LPレコードなら片面で全長数百メートルに及ぶ音溝。この溝を最大秒速1mで突っ走りながら音を拾い出しているのが、あの小さなレコード針です。
そう考えると、なんとも健気に思えてきませんか?
レコード針はいわば身を削りながら音楽を生み出すクリエイター。
100年以上の歴史を持つこの小さくて偉大なクリエイターの秘密を探ってみましょう。
レコード針(スタイラスチップ)の材質
音溝に直接触れる針先を「スタイラスチップ」と言います。
蓄音機時代は竹製や鉄製で、レコードを一面聴くごとに取り換える必要がありました。
レコード針は耐摩耗性が最重視されるため、現在では最も硬度が高い鉱物であるダイヤモンド(工業用人工ダイヤモンド)が使われています。
以前は、硬度が劣るものの安価なサファイアの針もありましたが、ダイヤモンド加工技術の発展により、現在ではほとんどダイヤモンド針となりました。
針先の構造は2種類。
レコード針先端の針先はダイヤモンドチップがほとんどですが、ダイヤモンドだけの「無垢針」と、金属とのハイブリッド「接合針」の2種類に分かれます。
「無垢針」
カンチレバー(先端にチップを取り付けた針状の金属棒)に直接ダイヤモンドチップを取り付けたもの。構造が単純なだけに音傾向もクセがありません。しかし、ダイヤモンドのチップサイズが大きく、加工にもコストがかかるため、比較的高価になります。
「接合針」
音溝に接する先端だけダイヤモンドにして、カンチレバーとの接合部(土台)を金属にしたもの。高価なダイヤモンドを節約できるコストパフォーマンスの良さが特筆できます。接合技術が進歩して、当初より音質面での課題も克服しつつあります。
チップの断面が音質を決める。主流は丸か楕円。
レコードの音溝は想像を超える複雑な形状をしています。
針が高速で走り抜けるとき、溝の形にしっかりと追従しなければ、溝に仕込まれた音を正確に再生することはできません。
レコード針が登場した当初から、針の断面は丸型。針断面の直径を小さくすれば溝壁への追従性も高まりますが、強度や耐久性に課題が出ます。
そこで左右の溝壁に接する面のカーブを小さくした楕円針が考え出されました。音溝の進行方向前後を削り、断面を楕円形にしたのです。加工コストが余計にかかりますが、微小な溝壁に確実に追従させることで、高音域の再生能力を高めることができたのです。
これに飽き足らず、楕円針の優れたトラッキング性能を持ちながら、レコード盤の溝への接触面積が大きくなった「マイクロリニア針」や「シバタ針」など、高音質と耐久性と両立した「ラインコンタクト針」と呼ばれる高級針も存在します。
気になる針先の寿命。
最高硬度を誇るダイヤモンドですが、それでも摩耗は起こります。
レコード針の寿命として一般的に言われているのは約150~500時間。LPレコード1枚45分として計算すると、毎日1枚聴いたとして200日~600日となります。
SPレコード時代では1枚聴くごとに針を取り換えていたことを考えると、相当な長寿命と言えます。業務用途は別にして、家庭で週末に楽しむという程度なら、神経質になる必要はありません。
針圧やレコード盤面の汚れで結果は大きく違ってきますから、クリーニングに意識を注いだ方がよいでしょう。
針交換を楽しむ。
そうはいっても、針先摩耗による音質低下は徐々に起こるため、気がつかないまま聴いているとしたら気が気じゃなくなるのがオーディオファン。
「いざ、針交換」と決意したときに気をつけなければならないのが、カートリッジの形式。
カートリッジには大きく「MM型」と「MC型」があります。
MM型はムービングマグネット(moving magnet)の略で、カンチレバーの根元のマグネットが動作して発電する構造。針先の部分だけを取り外すことができるので、交換が非常に簡単。交換針といえばほとんどがMM型カートリッジ対応のものです。
レコードプレーヤーに付属しているカートリッジはほとんどMM型。交換針は規格が統一されているから選択肢が極めて広く、好みの針もよりどりみどり。
一方、MC型はムービングコイル(moving coil)の略で、カンチレバーの根元のコイルが動作して発電する構造。コイルが針側にあり配線がつながっているため、ユーザーが自分で針交換を行うことはできません。ほとんどの場合、販売店に持ち込み割安価格(針交換価格)で丸ごと交換してもらうことになります。MM型より費用がかかりますが、繊細な音質に定評があるのがMC型です。
聴くほどに消えていく切なさとのあらがい。
レコード針は戦前のSPレコードの時代から数えると100年以上の歴史を持つパーツ。その時代時代の技術の粋が蓄積されてきました。
課題となったのは耐久性。レコード針はオーディオパーツにおいて唯一「消耗品」と言えるもの。レコードへのダメージを最小限に抑えながら摩耗とも戦うことは、レコード針の歴史そのものと言っても過言ではありません。
しかし、どんなに抵抗しても、聴くたびに元の音が失われていくのがアナログ再生の宿命。その切なさが、アナログ再生の持つ美しい魅力なのかもしれません。
Words: Kikuchiyo KG