたか?
加藤:青山ファーマーズマーケットには、2017年から出店しています。 マーケットに出ることで消費者と直接会話ができたり、自分がつくった野菜がどんな人にどう食べられたかを直接声を聴きながら見届けることができる。 シェフからも意見をもらえますし、野菜のサイズや花に需要があることも知ることができた。 マーケットに出店することで畑の姿も徐々に変化していきました。
加藤さんがオリーブ農家になったきっかけは何ですか?
加藤:元々はITの会社をやっていたのですが、学生時代にラグビーをやっていたこともあり、モノづくりでもプレーヤーであり続けたいという想いがありました。 以前の会社ではそれが叶わず、モチベーションが維持できなかったのですが、そのタイミングでイタリアンレストランを経営していた父親が、持っていた農地に100本ほどオリーブの樹を植えたんです。 農家としてならずっとプレーヤーでいられるし、調べてみれば10年もすればフェラーリが買えてしまう。 そんな淡い期待を膨らませながらオリーブ農家になることを決意して農業大学に通い、新規就農認定を取りました。 でも、オリーブの樹は成長に時間がかかるし、それだけでは食べていくことができないので、オリーブに合う西洋野菜を育てながら農家として日々農業に携わっています。
先日、以前修行されていたとお聞きした香川県の小豆島で、この畑で収穫したオリーブからオリーブオイルを搾ったそうですね。 青山ファーマーズマーケットでも野菜と一緒に販売されていましたが、念願のオリーブオイルを販売してみていかがでしたか?
加藤:全部で116本。 まだまだ少量ではあるのですが、ようやくボトリングが叶い、オリーブ農家としての歩みを進めることができたのは嬉しいことでした。 予約をいただいた常連さんには「楽しみにしていたよ」と言ってもらえましたし、当日のマーケットで購入いただいた方も多かったです。 半分は卸先のレストランに納品したので、手元に残ったのは2本のみ。 我が家ではそれを使っています。
それにしても、オリーブの樹ってこんなに大きくなるものなんですね。
加藤:ここ最近はかなり大きくなってきました。 一年で結構成長するので、来年は倍の量のオリーブオイルが絞れると思います。 そもそも日本では雨が多いし、オリーブの生育が良すぎるので、少し弱ったぐらいの方が実をつけてくれるんです。 こうやって葉の厚みや枝の長さを見ることで、来年どうなるかが分かるんです。 枝はどんどん伸びていくけど、芽が葉になるか花になるかは今の時点では判断できないので、成長と生殖を見極めないと思った量の実を収穫することはできない。 どこに実がつくかは勘なんです。 でも、わからないなかで今すぐ実が欲しいからと生殖を促すための選定をしてしまうと、来年は収穫できても再来年の実がつかなくなってしまう。 なので、このエリアにはこれぐらい実をつけたいというように、常に枝の先を想像しながら選定しているんです。
どこに実がつくかわからない中で選定をするのは、ギャンブルにもなり兼ねない気もしますが、その感覚は小豆島で修行しながら身につけたのでしょうか?
