ロンドンから車でおよそ2時間半、イギリス南部のドーセット州にある小さな村ウィンボーン・セント・ジャイルズで開催されている音楽フェス「We Out Here」(以下WOH)をご存じだろうか?
英レーベルのBrownswood Recordings(ブラウンズウッド・レコーディングス)からリリースされたコンピレーション・アルバム『WE OUT HERE』から名前を取ったこの音楽フェスの第一回は2019年に開催され、以来、伝説的なアーティストやジャンルを超えたDJ、若手アーティストたちが集結し、音楽シーンを牽引するイベントとなっている。
過去の出演者には、サンダーキャット(Thundercat)、ファラオ・サンダース(Pharaoh Sanders)、ユセフ・デイズ(Yussef Dayes)、エズラ・コレクティブ(Ezra Collective)、ニア・アーカイヴス(Nia Archives)、ブラックスター(Black Star)、ヌバイア・ガルシア(Nubya Garcia)、マスターズ・アット・ワーク(Masters at Work)、ボノボ(Bonobo)、セオ・パリッシュ(Theo Parrish)など、豪華な顔ぶれが名を連ねる。
2024年のWOHでは新しいラジオ局「WOH Radio」が立ち上げられ、フェス会場からインターネットラジオを通じて世界中に向けたライブ放送が行われた。オーディオテクニカはこのラジオステージをサポートしており、ブースではBP40やATH-M50xなどの機材が使用されている。
WOHを創設したのは、音楽界の重要人物ジャイルス・ピーターソン(Gilles Peterson)。彼は放送作家、DJ、レコードコレクターとして30年以上にわたり、イギリスや世界中でアンダーグラウンド音楽を支えてきた。
ジャイルスのキャリアは、海賊放送*局「Radio Invicta」での番組制作から始まった。その後、Jazz FMや海賊局から合法局に移行したKiss FMで活躍し、1998年にはBBC Radio 1に移籍。現在はBBC Radio 6 Musicで毎週土曜日午後のプライムタイムの番組を担当しており、幅広い人気を集めている。
先述のBrownswood Recordingsは、2006年に彼によって立ち上げられた。その他にも、2005年以来ロンドンで毎年開催される「Worldwide Awards」、フランスのセートで行われる「Worldwide Festival」、そして2016年にはオンラインラジオ局の「Worldwide FM」を設立するなど、音楽活動を支援する多様な取り組みを続けている人物だ。
*海賊放送:正式な放送免許を持たずに行われる放送のこと。特に商業ラジオ局が厳しく規制されていた1960年代のイギリスで盛んに行われ、自由な音楽や情報を求める若者たちの間で人気を博した。どこの政府の規制も受けず、法律の適用を逃れることができたため、放送は海上から行われ、多くの海賊放送局が設立されていた。
“声を届けよう!“
昨年、WOHとオーディオテクニカは、コミュニティラジオ*の独自の力に焦点を当てたショートドキュメンタリー『Amplifying Voices!』を制作・発表した。その内容はフェスの終了後、ラジオプログラムを構成した9つのラジオ局ーー1BTN、Clyde Built Radio、Foundation FM、Mondo Radio、Noods Radio、Reform Radio、Voices Radio、Worldwide FM、そしてRadio AlHaraを訪れ、話を伺うというもの。各局の運営やラジオがコミュニティにとって何を意味するのかを深く掘り下げた。
*コミュニティラジオ:特定の狭い地域を対象に、そのエリアに住む人々に向けた情報を送る非営利目的のラジオのこと。
イギリスのラジオ放送は1920年に初めて行われ、1922年には英国放送協会(BBC)が設立された。以降は海賊放送の台頭や規制の整理、コミュニティラジオの誕生など、その放送が始まった時から現在に至るまで多様な放送形態が発展してきた。(ちなみに2025年は日本でラジオ放送が始まってからちょうど100年となる節目の年だ。)
コミュニティラジオ局は、人々のつながり、自分たちの声を発信する場を提供しており、その活動は多くの協力者によって支えられている。インターネットラジオやアルゴリズムに基づくプレイリストが主流となる中、コミュニティラジオは独自の物語を伝え、コミュニティを結びつける重要な役割を果たしている。つまり、ただ音楽を届けるだけでなく、新たな交流の場を生み出しているのだ。
ロンドンの「NTS Radio」など、オーディオテクニカはこれまでにもヨーロッパ全域のコミュニティラジオ局と連携してきた。しかし、現在の経済状況やアート資金の不足により、多くのラジオ局が厳しい状況に直面している。一部の局は閉鎖を余儀なくされ、文化的な空白が広がっているのが現状だ。地域コミュニティの声を代表するこれらのラジオ局が、努力や情熱をもって発信するメッセージがより多くの人に届くことを願い、今回のWOHとの協力が実現したのである。
WOHラジオステージは今年も登場する予定。また、マドリードにあるラジオ局「Relativa Radio」とのコラボレーションなど、コミュニティラジオを国際的に結びつけるオーディオテクニカの今後の取り組みにも注目してほしい。
Words & Edit:May Mochizuki