「発音」「増幅」「変調」「制御」を無限のグラデーションで掛け合わせ、一人ひとりの直感や身体的な感覚に反応して、電気信号でたったひとつの音を作り出すモジュラーシンセサイザー。もともと、エレクトリックミュージックやエクスペリメンタルのミュージシャンたちに好まれていた「音の変幻自在」の機器だが、今ではインディーズバンドシーンにも愛用者は増えている。
そんな今から8年前、いったい何人が「待ってました」と勇み足で向かい、胸をときめかせてそのドアを開けただろう。ブルックリンのウィリアムズバーグ地区にある「Control」は、ニューヨーク(以下NY)において数少ない超貴重なモジュラーシンセサイザーショップだ。
僕らの店には“二度”、来て欲しい
シンセ、と聞けば鍵盤と一体化したものを想像するかもしれない。そのシンセサイザーに対して、さらに無限の音作りを可能にするのがモジュラーシンセサイザーだ。鍵盤と一体化したシンセが「組み合わせ」の音作りであるのに対して、モジュラーシンセサイザーはその組み合わせの選択が無数ゆえ「創造」といえる。
音を発生する「オシレーター」をはじめ、音を増幅する、制御する、等の機能をもったモジュールを自分で組み合わせて繋ぐ。 電気信号の一番基本的な「ペー」という音が、モジュールの組み合わせはもちろん、ノブのひねり具合等の調整で様々な表情を持った音に化ける。
音を発生するオシレーターだけでもここにはざっと20種類。「ひと昔前は、モジュールが欲しかったらオンラインで買って、届いたら好きかどうかを自宅で試す。好きじゃなかったら、そのモジュラーをオンラインに出品して買いたい人が出てくるまで待つ、みたいなことをしなきゃいけなかったんだよ」と、Controlのオーナー、Daren Ho(以下Daren)。ひとつそこそこの値段がするわけで(ひと昔前ならなおさら)、「ちょっと買ってみるか」というより、「よっしゃ、これにする。頼む、いいヤツであってくれ」と、ちょっとした願掛けに近かったに違いない。
Darenは、高校時代にバンド仲間が400ドルで手に入れたRolandのアナログシンセ「JUNO-60」で音のシンセサイズ(合成)を初体験、SIMMONSの電子ドラムで遊んだ放課後をおくり(「ドゥルトゥンって、イタロで使われるような音が出たんだ!」)、現在もモジュラーを使うエクスペリメンタルミュージックのミュージシャンだ。
It’s kind of like the sound that everyone across the board just know that sounds really good. They can just feel it within them. It’s a very physical sensation.
“その場にいるみんなが、『ああ。これはアナログの音だな』ってわかるっていうか。身体で感じる、『いい音』。”
かつての自分たちの経験から、ここControlでは各モジュールの試奏ができるようにしている。店内には、ラックに組まれたモジュラー3台と、各機能のモジュールたちがショーケースにもズラリ。さぞかしツウが多いんだろうと踏むが、そんなことはないらしい。
「2012年に立ち上げたのも、周りの友達から“シンセとかエクスペリメンタルな音楽に興味あるけど、何から始めたらいいかサッパリ”って声がたくさんあって」。ちょっと気になる、と思ってもギターのように気軽に試奏できる場所はない。オンラインでの購入も、安くないのにイチかバチか。モジュラーシンセサイザーを取り巻くこれら“不都合”に対して、Darenがパートナーと立ち上げたのが、このControlだ。
「実店舗があって、実際にモジュールを試せて。モジュールを使うミュージシャン同士が知識や情報のやり取りができて。もちろん初めての人だって情報を得られるし、わからないことを尋ねられる。そんな溜まり場っぽいのがあってもいい、と思ってね」