加藤:こういう感覚を数年で習得するのは難しいのですが、小豆島の先生の畑で収穫を通して実践を積みながら、それを自分の畑に持ち込んで……という感じで徐々に身につけていきました。 日本はイタリアの気候と違って雨が多いので、大きく育てながら上の方に実をつける方が質が良くなるだろうとか色々あるんです。 よくワイングラスのような形に育てるのがいいと言われるのですが、イタリアや小豆島ではこんなに大きく育てることはないと思います。
場所によって気候も様々ですし、気候変動で毎年同じことをしていても安定的な収穫は望めない。 海流や水温の変化で同じ漁港でも獲れる魚が異なっているという話も聞きます。
加藤:今年は干ばつでスペインやイタリアといったオリーブの名産地でも全然オイルができていなかったりするので、どうなるか本当にわからないですよね。
自然とつながる「アナログな畑」がもつ多様性。
次は野菜を育てている畑を見たいのですが、「Analog Market 2023」では、シェフが作る魚料理に加藤さんの野菜が使用されるんですよね。
加藤:ビーツ、タルティーボ、トレビス。 温度が下がるこの時期からアントシアニンが強く出るので、段々と赤く染まっていく野菜たちです。 冷たい水に浸せば、中だけきれいな紫色になるんです。
加藤さんの畑は除草剤を使用しないですし、育てている野菜も雑草と共存していて土が見えないですね。
加藤:土が見えてて作物だけが並んでいる畑の景色って、僕にとっては異様な光景だし不自然なんです。 アナログがレコードみたいに周波数がずっとつながっているもので、デジタルはそれが途切れているものだとするならば、僕の畑はアナログのように作物と作物の間に草があって途切れずつながっているし、それが自然な状態なんです。 西洋野菜は本来日本にないものですし、自然に近いといっても根を張る宿根草ではなく、種を蒔いて人が食べるために育てているものなんですけど。 農業って、そもそも生態系を崩す行為だから、なるべく多様性をもたせた美しい畑を作ってあげたいんです。
食べるために効率化を図った単一作物だけを育てる畑が今のメインストリームだと思いますが、多品種多品目で同時に育てると、当然育つスピードも異なりますし、それだけ手間もかかりますよね。
加藤:曜日や時間では動けないのが農家の時間です。 日曜日が来たからではなく、雨が降ったから休む。 常に自然と向き合いながら生活していますし、品目が増えれば、それだけ畑の様子を見にいく機会も手間も増える。 都会から来るとここは自然に見えるかもしれないですけど、この土地も地主さんから借りて、資本主義に則ってやっているんです。 生活するためには兼業農家としてやる人もいますし、効率的じゃないとやれない人もいる。 アナログとデジタルの比較じゃないですけど、どっちが正解という話ではなくて、大量生産の畑も必要ですし、僕のように多品種多品目の畑があってもいいと思うんです。
平日は忙しいからスーパーで野菜を買うけど、時間がある週末はファーマーズマーケットに行ってみようとか、顔が見える農家さんから買った野菜で友人に振る舞おうとか。 0か100かではなく、その人が必要なバランスで選択できることが大切な気がします。
自分だけの「わがままな時間」を愉しむ。
加藤さんが「アナログ」を感じるモノがあれば見せていただきたいのですが。
加藤:全然農業とは関係ないんですけど、釣具でもいいですか? 釣りが趣味で、農業よりも釣りにのめり込んでいるんです(笑)。 1960年代のリールとか、機能としては全然よくないし、トラブルも多くて海水ですぐに錆びてしまうような代物なんですけど、大量に釣りたいわけではないし、自分の時間をゆっくり過ごしたい時にちょっと使うような感じですね。 リールを巻く音もまたいいんですよ。
機能性ではなくて、自分のわがままな時間に寄り添ってくれるモノということですね。
加藤:やっぱり、仕事となると人に迷惑をかけないように止まってしまうようなレトロな車で配達に行くわけにはいかないじゃないですか。 別に釣れなくていいので、釣る行為やそこまでの過程を楽しみたい。 効率性とはかけ離れた不便な時間を味わっているんです。 フライフィッシングなんて、一匹釣れるか釣れないかのために糸を巻いていくんです。 最近のリールなんて全自動なのでトラブルも少ないし、すごく便利なんです。 でも、どんなにバックラッシュして糸が巻けなくなるような手間のかかるリールでも、自分の手の感覚で投げる方が愛着が湧くんですよね。
趣味だから許される自分の時間は、効率性を求める現代の反動として許された特別な時間なのかもしれません。
加藤:利便性を追い求めることに抗う必要はないと思うんですが、自分の自由な時間ぐらいはそこに戻りたいというか。 すべて全自動で投げてくれたら自分じゃなくてもいいと思ってしまうし、だからこそ自分の感覚で上手くキャストできた時が面白いわけで。 モルディブに釣りに行く時なんて一週間は沖に出ているので、スリランカ人のシェフを乗せて、朝起きて投げ、昼を食べて投げ、暗くなるまでずっと投げている。 いつまでもやっていられます。
これは1980年代のルアーで、戦前からアメリカで作っているHEDDON(ヘドン)というルアーメーカーなんですけど、愛好家がよく集めていたりして。
このフライフィッシング用のフライもド派手で面白いですね。 なんかもうジュリアナ東京みたいになっているじゃないですか(笑)。
加藤:ルアーもいいけど、フライの面白さは想像性ですね。 ルアーよりも歴史は長いし、自分で作る一点モノだから造形が深くて。 魚の気持ちになってみたり、どうしたら魚が食いつくかを考えながら作るのが楽しいんです。 魚は人間ほど色彩を持っていないわけではないけど、人間が見える上部を派手に仕上げたりしていて、どれも個性があるんです。 イギリス発祥なんですけど、アメリカで川から海に派生して、より派手に発展したんです。
それぞれが思うプロトタイプが人間の創造性を掻き立てますね。 仕事終わりに、加藤さんのオリーブオイルを使用した農家メシをご紹介いただきたいのですが……。
加藤:シンプルだけど、いいですか(笑)。 オリーブオイルを味わうためのパスタであれば作りますよ。 いつもオリーブオイルの評価をしてもらうためにコンクールに出しているんです。 元々は日本のものではないので、海外の基準で見てもらう必要があると思っていて。 今回も無事に金賞をいただきました。
レコードプレーヤーもあるじゃないですか。 普段からレコードをかけているんですか?
