アナログ製品を選ぶ際、どのようなポイントをチェックしていますか?製品のカタログやウェブページには、必ず「スペック(テクニカルデータ)」が記載されていますが、並んだ項目や数値の意味がわからず、戸惑った経験がある方も多いのではないでしょうか。そこで、オーディオライターの炭山アキラさんが、意外と知らない「スペック」の読み方をカテゴリ別に詳しく解説していただきました。
今回はレコードプレーヤーの「トーンアーム」編です。
目次
種別
有効長
オーバーハング
最大トラッキングエラー角
針圧調整範囲
使用可能なカートリッジ質量範囲
種別
アームパイプの形状と、針圧を加えるための方式が記されています。アームパイプの形状にはストレート型、J字型、S字型があって、それぞれに生まれた背景と効用が違います。

J字型とS字型、そしてストレート型でもオフセット角を持たないピュアストレート型の大半は、先端に共通のヘッドシェルが取り付けられるようになっています。これを「ユニバーサル型」と総称します。
オフセット角のついたストレート型は、その多くが専用のヘッドシェルを取り付けられるようになっていて、ユニバーサル型ほど自由自在ではないものの、カートリッジ交換を楽しみやすくなっています。
一方、ストレート型に限らず一部のアームはシェル部分まで一体構造になっていて、そういうアームはカートリッジの脱着に大変神経を遣うことが多いものです。しかし、強度は最高に高く、アームの内部配線から接点なしにカートリッジを取り付けるリードチップが取り付けられていますから、ある意味で理想を追求した構成ともいえますね。”コレ!” と決めた1本のカートリッジを、最善のコンディションで聴くためのアームといってよいのでしょう。
針圧を加える方法には、地球の重力を用いる「スタティックバランス型」と、スプリングで盤へ針先を押し付ける格好の「ダイナミックバランス型」があります。ダイナミックバランス型の方が、反りのあるレコードに対しても追従性が良いという利点がある一方、どうしても機構的に複雑ですから高価になりがちで、それゆえスタティックバランス型が圧倒的な主流となっています。
有効長
トーンアーム軸から針先までの距離のこと。

トーンアームの用語の中に、「有効長」と「実効長」というものがあります。これがメーカー各社によって何を指すのかがバラバラで、これは日本のアナログ業界に大きな混乱をもたらしています。
海外から入ってきた文献で「effective length」とあったものを「有効長」と日本語で訳したのが、この用語の始まりといいます。effective lengthとは、トーンアームの軸中心からカートリッジ針先までの長さを表しています。
ところが、いつ頃のことかそれを独自に「実効長」と訳した人がいたらしいのです。「有効」と「実効」ですから言葉に大きな意味合いの違いはなく、訳語として間違いではありませんが、ここで2つの言葉が並立することになりました。
一方、トーンアームに必要とされる長さには、トーンアームの軸からプラッターの軸までの距離があります。アームレスのプレーヤーに好みのトーンアームを取り付ける際などに、取り付け位置を決めるために用いられる数値です。
その長さには特定の名前がついていなかったのですが、一体いつの頃からか、アーム軸から針先までを「有効長」と呼んでいた人たちの中に、プラッターとアームの軸間を「実効長」と呼び始める人が出てきました。さらに、「有効長」と「実効長」を逆に呼ぶ人たちも。これでは混乱が起こっても仕方がありませんよね。
どちらか一方しか書いていないトーンアームは、それがどちらの呼称であってもトーンアーム軸中心とカートリッジ針先の長さ、つまり本来の「有効長」が記載されていることが普通です。両方書いてある場合は、長い方が本来の有効長、短い方がプラッターとアームの軸間、というように覚えておくとよいでしょう。
オーディオテクニカでは、一番最初の命名に則って「有効長」のみをカタログに記しています。それではプラッターとアームの軸間の長さは分からないのかといえば、そんなことはありません。有効長から、後述する「オーバーハング」の値を引き算すると、その値になります。
オーバーハング
ターンテーブルのスピンドルからカートリッジのスタイラスまでの距離。