機能も設計もデザインも様々なモジュールを選ぶって、初めての人には難題だ。「初めて探しに来た人には、まずは“どんな音楽から影響を受けて、参考にしているのか”を聞く。その人がビートを作りたいのか、和音が出せるものが必要なのか等を探っていって、要望にもっとも近いモジュールをオススメしている感じ」。お店には二度、来て欲しいと言う。「いつも言うのは、“二度、僕らの店に足を運んでもらって僕らと話し合えば、あなたにぴったりのモジュールを必ず見つけることができますよ”って」。
モジュールという信号を頼りに、有名ミュージシャンから裏方プロデューサー、趣味でやっているアマチュアミュージシャン、テック企業で働く技術系の人までぱらぱらとControlにやってくる。
「一度J.J.エイブラムス(スターウォーズの監督)が来ていたんだけど、全然気がつかなくて……。どっかで見覚えあるなーって後で調べてみたら彼だった(笑)。イーグルスのジョー・ウォルシュもこのあいだ来たよ」。J.J.エイブラムスがどのモジュラーを眺めていたのか気になるところだが、なんせ後から気づいたので覚えていないとのこと。残念。
「企画して作って売るまで、個人がやっていたから」
シンセサイザーの歴史は長く、モジュラー好きが一定数存在するものの、なぜ8年前にControlができるまで、モジュラーシンセサイザー専門のお店は存在していなかったのか。ひとつは、「モジュールは、もちろん大きなメーカーがつくったものもあるが、いろんな地域のいろんな個人のエンジニアが作って売っていた」から。 個人がマイペースに作るモジュラーを集めて一定以上の量を保ち、というのをビジネスにするのは確かに難しい。
Controlには個人たちから取り寄せたモジュールを並べているわけで、Darenがそれらモジュールを名指しする時、「〇〇のシンセが」の〇〇には、メーカーやブランド名ではなく、作り手個人の名前がはいる。
「好きで作りたい人が自分でエンジニアリングして売る」というカルチャーが受け継がれているから、今でも個人のエンジニアたちは情報や技術の共有をしあう。昨年、和音が出せると話題になったアナログポリフォニックシンセ「Moog One」も、個人のエンジニアたちが技術提供したそうだ(ちなみにControlの元スタッフ)。
時々、Darenも驚く「クレイジー!」なモジュール使いもControlに現れる。「音源となるオシレーターのモジュールに、他のモジュールを経てプロセスされた音を、もう一度ケーブルを使ってフィードバックとして送り返して、イカれたような、不安定なディストーションがかかった音を出す。見るたびに、あれはすごいなと思う」。
アナログの音は「数値化できない」
コンピュータのプロセッサーを使ってアナログの音を再現するデジタルのシンセやPC音源と比べると、アナログシンセであるモジュールには、本体が熱を帯びるとパフォーマンスが不安定になるという難点がある。「起動した直後と20分後では、ピッチがちょっと違っているなんてこともあり得るんだ」。それでも、2020年現在でも生産されるほとんどのモジュールがアナログモジュールだ。
「面白いのはフィジカルなこと。自分のマインドを自由に歩きまわらせる」。音のインプットとアウトプットの違いさえわかっていれば、“失敗”というものはない。「その場の“これがしたい”という衝動や思いつきを、ケーブルやモジュラーのノブを直接いじって、音として作り出すんだ」。
そして、アナログモジュールでの音作りは、数値という型にはまらずにいられるということ。0から1に設定するのではなく、0から1のあいだの無限を自分の直感や感覚でたゆたい音を発生させる。二度と同じ音は鳴らない、気分と身体性と電気信号の敏感な反応だ。
モジュラーを繋ぐケーブルのように絡まりそうな仕組みの話を横におけば、音作り好きたちにとって結局は至極シンプルなこと。「このアナログの音のよさというか、感覚を、数値化することってできない。ただ感情で、感覚なんだよ」。
“Cognition” by Robert A.A. Lowe
“Frequent Dreamlands” by Wetware
Photos:Kohei Kawashima
Interview:Kaz Hamaguchi
Text & Edit:HEAPS