加藤:去年のクリスマスにレコードプレーヤーと一緒に買ったんです。 山下達郎の「クリスマス・イブ」が聴きたくて、ちょうどファーマーズマーケットのついでにFace Records MIYASHITA PARKで買いました。 今年もあっという間にそんな時期になりましたね。
今期のオリーブオイルは、どのような仕上がりでしたか?
加藤:「Novello(ノヴェッロ)」と言って、イタリア語で「初物」を意味するのですが、秋に収穫されたばかりのフレッシュなオイルの香りとピリっとした辛味が特徴です。 28度ぐらいで香りが開くので、少し体温で温めてから味見してみてください。 今年は青りんご、青いバナナのようなニュアンスだと思います。
本当ですね! 初めての感覚です。 喉の奥がピリッとしますね。
加藤:オリーブ特有のポリフェノールが辛味や旨みになるのですが、日本でこれを出すのが大変で。 距離の関係もあり、日本にはフレッシュなオリーブオイルが入ってこないので、なかなか体験できないんです。 現地のテイスティングでは、炭酸水やりんごをかじりながら味見するんです。 料理にかけて使ってもらうと一気に香りが開きますよ。 今日は適度な塩気で茹でたパスタにグラナ・パダーノチーズとオリーブオイルのみの、オリーブ農家だけに許されたシンプルパスタです。
加藤さんは、明日の先にどんな未来を見ていますか?
加藤:農家に憧れをもてる未来ですね。 早い話、農家が儲かる職業になること。 来年は倍の200本にはなると思いますが、ゆくゆくは2,000本を目指さないといけない。 そこまでいけば、オリーブだけでも食べていけるようになると思います。 でも、オリーブは兼業でやるのが普通なんですが、植物のように生きているものに兼業で向き合うのはちょっとと思って、専業でやってしまったから大変で(笑)。 ここまで来るのに7年かかりましたから。
ファーマーズマーケットのお客さんも、待ちに待ったオリーブオイルでしたからね。
加藤:今度オリーブ畑の向かいの尾根に新しい農家住宅を建てるんです。 農地なので、特別な申請が必要ですが、そこに搾油所と倉庫も建てる予定です。 そこも自給自足のように0か100かではなくて、OFF GRIDまではいかなくても、できることをやれればいいかなと考えています。
加藤:こうしてレコードを聴きながら暖炉に薪を焚べて、自分でつくったオイルと野菜が食卓に並び、それを家族で囲む。 農家が豊かな生活をすることができれば、自然とフォロワーも増えるだろうし、そういう人が集まって有機的なコミュニティが形成されれば情報もそこに蓄積されていきますよね。 効率化を求めるところは追求しながらも、それぞれが広い視野を持ちながら、人間の手やそれぞれの感覚で培った経験、叡智をシェアする。 そんな「アナログ」な部分に未来があると信じています。
加藤かい
Kai Kato
小田原で「身土不二」を掲げ、西洋野菜とオリーブを育てるオリーブ農家。 2017年より新規就農、「Green Basket Japan」の立ち上げと同時に、「青山ファーマーズマーケット」へ出店。 お皿の上までイメージした野菜づくりでシェフや常連さんなどのファンも多く、今年より本格的にオリーブオイルの製造を開始、来年以降も秋口に数量限定で販売予定。
Green Basket Japan
〒250-0113 神奈川県南足柄市岩原611
Photos:Shintaro Yoshimatsu
Words & Edit:Jun Kuramoto(WATARIGARASU)