一般的なトーンアームで、カートリッジが向かって左側に傾いて取り付けられているのは、そうすることで針先と音溝をかなり正確に同じ向きへ整えられるからです。これを「オフセット角」といいます。
オフセット角によってかなり音溝と針先の角度が近いところへ追い込めているのに、カートリッジの取り付け位置が違ってしまったら、その誤差が大きくなってしまいます。それで指定されているのがこの値で、トーンアームをプラッターの軸の位置へ持っていった時、カートリッジの針先が軸の中心からどれくらい前へ突き出すかを表しています。前へ出っ張るから「オーバーハング」なんですね。
オーバーハングの調整は、プレーヤーに「オーバーハング・ゲージ」というものが付属しているはずですから、それを使って合わせて下さい。カートリッジによっては、特殊な形状で適正の位置へ収まらないものが稀にありますが、そういう時はできるだけ適性位置へ近づけるようにしましょう。
一方、オフセット角を持たないピュアストレート型のトーンアームは、オーバーハングではなく「アンダーハング」になります。オフセット型のアームでは、オーバーハングが少しくらいズレても針は通りますが、ピュアストレート型のアンダーハングは、精密に合わせないと特に内周で大きなノイズを発することがありますから、注意が必要です。
最大トラッキングエラー角
音溝と針先の向きのズレ(トラッキングエラー)のうち、再生中に生じる最も大きな角度のこと。

音溝と針先の向きのズレを「トラッキングエラー」といいます。オフセット型のアームで、オーバーハングの長さを正しくセッティングすると、トラッキングエラーを最小にすることができます。『AT-LP8X』を例に取ると、最大でも2.0度に達しないということになります。
一方、オフセット角を持たないピュアストレートアームは大きなトラッキングエラーが出てしまいますが、ごく一部の特殊な発電回路を持つカートリッジを除いて、きちんとセッティングを決められれば別に問題なく動作するようですから、面白いものですね。
針圧調整範囲
カートリッジにかかる針圧を調整できる許容範囲のこと。

スタティックバランス型のアームでは、一般にカウンターウエイトが1回転したらどれだけの針圧が加えられるかを表します。『AT-LP8X』なら4.0g、『AT-LPW50BT RW』なら3.0gとなっています。
しかし、1回転してもまだ針圧が十分でなければ、さらに回せばいいという話で、現に78回転でプラッターを回すことができるAT-LP8Xは、付属カートリッジ『AT-VM95E』の針先をSP用の『AT-VMN95SP』に交換し、適正針圧の5gを1回転からさらに1g加えることで、何の問題もなくかけることができました。
一方、ダイナミックバランス型の場合は少々難しいことになります。スプリングでかけられる針圧に、限りがあるからです。もし調整範囲より大きな針圧をかけなければならなくなったら、あらかじめスプリングで最大針圧をかけておいて、あとは針圧計で確認しながら、カウンターウエイトの位置を動かすしかありません。ダイナミックバランスで足りない分の針圧を、スタティックバランスでかけるということになりますね。
使用可能なカートリッジ質量範囲
トーンアームに取り付けて、適切に動作させることができるカートリッジの重量の範囲のこと。

この数値は、トーンアームで最も多く参照される項目ではないかと推測します。「次にあのカートリッジを買おうと思うんだけど、このアームに取り付けられるかな?」というような場合です。
この項目で注意しなければならないのは、ユニバーサル型のトーンアームはほとんどの場合「ヘッドシェル込みの質量」、シェル一体型は「カートリッジのみの質量」を表示していることです。専用ヘッドシェルを用いるタイプのアームは、メーカーによって表記が前者と後者にバラついているようですね。オーディオテクニカは前者、ヘッドシェル込みの質量を表示しています。
ユニバーサル型の場合、導入したいカートリッジが付属ヘッドシェルと組み合わせて質量オーバーでも、救済策はあります。より軽量のヘッドシェルを組み合わせることです。ただし、軽量のヘッドシェルはそれだけカートリッジを支える強度が少なくなる可能性がありますから、注意が必要です。もっとも、軽ければ必ず音が損なわれるわけではなく、軽量で高性能のヘッドシェルもありますから、慎重に選択して下さい。
また、一部のトーンアームには、通常のカウンターウエイトより大きく重いものが付属、あるいは別売されていたり、アームの後端におもりをネジ留めしたりすることで、より重いカートリッジとヘッドシェルの組み合わせに対応させられるものも存在します。AT-LP8Xでは、後端におもりを取り付けることで、レギュラー時に14.0〜20.0gの対応質量が、17.5〜23.5gまで大きくなります。付属ヘッドシェルの『AT-LT10』(約10g)、あるいはより頑丈でカートリッジの性能を発揮させやすい『AT-LH11H』(約11g)に、最高級モデルの『AT-ART1000X』(11g)を組み合わせ、取り付けることが可能になるというわけですね。
Words:Akira Sumiyama